第2話

また視線を感じた。

今回は足音は聞こえなかったが。

少し離れたところを慎重に歩けば、足音は聞こえないのではないのか。

考えながら振り返る。誰もいない。

再び前を向くと前方から若い女が歩いてきた。

派手な服装の女だ。

女とすれ違った後、私は歩き出した。

後ろを気にしたが、もう視線は感じなくなっていた。


佐竹さんが鍋を取りに来た。

「ありがとうございます。シチュー、とってもおいしかったです」

「いえいえ。喜んでもらえてよかったです。どころで、何か困ったこととかありませんか」

「困ったことですか」

「ええ、仕事かプライベートなこととか、なんでもいいですが」

「いえ、なにもありませんが」

「そうですか。何か困ったことがあれば、いつでも言ってくださいね」

「わかりました。お気遣いありがとうございます」

少年のような笑顔を見せたのち、佐竹さんは帰って行った。


会社の帰りに、また視線を感じる。

無視をしていたが、どうにも気味が悪い。

立ち止まり振り返る。

誰もいないが、人ひとり隠れられそうなところはいくつかある。

もし私が振り返るのを感じて隠れたとしたら、かなり素早い。

周りを見わたした後に言った。

「誰かいるの。誰かいるんでしょ。隠れてもばれてるわよ。出てきたらどう」

なんの反応もない。

しばらく見ていたが、私は諦めてそのまま帰った。


数日後、佐竹さんが訪ねてきた。いつもの笑顔で。

「田舎から送って来たんですよ」

かごに入った柿が十数個ほど。

「まあ、ありがとうございます」

「いえいえ、私一人では食べきれないんで。礼にはおよびませんよ。ところで」

「はい」

「なにか困ったことはありませんか。あれば遠慮なく言ってください」

「いえ、なにも困ったことはありません」

「そうですか。もう遅い時間ですね。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

食べた柿は、今まで食べた柿の中で一番おいしかった。


やはり視線を感じる。帰り道。

ほぼ毎日のように。

視線が私の後ろ髪にまとわりつくような感覚だ。

だが振り返ると誰もいないのだ。

気味が悪すぎる。

私は何事もなかったかのように、再び歩き出した。


佐竹さんがかごを取りに来た。

満面の笑顔で。

佐竹さんの笑みを見るだけで、私の心は癒された。


今日も視線を感じる。

会社の帰り道。

背中がぞわぞわする。

私は無視した。

マンションの近くで視線は消えた。

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