第3話


「今度は肉じゃがを、ちょっと作りすぎてしまいました」

佐竹さんが言う。

ちょっとと言う量ではなかったが、私は快く受け取った。

こんなに癒される笑顔の人は、そうそういない。

二十歳くらい年上だと言うのに。

私の父親でもおかしくない年齢だと言うのに。

「いつもありがとうございます」

「いえいえ、作りすぎたんで、こちらこそ助かります。鍋は明日取りに来ますから」

「はい、わかりました。いつでもいらしてくださいね」

「それでは、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

満面の笑みのまま、佐竹さんは帰って行った。

その肉じゃがもとても美味しかった。

佐竹さんは料理がかなり上手だ。

その時思った。

佐竹さんはなにか困ったことはないかと言っていた。

私は会社の帰りに感じる視線について話をしてみようかと思った。

が、やめた。

私は視線を感じただけだ。

それを理由に第三者に相談するのは難しいだろう。

それに佐竹さんに余計な心配をかけたくなかった。

巻き込みたくなかった。

私は視線のことは黙っていることにした。


この日も視線を感じた。

気のせいなんかではない。

誰かが私を見ているのだ。

それもなんとなくではない。

その感情はわからないが、強い意志を持って凝視しているのだ。

振り返るとやはりいない。

どれだけ隠れるのが上手いのか。

「そこにいるんでしょ。わかっているわよ。出てきなさい」

本当に出てきたらどうしようと思いながら、私は言った。

しかし誰も姿を現さなかった。


佐竹さんが鍋を取りに来た。

「ありがとうございます。何度も。肉じゃが美味しかったですよ」

「いや喜んでもらえると、作った甲斐があります」

「いや本当に美味しかったです。料理、お上手ですね」

「まあ、一人暮らしが長いものですから」

私は思った。

佐竹さんはなぜ一人暮らしなのだろうか。

奥さんや子供がいてもおかしくない年齢だが。

気になったが、もちろんそんなことは聞けない。

「では、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


今日も視線を感じる。

いったいどうしようか。

イライラする。

同時に気味が悪い。

嫌悪感すら覚える。

色々まじり、最終的に残った感情は怒りだった。

私は振り返って言った。

「いい加減にしなさい。しつこいわよ」

何の反応もない。ただ静かだ。

私はとりあえずマンションに帰った。

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