4章 クラスのアイドルとのそれからの話
第54話
さて月曜日になった。僕はいつもの時間に起床して寝ぼけまなこを擦り擦り学校へ向かう。見慣れた部屋で起き、見慣れた玄関を出て学校へ向かう。
明日は期末試験である。かつては試験の結果に怯えながらもバイトに明け暮れていたが、今はもう違う。僕は自分の時間を手に入れたのだ。
夜に働き学校で眠っていた頃の僕はもういない。生まれ変わったのだ。いや、嘘。その必要がなくなったのだ。
生活費の心配をしなくてもよくなったし、試験の結果に怯える必要もなくなった。
僕が部屋を出ると、同じころに女の子が部屋を出て来た。
その子は僕と目が合うと「おはよう!」と天真爛漫な笑顔を見せる。
「おはよう一ノ瀬さん」
その女の子とは、誰あろう一ノ瀬まどかであった。
「……へへ、初めてここで出会ったね」
「たしかに。じゃ、一緒に行こうか」
「うん。学校までデートだねっ」
長い黒髪を靡かせて駆け寄る一ノ瀬さん。制服姿を久しぶりに見た気がするが、清楚な見た目にシンプルな制服が良く似合っている。さながら白百合のごとくであった。
何がどうしてこうなったのか。僕達は交際を認められ、しかも僕の退学は取り消されたのである。
それというのも、すべては土曜日の夜の話であった。
☆☆☆
一ノ瀬さんの母親が口を開く。
「……どうしても、その子を選ぶと言うのね? それなら一つ、条件があります」
「……条件?」と僕は訊ねた。
格好悪い事甚だしいが今になってビンタされたところが痛み出した。ジンジンする。なんてことをしてくれたんだ一ノ瀬さん。
一ノ瀬さんの母親はそんな僕をキッと睨んで「遠距離恋愛は禁止します」
「ひどい。りつ君がここにいられないって分かってて言ってる!」
一ノ瀬さんが非難するように言うが、そんな言葉は承知の上らしい。
「だってそうでしょう? 会おうと思ったらお金がかかる。デートも簡単にはできない。浮気だって簡単にできてしまう。そんな恋愛をまどかにさせるわけにはいきません」
「りつ君が浮気なんてするはずない! 簡単に会えなくても問題ないもん。あたし達には距離なんて関係ない。ね、りつ君!」
「……距離は重要な問題だと思うけどなぁ」
「そこは、そうだねって言ってよ!?」
一ノ瀬さんが驚くが、だってあの距離を離れ離れになるのは一大事なんだもの。
「ほら、彼もそう言っているし、やっぱり交際は認められませんね」
「ちょっとちょっとちょっと! あたしには関係ないもん。いっぱい会いに行く。りつ君が会いに来られなくてもあたしが行く。お金が必要ならあたしもバイトするから。ねえ、お願い!」
「ダメです。彼の退学が取り消されないかぎり交際は認めません」
一ノ瀬さんの母親は断固として言った。
たぶん僕の事が気に入らないのだろうと思う。気が強そうな人だし、僕はそういう人には好かれない傾向があるから仕方がない。
あえて無理難題を押し付けて一ノ瀬さんに諦めさせるつもりなのだ。
「ママ!」
「とにかくその子はダメです。何をしでかすか分かったものじゃない」
「それはそうだけどぉ……」
一ノ瀬さんが困ったように僕を見上げる。何とか説得しようと言いたげだけれど、あの様子の女の人を説得するのは無理だと僕は思っている。
それにこれは本当に申し訳ないのだけれど、退学はもはや問題にはならなかった。
僕は「あのぉ……」とスマホを取り出して言った。「退学、なくなりました」
「……………はぁ?」
「伯父さんが、退学を取り消して、生活費を援助しても良いと言ってくれたんです。ちょっとした条件付きですけど……」
スマホには宵歌からラインが来ていてそこには『りつの学校の件だけど、退学なくなったよ! おめでとう!』と書かれていた。小海さんが口を利いてくれたらしく、『姉さんから電話が来たあとでお父さんがいきなり学校に電話して、退学を取り消してくれって言ってた!』
「ちょっと、え? 嘘でしょ? だってあなたは娘を
「それが攫ったわけではなくて……」
僕は一ノ瀬さんをチラッと見た。すると一ノ瀬さんは我が意を得たりと言わんばかりに「合意の上だもん!」
「………………」
「学校側としてもとおる先輩の事があって大変だろうから、面倒事を減らしたいんじゃないでしょうかね」
「いや………いや、いや、めちゃくちゃよ! 信じられないわ! あなたがお咎めなしだなんて、信じられない!」
「そこは学校に文句を言っていただかないと……僕はただ一ノ瀬さんを守ろうとしただけなんですから」
「…………………」
一ノ瀬さんの母親は悔しいやら理解ができないやらで困惑していたが、そこへ一ノ瀬さんが歩み出て、
「退学がなくなったって事は遠距離恋愛をしなくて良くなったってことだし、生活費を援助してくれるんだからバイトをする必要もない。つまり、りつ君と付き合っても良いって事だよね!」
「…………………」
「ママ? いまさらダメなんて言わないでよね? これでも認めてもらえないなら、今度こそあたしたち逃げちゃうから」
「それはダメ!」
「遠い遠い場所で2人だけで暮らすから。それくらいあたし達は本気なの」
「そうです。どこへ行こうとも僕は一ノ瀬さんを守ります。だから」
僕達はそろって頭を下げた。「交際を認めてください」
「………………」
一ノ瀬さんの母親はついに諦めて、「分かりました」と言った。
僕達は抱きしめ合った。
「分かりました。交際を認めます………」
「だって! やったねりつ君!」
「うん。ようやく認めてもらえた!」
「やったぁ!」
きゃいきゃい言って喜ぶ僕達。一ノ瀬さんの母親は「はぁ……」とため息をついて、「まどかって、あんなにはしゃぐ子だったかしら」と、どこか嬉しそうに言った。
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