最終話
そういう事があって僕達は付き合う事になった。必ずしも順風満帆なスタートではなかったけれどそれで良い。認めてもらえないのであれば認められるよう努力すれば良いのだし、反対されるのならば今度こそ駆け落ちするまでだ。
僕達は歩きなれた通学路を歩きながら言葉を交わした。
「それにしても……あのときのりつ君は本当にかっこよかったなぁ」
「そんな瞬間あった?」
「いっぱいあった」
「……本当?」
一ノ瀬さんは僕の事を過大評価していると思う。僕はいつも必死であった。一ノ瀬さんの言うようなクールで知的な僕などどこにもいないのに。
「でもね、その中でも、あたしを渡さないってとおる先輩に言ってくれた時が一番かっこよかったなぁ。あれは人生の中でもトップ3に入るくらいかっこよかった」なんて言う。
僕は心の中を覗かれたような恥ずかしさを覚えた。
「……だって本当に渡したくなかったんだもの。それに、一ノ瀬さんだってそれを望んでたでしょ」
「ハッキリ言ってくれると嬉しいものだよ」
「そういうもんか」
歩きなれた通学路を行く。しばらく歩くとコンビニが見えて来て、十字路を右折すると駅が見えてくる。そこで電車に乗り高校へ行くのだ。
「ね、りつ君はあった? あたしの可愛い瞬間」
「いま」
「そういうのはナシ。りつ君はもっと恋に不器用であってほしい」
「なんだよそれ……」
実際問題として、付き合っている彼女から「あたしの可愛い瞬間あった?」と訊かれたら可愛いものだと思うのだけど、一ノ瀬さんにはその男心が理解できないらしい。「あたしだって頑張ってるのにりつ君ったらぜんぜん褒めてくれない」と拗ねているが、僕はそんなに思っている事を話さない
「そうだなぁ………」
「お、あるか?」
「うーーん」
「わくわく、わくわく」
一ノ瀬さんは目を輝かせて待ったが、僕は特にこれ! というものを見つけられなかった。「だって一ノ瀬さんの全部が可愛いんだもの。どれかなんて決められないよ」
「だからぁ……そういう事言われると嬉しいんだけど……りつ君がモテそうで嫌」
「別にモテようと思っているわけではないのだけど……」
一ノ瀬さんはやはり難しい人だ。
「強いて言うなら、今日の一ノ瀬さんが一番可愛い」
「……ぶぅ」
「だって、僕は本当に毎日一ノ瀬さんを好きになっているんだもの。恋をする瞬間があるとしたら、こういう時だと思う。僕は毎日恋をしているよ。そうしてその恋心は積み重なっていっている。そういう答えじゃ、ダメかな?」
「……ダメ。もっとハッキリ言って」
「さらっと話をすり替えたな? まぁいいけど……」
僕は足を止めて一ノ瀬さんを見つめた。「一ノ瀬さん。大好きです」
すると一ノ瀬さんも僕を見つめ返して、
「えへっ」と笑った。
「あたしも大好きだよ。りつ君!」
「………やば、普通に恥ずかしい」
「なんでよ。いままで一度も恥ずかしがらなかったのに?」
「分からないけど……恥ずかしいものは恥ずかしいんだ」
思えば、面と向かって好意を伝えたことが無かった気がする。逃げてばかりで、他の事にかまけてばかりいて、僕は己の気持ちを後回しにしていた気がする。
これからはしっかり伝えていかなければいけないだろう。だってもう僕の頭を悩ませることは無くなったのだから。一ノ瀬さんの事を第一に考えるべきだ。
……となると、僕はずいぶんと冷たい男だったように思う。
一ノ瀬さんからの好意に甘えて、気持ちはきっと伝わっているだろうとみなして、ちゃんと口で伝えることをしなかった。
僕は自分の気持ちを確かめるように呟いた。
「……一ノ瀬さんが好きだ」
「うん」
「ずっと一緒にいよう」
「うん」
「だから、これからも僕の隣にいてほしい」
「うんっ」
一ノ瀬さんは僕の手を取ると花の咲くような笑顔を見せた。「これからもよろしくね、りつ君っ!」
☆☆☆
学校に着き揃って教室に入ると、クラスメイトたちがざわついた。
「やっぱりあの2人って……!」
「絶対そうだよ! 手を繋いでるし!」
「くそー! 先を越された! あんなやつに!」
すぐに女子連中が僕達を取り囲んで根掘り葉掘りの質問攻めが始まる。「四方山くんのどこがいいの?」「どうやって告白したの?」「もうデートはした?」「やっぱり金曜日に何かあったんだね!?」
僕はたいへん困惑したがこういう場面に慣れている一瀬さんがすぐに「もう、あたしのりつ君をいじめないで!」
「きゃあ! あたしのりつ君だって!」
……助けてくれると思ったんだけどなぁ。
「ほら、早く行こっ」
「あ、うん……」と、僕はおそるおそる頷いた。
一瀬さんに手を引かれ女子の集団を抜ける。
きゃーきゃーはしゃぐ女子の奥で男子の鋭い目が光る。獲物を定めたフクロウのように殺意のこもった視線が教室の至る所から突き刺さって怖い。「なんであんなことを言ったの」
すると一瀬さんはあっけらかんと言った。「だって誰にも渡したくないから」
「僕に好意を抱く人がどこにいるのだ」
「いるよ?」
ほら、と言って一瀬さんが背後を振り返る。すると一部の女子たちが大袈裟に嘆いており、
「ああいう男の子って絶対一途だから狙ってたのに……」
「ああ、四方山くんに甘やかしてほしかった……塩対応で……」
「うぅ……私たちの楽園がぁ……。せめてタチかネコか知りたい……」
「私たちはこれから何を糧に生きればいいの……? あ、でも推しと推しが付き合うのもそれはそれで尊い……」
などなど、アニメオタクのような嘆きが聞こえてくる。あまり悲壮感は覚えなかった。
僕はてっきり一瀬さんが話題の中心になっているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
どうせ疎外感を味わうことになるのだろうと思っていたら、意外にも僕は受け入れられているらしかった。あまり嬉しくないけど。
「一瀬さん。たぶんあれは好意ではないよ」
「そうなの?」
「たぶんあれは腐っているよ」
「………?」
一瀬さんは首をかしげる。意味がわからないらしいがそれで良い。どうかそのまま、清純な乙女であってくれ。
「でもでも、みんなりつ君のこと好きだって言ってるよ。寝顔が可愛いとか、たまに優しい時のギャップがとか、寝起きの顔がそそる……とか」
「あー、うん、そうだね………もうやめよっか」
「なんでぇ?」
すると一人の女子が近づいてきて一ノ瀬さんに囁く。「良かったね。ずっと気になってたもんね」
一ノ瀬さんはポッと顔を赤らめて「あ……うん」と俯いた。
「ずっと、ってどういうこと?」
「うううう、うるさい!」
こうして僕達は付き合うこととなった。
期末試験を終えて平和な日々が続いた。
このまま何事もなく平凡な日々が続けば良いと思うが、そうは問屋が卸さない。
「やっほー、きたよー」
「本当に来たのか……宵歌」
「うん。今日から一緒に暮らすことになるけど、よろしくねっ」
宵歌が、僕の住むマンションを訪ねてきた。
夏休みに入って1週間ほど過ぎた頃の事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます