第17話 誓いはその胸に


「それにしても視界を得るだなんて、いったいどうやっているのかしら? 私たちエルフがやっている、精霊の使役にも近い能力よね」

「だがドワーフに精霊は操れないだろう? それに火を守護するドワーフの聖女と精霊は相性が悪いはず――待てよ? 彼女が冷遇されていた理由はそこか?」


 聖女とは、女神から特別な力を与えられた選ばれし者だ。そしてドワーフにはドワーフの聖女がいるように、エルフにはエルフの聖女が存在し、種族によって得る力は異なる。


 ドワーフの聖女は火を操ることを得意とし、国家事業である鍛冶を手伝うことで国に貢献してきた。逆に言えば、ドワーフの聖女は鍛冶を手伝うことでしか評価されない。


 つまり彼女は聖女としての務めを果たせていなかった――?


「おそらくはそうでしょうね……。だけど私は、彼女の秘密を無理やりに暴きたくはないわ」

「あぁ、だが僕はこの国の王だ。上に立つ者として、国家の繁栄を脅かす存在は排さなくては」


 たとえ国を追放されようとも、彼女がドワーフであることに変わりはない。それに国王の差し金である可能性は否定できないのだ。


「だけど……」

「僕だって本当は、そっとしておいてあげたいさ。まぁこちらに害意は無さそうだし、今すぐに秘密を暴く必要も無いだろう。彼女はこれから先、この国でずっと一緒に暮らす相手なんだ。焦らずゆっくりと距離を縮めていけばいい」


 そこまで言うと、オーキオ姉さんは今日何度目か分からないため息をつく。

 そして椅子に深く腰掛け直すと、どこか遠くを見つめながら言葉を続けた。


「ふぅん。随分と優しいのね。陛下くんらしくもない」


 まるで何かを諦めたかのように、そして呆れているような声。だけどその表情は柔らかなものだった。



「……姉さんが先に『丁重に扱え』って言い出したんじゃないか。僕はこの国の民を護る立場だし、国民となったヴェルデに優しくするのは当然だろう?」


 僕だって別に好きで彼女に冷たく当たっているわけじゃない。

 今は国の大きな問題を抱えている状態だし、不安要素をなるべく排除しておきたいだけなのだ。


「僕は何としてもこの国とフィオレを救わなきゃいけない。そのためだったら、たとえ仕組まれた結婚だろうとやってのけるさ」

「本当に貴方は彼女のことが大好きね。まぁいいわ。ヴェルデちゃんのケアは私に任せてちょうだい。まずは仲良くなれるよう頑張ってみる」

「……よろしく頼みます」


 政敵相手に舌戦を繰り広げるのは得意だけれど、女性の機微を感じ取るのは苦手だ。だから、オーキオ姉さんのような心強い味方が居てくれるのはとても助かる。……姉さんが裏でどんな思惑を抱えているかを考えるのは恐いけど。



「それじゃあ僕は仮眠が終わったら、また世界樹の治療へ向かうよ。ヴェルデには部屋で勝手に休んでいるよう、伝えておいてくれますか?」


 僕がそう言うと、オーキオ姉さんは少しだけ目を細めた。その視線には、何か含みがあるように感じる。


 しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべた。


「……あんまり無理しないでね? フィオレちゃんに続いて貴方まで倒れたら、この国は今度こそ終わりよ」

「はい。だけどハイエルフである僕にしか、世界樹の延命はできませんから」


 僕の言葉を聞いたオーキオ姉さんは苦虫を噛み潰したような顔をする。オーキオ姉さんは僕が心配なのだ。


 世界樹の力が弱まっているせいで、僕の身体は日に日に蝕まれている。寿命はおそらく、あと一年あるかないかだろう。だけど僕が己の生命力を分け与えなければ、世界樹はあっという間に枯れてしまう。


 それだけはどうしても避けなければならない。

 この国を救うためにも、そして何より愛する家族のためにも。


 自分の生命を犠牲にしてでも世界樹を延命し、衰弱の原因を突き止めなくては。



「……分かったわ。私は私なりのやり方で、ヴェルデちゃんとの仲を深めておくから。何かあったらすぐに教えてちょうだいね」

「えぇ。ありがとうございます」

「ごめんなさい。貴方にまで、こんな重荷を……」


 眼に涙を浮かべたオーキオ姉さんは、僕の肩に手を置いた。


「姉さんが謝ることではないって、何度も言っているじゃないですか。これは僕が自分で決めたことです」


 彼女の手に自分の手を重ねて、僕はそう伝えた。姉さんは「ありがとう」とポツリと呟くと、僕を残して部屋を出て行った。



「……ふぅ。とりあえず、休憩だ。今日は色々あって疲れすぎた」


 僕もそろそろ限界だった。寝室に戻り、ベッドに横たわる。目を閉じれば、あっという間に意識が闇へと沈んでいった。

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