第17話 傷んだ刃

「痛ッいです」

 暗く湿った匂いのする静かな場所で並風さんと共に隠れたのはいいものの、久しぶりの実戦と逃げる際に使用した空気圧縮フロートでの不時着で身体がもう言うことを聞いてくれない状況でした。

「あぅ…、月下向日葵…?どう…なったの?」

 並風さんの意識がだんだんとはっきりしてきたみたいですね。

「相手のプレッシャーに負けて放心状態になり撤退してきたところです。今や街の方まで制圧されたなんて話ですからね」

 あの後すぐに剣聖戦開催地近辺はテロ組織に制圧され、現状ここの地区はロックダウンされている状態らしいです。しかも、私たちは目の当たりにしましたが、空想上に登場する所謂超能力や異能なんてものを構成員は行使していたとも。

「そう、まったくアタシは使えないわね。あんなコケ脅しで無力化されてちゃザマないわ」

 喋り方は安定はしているものの顔を多ている状態なのでわかりませんが、目の付近が赤くなっていることがわかります。

 彼女は正義感と剣への自信が強く、私からしたらそこまでの思いを持っている人物に関心しますが、そんな人物があの一回のプレッシャーで堕ちたなんていったらそりゃ落ち込みますよね。

「いえ、正直あんな芸当のできる人間なんてそういませんよ。正直言って今回の相手は異常なんですよ。しかも、あの人超能力を使わずしても強いです。完敗ですよ」

「そう」

 暗いです。雰囲気もいる場所でさえ暗いです。私こういう雰囲気あんまり好きじゃないんですよね。一応負った怪我はソードケース内に収納されているキットで応急処置はしたのでいいのですけれど、こういったことは私よりも薫さんが最適なんですよね。そういえばあの人のことも今は気がかりですけれど、こちらの状況を好転させるのを最優先に動かさせていただきます。

「手当てありがとう、月下向日葵。あと、アタシを保護してここまできたことも含めて」

 急に私の方へ傷だらけ重いであろうに身体を向け、私の目をしっかりと捉えて感謝の意を示したのでした。

「いえ、私だって貴女の連携がなければ多分負けてまし…」

 そう言い切ろうとしたタイミングで並風さんは大粒の涙をこぼし、私に向かって叫びます。

「そんな励ましはいいわよ!アタシは!アタシはあの戦場で何もできなかった!貴女のように最後まで誰かのためだとか、自分のことでさえも動けずにいた!」

 悔しさや無念を背負った身体は震え、私に対してではなく自身に対して訴えていました。その様子をみて私は何も返すことができませんでした。この姿に少々見覚えがありましたから。

「ええ、正直に言ってやるわ!怖かったの。本当にあの時アイツから発せられたものは、頭も腕も足も呼吸でさえ止まっちゃうくらいにね!『命のやり取りなんて』と思っていた昔の自分が愚かだったことに気付かされたの」

 一通り全て抱えたものを出し切ったと思われ、その後並風さんは力なくその場へと崩れ落ちていきます。

「アタシは…これから…戦えるのかな…?」

 それはトラウマと言えるのでしょう。自身にとって大きなストレスと恐怖心、そして自信のあるものをへし折られたメンタル面は今後の活動に大変影響を及ぼします。

「あまり思い詰めない方がいいですよ。初めての殺し合いなんてそんなものです。私も最初はそうでしたから」

「ふん、だから励ましはいらないわよ。もう、でも、ありがとう」

 鼻を鳴らしながら少し張った心が緩んだような顔をしていたので私は胸を撫で下ろします。

「さ、とりあえず他の方たちがいそうな場所に行きましょう?一時的とはいえこんな場所で長時間過ごすなんて私はあまり好きではないので」

「そうね」

 重い腰を浮かせ、激しい戦闘で酷使した関節が痛むのを気にしながらソードバックを杖代わりに立ち上がります。

 次に取る行動なんてわからないですし、とりあえず高いところに移動して近辺の様子を見たいところですね。

「並風さん、今私たちがしないといけないことは…ってなんですか」

 急に並風さんが私の顔の近くに顔を寄せてきてどこか不機嫌そうな顔をしていました。

「その並風さんってのやめない?もう知り合って何ヶ月も経つし、一緒に肩も並べたでしょう?」

 不機嫌そうだった理由は思ったよりも可愛らしいもので私は鳩が豆鉄砲を食らったような顔に一瞬なりかけました。

「えっと、私のこれは日常的に身についたものなので別に気にしなくてもいいですよ?」

「紅羽って呼んでちょうだい。アタシは向日葵って呼ぶから」

 この人ちょっと距離の詰め方下手くそですね。

「了承しました。紅羽さん、これから状況確認のために三原市の良い場所へと向かいましょう?」

「ふふ、もう呼んでくれるのね。わかったわ」

 満足したのか満面の笑みをして私から離れていき、剣を両手に外へと身体を向けます。

「では、いきましょうか」

 正直いうともう身体なんて動かないくらいには疲弊と痛みに支配されています。しかし、私には動かなければいけない理由、主人である薫さんの安否と式野さんの行方をいち早く特定しなければいけないんです。ここで止まっているわけにはいきません。

「下手こかないでよ、向日葵!」

 ソードバックからサンフレアを展開し、剣に新たな誓いを立て、薄暗く湿った場所から光の刺す方へと歩みを進めました。

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