第51話


「話は聞かせてもらったわ!」


 乱入者あり。


 僕達はそろって声のする方を見た。気づけば開いたドアの隣に立つ人影があるが、こんなときに一体だれが現れるのかと驚き見れば、一人の利発そうな女性である。


 金髪ショートの細身の女性。背は僕と同じくらいで、しかし線は女性の細さ。いつも身に纏っている白衣が良く似合っているが、そのポケットの中にはタバコが隠れている事を知っている。


 その人こそ万年養護教諭の保健室の先生。小海星歌さんであった。


 天の助けはいつだって意外な所からやってくるものだけれど、考えてみればこの人ほどこの場にふさわしい人はいない事がすぐに分かる。


 保健室に行くのは何も怪我や病気だけではない。女性にしか相談できない事を聞いてもらいにいく女子生徒の数は多いと聞く。その内容は推して知るべしであるが、数多の女子の悩みに乗って来た小海さんであれば、とおる先輩など容易く蹴散らせるものと思われた。


「君がかの悪名高い宇都木うつぎとおる君だね? こんな所でお目にかかるとは驚きだよ」


「あーえっと、あんた誰……?」


「来年は保健体育の先生になってる予定の小海先生だよ。と言っても、君に教える事は無さそうだけど」


「はぁ……」


「だって君、女の子に手を出しまくってるんだろう?」


「――――――――ッ!」


「保健室ってねぇ、そういう話をよく聞くんだ」


 小海さんはそう言ってニコリと笑う。しかし細められた目の奥は笑っていなかった。僕には分かる。小海さんはいま怒っている。なぜなら声にドスが効いているから。


 こういう時の小海さんは容赦がない。たぶん、これが養護教諭の面接に落ち続ける原因であろうと思われるのだが、彼女は自分が嫌いな人の人生はどうなっても良いと考えているのだ。「これはAさんの証言。最初は優しかったのに一度関係を持ったら冷たくされた」


「……は?」


「Bさん。執拗に下着写真を送れと言われた。Cさん。体ばかり褒められて正直気持ち悪かった」


「ちょ、ちょっと……」


 とおる先輩がたじろいでいる。


「Dさん。キスばかり求められて私が消費されてる気がした。Eさん。デートをすると体をべたべた触ってくる。……Fさん。襲われている所を助けられたけど後日先輩と襲った男が仲良さそうに話している所を目撃した」


 一ノ瀬さんが「うわ……」と声を出した。


 おそらく僕達の関係が変わったあの日の出来事を想起したものと思われる。


「まだまだあるけどね、これらの証言をくれた人のすべてが君、ないしは君の友人を想起させる名前や特徴を口にしてる。なあ、観念したらどうだい?」


「……………」


 小海さんがズイと迫った。それはさながら任侠にんきょう映画に出てくる極道さながらで、およそカタギの人間には耐えられないであろう迫力を醸し出していた。


 これは読者諸賢しか知り得ない事であるが、一ノ瀬さんはすでにとおる先輩と西という先輩の狂言である事を看破していた。それが真実であるとピンときたらしい。侮蔑と嫌悪の目を向け「あたし以外にも手を出してたんだ、最低」と吐き捨てるように言った。


「ち、違う! まどか! おばさん! あれは俺の事じゃない! 西や大宮のヤツが彼女が欲しいって言うから!」


「へぇ、西君に大宮君ね。今度まとめて報告させてもらうね」


「あ…………」


 詰みだ。


 とおる先輩は自ら罪を暴露したに等しい。


 一ノ瀬さんの侮蔑の表情。


 小海さんの目の笑っていない笑顔。


 一ノ瀬さんの母親の汚らわしい物を見る目。


 三者三様の軽蔑にさらされて、とおる先輩は己の進退を悟ったらしい。


「なんだよ……なんでこんな事になるんだよ! くそぉ!」


 まさかの小海さんの登場によってとおる先輩の悪行は幕を閉じた。この後、到着した警察に暴行の現行犯でとおる先輩が連行され、僕と一ノ瀬さんが重要参考人として連れていかれ、あーだこーだしているうちに僕らの逃避行の罪はうやむやになったのだけど、それはさておく。

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