第34話 森の番人
ここは森の中の小さな家。
昨日から私は、アルベルトさんの家に居候させてもらっている。
好きに外へ出ていいとの許可は貰っているけど、昨日みたいな巨大熊にまた出逢ったらと思うとそんな気にもなれない。
それに今日は悩みごとの相談に乗って欲しいと言われているので、こうして部屋でアルベルトさんを待っているのだ。
――コンコン。
(アルベルトさんかな?)
ガチャリ、とドアを開ける。するとそこには、エプロン姿の古木が立っていた。
「おはよう、ヴェルデ」
「お、はようございます……」
アルベルトさんはギョッと固まっている私のことは気にせず、朝の挨拶を交わしてきた。
「朝食ができた」
「ありがとうございます……って朝食!? アルベルトさんが!?」
ドライアードは水と日光以外の食事を摂らないはずだ。だけど彼は枝をわさわさと上下に動かして肯定している。そして身をひるがえし、私を置いてキッチンの方へ向かっていってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私は慌てて彼を追いかけていった。
「これは……」
テーブルの上には、出来立てホヤホヤの湯気が立ち上る料理たちが並べられていた。焼きたてのパンの匂いが私の眠い頭を目覚めさせる。
「朝だからな。パンや目玉焼きくらいしか作れなかったが、良ければ食べてくれ」
そう言ってアルベルトさんは椅子を引き、私を座らせてくれる。エスコートまでこなしちゃうの!? それに――。
(木が……パンを焼いたですって……!?)
「どうした? 早く食べるといい」
「あ、はい! いただきます」
私は手を合わせてから、まずはスープの入った器を手に取る。
一口飲むと、野菜の甘みが口いっぱいに広がった。
「すっごく美味しいです!」
「それは良かった。おかわりもあるぞ」
「良いんですか!? じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」
スープの次は木の実が入ったパンを齧る。甘酸っぱいフルーツがしっとりとした生地と合わさって、幸せな気持ちになる。これならいくらでも食べられそうだ。
「いろいろな木の実で作っているうちに、パンを良い感じに膨らませる方法を発見してな。口に合ったようで良かった」
「ええっ!? アルベルトさんがこのパンを開発したんですか!?」
「そっちの卵料理も、儂がオリジナルの味付けをしてある」
そう言われて見てみる。丸い綺麗な目玉焼きの上にはハーブや塩など、何かの粒が掛かっている。たしかにただ卵をフライパンで焼いただけではなさそうだ。
「んん~、美味しいっ! なんだかスパイシーな味わい!」
食欲を刺激するような目玉焼きは甘いパンとはまた違う味で、ぺろりと平らげてしまった。
最初は憂鬱で食欲が湧かなかったけれど、結局私は三回もおかわりしてしまった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様だ」
アルベルトさんは少しだけ嬉しそうに、枝をガサリと揺らした。
「まさかこんな森の奥で、こんなにも美味しい朝食が食べられるとは思わなかったです!」
「そこまで喜んでもらえると、作った甲斐がある」
「そういえば、どこから食材が……?」
どうしてあんなに料理が上手いのかはさておいて。どこから食材を調達したんだろう。街の方で買い物をしたのかしら。
「この家の裏手に、儂が作っている畑があってな」
「え? 世界樹の森に畑があるんですか!?」
「エルフたちが食べている野菜も、大半はこの森で作られた物だ」
「思ってたより巨大!? す、すごいですね……でも森の中で畑をやるって大変なのでは?」
魔物だっているし、他にも畑を荒らす動物や虫だっているだろう。肉ばっかり食べるドワーフは「酒のツマミが出たぞ!」って喜んで狩りをするだろうけど。
「やっていくうちに慣れた。……ここの森は、儂が生まれときから知っておるからな。今の世界樹がまだ幼木だったころだ」
あの大きな世界樹が幼いころ!?
いったいどれだけ昔なの!?
「だいたい千年前ぐらいか」
「千年前!? ……もしかしてアルベルトさん、この森の主だったり?」
「そんな大層なものじゃない。儂はただの老いぼれた枯れ木さ」
いやいや、それでも凄いことだ。千年も前から生きてるって、途方もないくらい昔なんだもの。長命なはずのエルフですら、いくつも世代が変わっているだろうに。
「ヴェルデはエルフが死んだ時、どうやって弔うか知っているか?」
「いえ、知らないです……」
緑の友であるエルフは森から生まれ、森に還ると言われているけれど。実際はどうしているかなんて、ドワーフの私は知る由もなかった。
「エルフが死ぬと、この世界樹の森に埋めるのだ。そしてその上に若木を植える。いわば、墓標代わりだな」
「も、もしかして……」
「あぁ。儂らドライアードは、死んだエルフの魂が木に宿った姿だ」
とうことは、アルベルトさんも元々はエルフだったってこと!?
驚いていると、アルベルトさんは窓の外に見える世界樹を眺めながら、ポツリと呟いた。
「――儂はこのセミナ国の初代王だ」
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