第44話
「これから高速に乗るわ。しばらく車の移動が続くけれど、大丈夫?」
「………はい」
「そう。分かった」
車はETCのゲートを通り、山をくりぬいて作られたような道路を進む。
これからおよそ4時間ほどの道のり。道中で食事を摂ることを考えればもっと遅くなるだろう。
一ノ瀬さんは身もだえるような苦しみを抱えたまま静かに涙を流した。
ここまで来たらもう引き返せない。
(りつ君……あたしだけはあなたの味方だからね。あなたが誰よりも強くて優しい人だって知ってる。あたしたちの事は誰も理解してくれない。でも、あたしはりつ君を理解してるから…………)
清流のように清らかな涙を流したまま一ノ瀬さんは後部座席に横になった。ずっと泣き続けているうちに気持ちが落ち着いていき、しばらくすると静かな寝息を立て始めた。
捨てられた猫のように体を丸めて一ノ瀬さんは眠る。
夢を見た。
その夢に僕は出なかった。一人ぼっちの一ノ瀬さんが暗い部屋で泣いている。
しばらくして起きた一ノ瀬さんは現実でも一人ぼっちであることを思い出して、泣いた。
☆☆☆
一ノ瀬さんが起きたのは夜であった。車窓の外が暗い。車は動いておらず、小海さんもいないようだった。
一ノ瀬さんはキョロキョロと辺りを見回して「……サービスエリアに着いたのかな」と車がたくさん止まっているのを見て呟いた。
夜の高速道路はとても静かである。行き交う車で賑わっている昼間とは打って変わって、砂漠の夜のようであった。
ここにある車はどこへ行く車なのだろう。どこから来てどこへ帰るのだろう。とても遠くへ来てしまったように感じる。一ノ瀬さんは一人ぼっちだった。
「……そうだ。インスタ」
寂しさを紛らわそうとスマホを取り出して、ラインとは別のSNSアプリを立ち上げる。友達の投稿や有名人の投稿を見て「ああ、みんな幸せそうだなぁ」とおすそ分けを貰う。静かな車の中でスマホの明かりが眩しい。
それは一ノ瀬さんの日常が回復しつつある事を意味した。
緊張が続いた日々に訪れる突然の
こういう時に何をするかでその人が分かるというものだが、一ノ瀬さんはスマホに頼るらしかった。僕の実家へ行く前はいつもこうしていたのだろう。手癖のようにタイムラインを流し見していきながら、その実あまり写真に注意を払っていなかった。
(あ、このケーキ可愛い。これ、この間バズってた動画だ……)雰囲気で写真を見ながら適当に画面をスワイプしていると……
ふいにダイレクトメッセージ欄が目に入る。
それはアプリ利用者同士で個人的な話をすることができる機能。小さなラインのようなものだった。そこにとおる先輩からメッセージが来ているのだ。一ノ瀬さんは顔をしかめてブロックしようとした。その際に誤ってトーク画面を開いてしまう。
そこには……
『俺誕生日なんだけど』
『なんで無視すんの』
と、能天気かつノンデリカシーなメッセージが数件来ていた。
彼女の心配をせず自分のことばかり押し付けて、挙句の果てには誕生日を祝えと言う。「こんな奴に少しでも惚れてたなんて………」
一ノ瀬さんは怒りを通り越して呆れ果て、返信をせずブロックした。
見たくないものを見たと一ノ瀬さんは思った。
ボンヤリとした空白の時間から、ハッキリと現実に引き戻された気がした。
胸の奥に嫌悪感を抱き、それをかき消すように僕の名前を呟く。「これがりつ君だったらなぁ……」
すると運転席のドアが開いて「起きた?」と小海さんが一ノ瀬さんを覗きこんだ。「お弁当買ってきたから食べよ。それともレストランの方が良かった?」
「いえ、いただきます」一ノ瀬さんはスマホをしまってお弁当を受け取る。
「ん、どうぞ」
一ノ瀬さんの眠りを妨げないようにという小海さんなりの配慮だったのだろう。
2人はもしゃもしゃとお弁当を食べ、程なくして出発した。
カーナビが入佐に入ったことを告げた。
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