第10話 実力と運と歓声と

 全く退屈だな。礼儀がどうの、会社はどうだの。僕はあまりそういった話は苦手でね。ああ、もっと愉快なものが観れると思ったのだが、向日葵は順調に予選の最後まで残っているみたいで僕は安心安心。

「珀西くん、久しぶりだねぇ!」

 声のする方へと身体を向けながら立ち上がる。

 この声、確かオラクルの、

「黒田さんじゃないですか。今回はどんなご用事で?」

 日和の大手企業であるオラクルの開発部門担当の黒田昴クロタスバルさん。昔から父さんとも仲が良く、日々共に研究へと勤しんでいた仲だと聞いている。僕も幼い頃からたまに話を聞いてもらっている。

「私もただの観戦、もといライバル企業への牽制といったところだがね。君も珍しいじゃないか、観戦なんて趣味じゃあないだろう?」

「ええ、そうですね。ただ少し調べたいものがありまして。そして、見ての通り僕の付き人である向日葵がここに出場しているんですよ」

 そう言いながら会場に指を刺し、大きく映されたホログラムに身体を向ける。

「そうかい、ならまたあの子にも挨拶しないと」

 なんて話をしていると黒田さんは徐に腕を出し腕輪型の端末で時間を確認し出した。

「ああ、もう時間じゃないか。すまないね、こんな忙しなくて」

 まあ、一応開発部門の代表だからかお偉方にたくさん頭を下げているのだろう。

「気にしなくても大丈夫ですよ。この度はお会いできてよかったです」

「また会おうじゃないか珀西くん」

「ええ」

 手を振りながらまた指定されている席へと座ろうとするのだが、

「おやぁ、親友!いるなら言ってくれないか!寂しいじゃないか!我と親友の仲ではないか!」

 次から次へと僕のところへ来るのはいいのだけれど、この男はまた別だ。

「どうしたんだい、シャル」

 キザな言い回しで発言している洒落た帽子を身につけ、杖をついているこの男はシャルル・ガリエナ。僕の幼馴染といったところだね。

「親友聞いてくれ!この大会に向日葵さんが出ているだろう?すごく楽しそうな顔をしていてね!」

「わかったよ、わかったから」

 そう、この男向日葵のことが好きなんだ。にしても、珍しいな。向日葵が試合中に笑うだなんて。

「作品のいい燃料になりそうなのだよ」

「そうかい、まあ、後で向日葵に挨拶でもしていきなよシャル?」

「そ…れは…何というか…」

 シャル、君はまだまだ青いな。好きな女の子の前で緊張して縮こまるなんて小学生でもまだマシだと思うよ。

「いや、意地悪を言ってみたかっただけだよ。あまり気にしないでくれると助かるよ」

 下手に弄り始めると止まらなくなってしまうのは僕の悪い癖だな。

 そのようなやり取りをしながら予選ブロックのボードに眼を通す。

「次は影内さんか、どうなるのか楽しくなりそうだ」

 一度戦った相手というのは次戦でまた同じ結果になることは余程の戦力、技量差による圧倒的なものでない限りないと言えると僕は思っている。だからこそこの間の戦いを見ていて思ったことは勝てはするし、負けもするということ。

「向日葵さんは勝てそうかな?」

 僕は知らず知らずに険しい顔になっていたようで、シャルに考えていることを見透かされてしまったらしい。本当にこの男は人の気持ちに敏感なのだな。

「五分五分といったところかもね、言い切ることはできないけれど。ただ、僕はこの試合は何とかなると感じているんだ」

 向日葵ならなんとかすると思えるくらいに今の彼女のスペックは成長している。ここまでの戦いで培ってきた成長点は以前影内さんとの試合よりも上回っていると思う。けれど、彼女もストイックだ。多分向こうも成長している可能性が高そうだ。

「まあ、僕らは実際戦っているわけでもないし、可能性の話でしかないからもう僕からは何とも言えないな」

 十分考察はしたし、ここからは僕の意見はただの予想になってしまう。

「ほう、それは面白くなりそうだ。親友、我はさっさと次の試合を観るために席に戻るとしよう。また会おうじゃないか」

 先ほどまで縮こまって元気がない様子だったシャルはいつの間にか元に戻っており、その場からさっさと去って行ってしまった。

「ああ、また」

 会場から大きな歓声が上がり始め、試合のインターバルが終わりを告げる。いよいよ本戦決定する大事な試合なので先ほどまでより会場のボルテージが上がっている。

「ここで向日葵には踏ん張って欲しいところだね」

 僕が思っているよりも彼女は強いと思うのだけれど、所詮勝負事は実力と運で決まるものだ。その日のコンディション、場所とか他にも数えればいっぱいある。その状況下でどう立ち回れるかが重要になってくる。

「まあ、僕が緊張しても戦っているのは向日葵だし、何とか頑張って欲しいものだね」

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