第8話 苦難の時間

 私の二倍ぐらいはありそうな、長身のエルフ女性だった。彼女は腰を折り曲げ、私の顔を覘き込んできた。


「あらまあ。どんなお姫様がやって来るかと思えば、随分と小さなドワーフさんねぇ」

「ひっ!?」


 彼女の肩まで伸びた長い髪が、私の顔に垂れてくる。



「あはは、そんなに震えちゃって」

「う、うぅうう……」

「そんな怖がらなくたって、とって食べたりしないわよ? 私はあなたを綺麗にするよう頼まれただけ」


 緑髪のエルフさんは子供をあやすように、私の頭を撫で始めた。


「や、やめてくださいっ! 私これでも成人なんですよ!?」

「あらあら、そうなの? でも可愛いわねぇ~」


 うぅ、エルフってみんなこういう性格なのかしら。たしかに子供みたいなみすぼらしい見た目をしてますけど……。



「それにしても、ドワーフの国から聖女が来るって聞いていたんだけど……そのボロボロの恰好はどうしたのよ?」

「え、いえ……それは」

「顔も泥だらけで……あら、凄く綺麗な深緑色の瞳だわ。貴女たちってみんな赤色だって聞いていたけれど」

「うぅ……」


 矢継ぎ早に話しながら、不思議そうに私の目を覗き込んでくる。思わず私は手で顔を隠した。



「へぇ、訳アリってことかしら……ただのちんちくりん姫じゃないみたいね。ねぇ、貴方のお名前は?」

「ヴェ、ヴェルデです……」

「ふぅん、ヴェルデちゃんね。私はピッチピチ新人メイドのオーキオよ。さぁ、ちゃっちゃと貴方を綺麗にするわね。まずはその泥だらけの身体をどうにかしなくっちゃ」


 ニッと笑ったオーキオさんは、私の手を取って部屋の奥へと歩いていく。……と、そこにはまた別の扉が。


 オーキオさんがその扉を開いた瞬間、視界が真っ白に埋まった。



「……わぁ。これってもしかして、お風呂ですか?」

「もしかしなくともお風呂だけれど……ドワーフの国にもお風呂はあるでしょ?」


 しまった、つい驚いちゃった。もうもうと立つ湯気に囲まれた空間の奥には、森の香りがする木製の浴槽があり、なみなみとしたお湯が張られている。


「すごい……」

「この国は世界樹の加護があるからね。精霊を呼び出して、水を浄化することができるの」


 オーキオさんは手のひらを上に向ける。ポンと雫型の水が現れ、フワフワと浮いていた。

 あれが水の精霊らしい。精霊を操ることのできないドワーフからすれば羨ましい能力だ。


「最近はとある事情で、この大浴場を使っていなかったんだけど……今日は長年独身を貫いていた陛下くんが奥様を迎えるとあって、特別に用意したのよ?」

「え……?」


 とある事情?

 いや、待って。それよりも……。



「陛下の奥様……? あの、その方はもういらっしゃったのですか?」


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