第75話 思いもよらなかったよ……

 温かい……

 とても落ち着く……安らぎに満ちた温かさ……

 そう、これはきっと……母さんの温もりだね……

 ………………えっ、母さん?

 いや……母さんはあの日、僕が守れなかったせいで命を落としてしまったはず……

 うん? それじゃあ、この温もりは……?

 ……いや、そもそも僕は、今まで何をしてたんだっけ?

 確か……冒険者ギルドで、オークの集落掃討の依頼を受けて森に入った……

 それで、オークの集落らしきところから強い気配が向かって来るのを感じて……

 それから……貫禄いっぱいのオークが、少数だけどナイトとかマジシャンを引き連れてやって来たんだった。

 あとは……そうそう、その貫禄いっぱいのオークことルクルゴさんが、僕のことを「予言の子」とかいってきたんだっけ……

 そして、それを確かめるために、手合わせすることになったんだよね……

 ええと……そうやって手合わせして……あとはなんだっけ……覚えてないや……

 ……ああ、もしかしたら僕は、あの手合わせに負けて命を落としてしまったのかもしれない。

 それでこうして、母さんが迎えに来てくれたのだろう……


「……母さん」

「ノクト君?」


 ……あれ? レンカさんの声が聞こえる。

 そういえば……レンカさんの温もりを母さんと間違えるなんてことをやらかしたこともあったっけ……

 ハハッ……あれはちょっと恥ずかしかったね……

 …………ハッ! レンカさんの温もりを母さんと間違えるだって!?

 ……それじゃあ、もしかして!?

 そのことに思い至ると、一瞬だった。


「……レンカさん!!」

「ふふっ……やっと目を覚ましたようだね?」


 改めて気付くと、装備品によっていくらかゴツゴツとした感触だった。

 それでも、レンカさんから確かな温もりを感じる。

 そう……僕はレンカさんに抱きかかえられながら眠っていたようだ……


「ノクト君、立てるかい?」

「……はい、大丈夫です」


 まだ少しフワフワとした感覚がないでもなかったけど、とりあえず自分の足で立つことができた。


「ふむ……いくらかまだ頭がぼんやりしているようだが、それも徐々にはっきりしてくるだろう」

「そうですね……ああ、それで……僕とルクルゴさんの手合わせはどうなったんですか? やっぱり、僕の負けですか?」

「いや……ほぼ引き分けといったところだろうが……受けたダメージとしては、彼のほうが重傷だったが……」

「えっ? えぇっ!?」

「そうか……覚えていないのか……」

「はい……僕の繰り出す攻撃、その全てがルクルゴさんに軽く受け流されていたってことぐらいしか覚えていません……いやぁ、僕なりに全力だったんですけどねぇ、悔しい限りですよ……あ、でも、それでどうやってルクルゴさんは重傷を負ったんですか? あっ! それより!! ルクルゴさんは大丈夫なんですか!?」

『……ああ、心配ない。君のお仲間に、ええとなんといったか……ぽーしょん? とやらで傷を癒してもらったからな……あれがなければ、今頃私は命がなかっただろう……』

「えっ!! レンカさんが……ポーションを!?」

「ああ、手合わせを見ていて、彼から害意を感じなかったからな……そしてノクト君と言葉が通じるなら、交渉の余地もあるかと思ったのだ……まあ、それよりも興奮した彼の部下たちをおとなしくさせるのに手間取ったぐらいさ」


 それを聞いて辺りを見回してみると……あっ、済まなそうにして立っているオークたちがいる。

 ナイトやマジシャンという上位種だけあって、普段はもっと偉そうな雰囲気なのにね……

 しかもよく見てみると、所々鎧がへこんだり、ローブが汚れたりしている……

 あのへこみや汚れ……たぶんだけど、ルクルゴさんがケガを負ったのを見て取り乱して暴れた……それをレンカさんに制圧されてできたものって感じだろうね……


『フッ……まさか、この私が人間族に命を救われることになるとはな……まったく、思いもよらなかったよ……』


 そういってルクルゴさんは、遠い目をしていた。

 まあ、モンスターだけあって、今までも人間族に命を狙われてきただろうからね……

 加えて、数々の修羅場を潜り抜けてきたであろうことを物語るように、ルクルゴさんの身体には無数の傷跡が刻まれている……なるほど、さずかのポーションでも、傷跡までは治してくれないというわけか……

 いや、ポーションのことはともかくとして、そもそも僕たちだって冒険者ギルドから依頼を受けてここにいるわけだからねぇ……


「……あれ? そういえば、僕たちより先に来た冒険者たちの命を取らず、追い返すに留めたのって……わざとなんですか? ルクルゴさんなら、余裕で倒せましたよね?」

『まあ、そうだな……我々からすると、人間族が大人か子供かの判別が難しいからな……うっかり予言の子を殺めてしまわないよう気を遣っていたのは確かだ……』

「やっぱり、そうだったんですね……」


 僕のミートボーイという二つ名……認めたくないけど……これにビビる程度の冒険者が、ルクルゴさんと戦って生き残れるわけがないもんね……


『……さて、君が予言の子だと、これで心身両面から納得がいった……ついては、これより私は君の従者となろう!!』

「はっ……えっ!?」

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