第41話
「退学……。僕が?」
小海さんの言葉が信じられなかった。
退学になるのか? 僕が?
どんな結末になろうと一ノ瀬さんと一緒に居られれば良いと思っていた。警察に捕まろうと学校中のさらし者になろうと一ノ瀬さんがいるなら良いと思っていた。でも、退学は話が変わってくる。
一ノ瀬さんとはもう過ごせないことになる。
「父は君を連れ戻すつもりだよ。一応向こうに連れて帰るけど、夏休みに入ったらもうこっちに帰ってこいと言っている。宵歌と同じ学校に通えってさ」
「え、宵歌と!?」
宵歌は驚いたような声を出した。その中に降って湧いた幸運を喜ぶ調子が含まれていることを彼女は自覚し、恥じた。
小海さんはコクリと頷くと「だから、今は帰ろう」
「……おいて帰ればいいじゃないですか」僕は憮然として言った。
一ノ瀬さんが驚いたような顔をするけれど僕の顔が険しいのを見て、泣いた。
伯父さんは頭が固い。伝統ある旅館を守る事に専心しているからか考え方まで固執してしまっている石頭である。あの人が退学だと言い出したなら僕はきっと退学になるのだろう。今はもう学校に連絡しているところやもしれぬ。「やだよ。あたしを一人にしないで」と一ノ瀬さんが泣く。僕は「違う。伯父さんを説得するために残るつもりだよ。一人にするわけがない」と目を見て言った。
僕は父と母の間に生まれた子だ。2人に言われるのなら大人しく従うが、あの人に指図されたくない。僕の人生は僕が決める。他人に縛られるなんてまっぴらだ。
「ならあたしも残る。あたしたちの関係が遊びじゃないって分かってもらえたら、伯父さんだって許してくれるはずだよ」
「一ノ瀬さん……」
僕達はひしと抱き合った。
宵歌が「ひゃあ」と息を呑み、小海さんが居心地悪そうに頭を掻く。
「四方山くんは相変わらずだなぁ。でもここに残られる訳にもいかない。君、鍵をどこへやった?」
「………?」
「マンションの鍵だよ。こっちへ持ってきてるんじゃないかな。あれを返さないと罰金だって管理人が言うんだよ。なあ、一緒に返しに行こうよ」
小海さんが困ったように言うが、僕には心当たりがない。鍵はドアの取っ手に掛けて来た。「もしあそこに無いなら泥棒に盗られたんじゃないですかね」そうとしか考えられない。
「おいおい……なんて無責任なんだ。本当は持ってきてるんじゃないのかい? いずれにせよ退去の手続きがあるから一緒に来てもらうよ」
「………………」
僕は今からでも旅館にカチコミに行くつもりだったが一ノ瀬さんが「言うとおりにしよう」と小声で言った。「途中で抜け出すの。今度は誰も知らないところへ行こう。りつ君がいるならどこだって大丈夫」
なんて心強い人なんだろう。とたんに僕の前途が明るくなったように感じた。
「そうだね」とコッソリ返事してから小海さんに「小海さん、分かりました。一緒に帰りましょう」と嘘をつく。
「おや話が早い。何か企んでる?」
「
「あ、うん………」
宵歌は困惑した返事を返し、内心こうも思った。
(あのりつが大人しく言う事を聞くとは思えない。絶対何か企んでる。一ノ瀬さんの気持ちは本物だし、りつの気持ちも本物だ。だったら宵歌は2人に幸せになってほしい。2人が幸せに笑えるお手伝いがしたい。宵歌が伯父さんを説得して退学を止めさせなきゃ)と。
「分かった。また、会おうね」
僕達は頷き合って別れた。僕と一ノ瀬さんは荷物を取りに客間に向かい、宵歌は伯父さんの説得のために旅館に向かった。
一ノ瀬さんが逃げる算段を立てるためにコッソリ耳打ちをする。「いい? 小海先生は長旅で疲れてる。きっとどこかで休憩するだろうからその隙を突いて逃げよう」
「そうだね。でも、いいの? 両親に会いたいだろうに」
「言わないでよ。あたしだって会いたいけど、りつ君の隣にいられない寂しさとパパとママに会えない寂しさは別物だよ。パパとママに会えないのは胸がキュッとなるけど、りつ君と離れ離れになるのは心臓がギュウッてなる。そっちの方が辛い」
「………………」
その違いはよく分からないけれど、とにかく僕を大切に思ってくれているらしい。
「僕も一ノ瀬さんと一緒に居たい」
2人で荷物を持って小海さんの待つ玄関へと向かう。と、何やら言い争う声が聞こえた。
それはどうやら、伯父さんと小海さんの声のように聞こえた。
「立はどこだ! 小海家に泥を塗ったあの恩知らずを返すわけにはいかん!」
それから僕達にはなすすべもなく、一ノ瀬さんは帰り、僕はここに残るという話にまとまった。
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