第47話


「ねえりつ君。どうしてここにいるの? どうして助けて欲しい時に必ず助けてくれるの? どうしてそんなにかっこいいの? ねえもうかっこよすぎるんだけど?」


「そんなことを言われても……」


「これって夢なの? 本当のあたしはまだ小海先生の車の中で寝てる? 起きたらまた一人ぼっちなの? だったら起きたくないんだけど」


 ねえねえと言いながら一ノ瀬さんが僕を抱きしめる。その必死な姿はとても可愛いけれどうざったくもあったので頬をつねって「これでも起きないなら現実」


「いひゃいいひゃい……やめへ、やめへっへあ」


「僕はちゃんとここにいるよ」


「……………もう」


 頬を離すとプリンのような弾力でプルンと揺れた。


「でも、ちゃんと説明してよね。本当に驚いたんだから」


「あー、うん、そうだね……」


 僕は回想する。それは、一ノ瀬さんが小海家を出立する前の話であった。


「僕はトランクの中に隠れていたんだ。小海さんの運転する車のトランクに」


「………はぁ?」


 一ノ瀬さんが頓狂とんきょうな声を出す。


 僕は語り始めた。


     ☆☆☆


「じゃあ帰るけど、忘れ物はない?」


「…………」


「……はぁ、四方山くんは来ないよ」


 小海さんが運転席のドアに手をかける。一ノ瀬さんはジッと佇んでリュックの肩紐を握りしめていた。ここに残りたいと顔に書いてある。テコでも動かない様子にはさすがの小海さんも閉口していた。


 そこへ宵歌が声をかけた。「一ノ瀬さん。少しだけお別れを言わせて」


「宵歌ちゃん……」


「姉さんも。お母さんが少し休んでいけって言ってたよ」


「母さんが……? でも、帰りも長いから早く行きたいんだけど」


「そんなのお母さんに言ってよ。宵歌はしらない。一ノ瀬さん、お散歩行こっ」


「あ、ちょっと!」


 2人は駆けだした。小海さんはその背中を見送りながら「……ま、ちょっとくらいならいいか」と、家の中に入って行く。


 こうして車の周りには誰もいなくなった。


 これはすべて僕と宵歌の策略であった。伯母を説得して小海さんとお話をさせ、一ノ瀬さんを呼び出して離れたところへ連れて行く。その隙をついて僕が車に忍び込み入佐へ帰るという作戦。恥も外聞もなく子供であると認めるように体当たりな作戦だけれど、電車に乗るためにバスに乗り、バスに乗るために徒歩30分の道の駅へ行くことを思えば一番現実的な作戦であった。


「そうして一ノ瀬さんたちが離れた隙に僕は車に忍び込んだというわけだ。周りに誰もいないから簡単だったよ。後はトランクの中でジッとしていればここまで連れて来てくれるというわけだったんだけど、まさかこうなるとはね………」


 僕はため息をついた。


「一ノ瀬さんを驚かせようと思っていたんだけどこんな修羅場に巻き込まれるとは………どうしたの?」


 話の途中なのに一ノ瀬さんが僕の体をペタペタ触り始めた。「体痛くない? 辛くなかった?」


「どうして」


「だって狭いトランクの中でずぅっと隠れてたんでしょ? せま~いせま~い所にずっと……無茶しすぎ! ばか!」


「別にこれくらい……むしろ宵歌に負担を強いてしまった事が気がかりだ」


 彼女に頼んだ事は一ノ瀬さんと小海さんを車から引き離す事と僕の存在を偽装すること。伯父さんを1日騙しとおすという超難題を押し付けてしまった。


「なにそれ楽しそう! やる!」と快諾してくれたが今頃は小海さんから連絡が行き伯父さんに怒られていると思われる。


「無茶を承知で手伝ってくれたんだから感謝しなければな」


「それはそうだけど………」と一ノ瀬さんはため息をつくと僕を見上げた。「はぁ、りつ君も無茶しすぎ。馬鹿なの?」


「一ノ瀬さんのためなら苦でもないさ」


「…………ぶぅ」


 一ノ瀬さんは頬を赤らめて「ぶぅ」と鳴いた。可愛いと思った。


「せめてあたしには教えといてよね。もう」


「それも仕方のない事なんだよ」


 本当なら一ノ瀬さんにも教えておくべきだったのだろうと思う。「何が仕方のない事よ」と怒られるのもむべなるかなだが、一ノ瀬さんが元気だと小海さんに感づかれる可能性があったので教えるわけにはいかなかったのだ。


「あたしがどれだけ寂しかったのかも知らないくせに」


「そうだよね、ごめん。……辛かったよね」


「嫌い」


「ごめん」


 一ノ瀬さんが怒るのは仕方のない事だ。僕は甘んじて怒られようと思う。


「本当に、本当に寂しかった。心がギュウってなって辛かった」


「………………」


「……でもね」


 一ノ瀬さんが手を伸ばす。僕は覚悟を決めて目をつぶった。


 一ノ瀬さんが怒るのは当然だ。サプライズのためとはいえ裏切りに等しい事をしたのだ。頬をはたかれるだろうか。つねられるだろうか。それは分からないけれど危害を加えられるのは避けられないだろう。


 今後は気を付けるから可能な限り手加減をしてくれないだろうか。


 そう思っていると、


「でも………」


 一ノ瀬さんは僕の頬を両手で包み込むと、目じりを柔らかくして笑った。「大好き」

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