第37話
宵歌は小海さんの車を見つけてゾッとした。
(2人の事はバレないように誤魔化したはずなのに、どうして姉さんがここにいるの? まさかりつを迎えに来た? でもまだ試験期間中だから学校はあるはず……それでも来たってことはここに居る事が分かって来たってことだよね)
宵歌は焦ったが一ノ瀬さんはあの車を見ても分からないようで、
「あの黄色い車がどうしたの」と首をかしげている。
「あれ、宵歌の姉さんの車……まずいよ。2人の事がバレた!」
「お姉さん……って、小海先生!?」
事の重大さを理解した一ノ瀬さんが目を見開く。
「あの方向はりつの家だよ! まずい。早く教えないと!」
「あ、そ、そうだね! ラインで……!」
一ノ瀬さんは慌ててスマホを取りだしたけれど、大変な事実を思い出して「あーーーーー!」と叫んだ。
「あたし、りつ君とライン交換してない!」
「はぁ!? なんで交換してないの!?」
そうなのである。僕達はあれほど一緒にいたのにラインを交換していないのである。無意識のうちにスマホを使う事を控えていたせいもあるだろう。どちらから言い出す事もなければラインを思い出す事も無かった。宵歌は当然怒った。
「好きなら交換しといてよ! 普通訊くでしょ!」
「だってだってだって緊張するんだもん!」と一ノ瀬さんはピーピー鳴いた。
「もう! 宵歌が連絡する!」
宵歌は手に持っていた袋を一ノ瀬さんに預けてポケットに手を突っ込んだ。が、こちらも重大な事実に気づいて「あっ!」と叫ぶ。
「スマホを家に忘れて来た!」
「ちょっと!?」
「だってあれ渡してすぐ帰るつもりだったんだよぉ!」
宵歌の家と僕の家は徒歩3分もかからない距離にある。宵歌がだるだるのジャージを着ている事から分かるように、彼女はすぐに帰るつもりだったのだ。ちょっとした外出のつもりでスマホを持たずに出てきて、そのまま一ノ瀬さんの案内を始めたのだから宵歌を責めてはいけない。
「まずいまずいまずいまずい……このままじゃりつと姉さんが鉢合わせちゃう。なんとか隠れてもらわないと………」
宵歌は大変焦った。しかしこういう時に閃くのが一ノ瀬さん。
「いや、大丈夫。クラスのライングループからりつ君を探せば……!」彼女はまだ諦めていなかった。
「そっか! 交換してなくても送る事は出来る! りつは確かひらがなで『よもやま』って名前だったはず……」
女の子2人はわちゃわちゃ焦りながらスマホをスクロールした。そこに僕の名前があれば小海さんの来訪を告げる事ができ、僕が証拠をすべて隠す事ができればやり過ごす事ができる。にわかに射した希望の光が2人の心音を速めた。
「よもやまの『よ』だよ!」
「そもそも『や』の行が無くない!?」
よもやまの『よ』が見つかれば良いのである。
2人はあれやこれやら言い合いながら『よ』を探した。
グループの名簿を上から下まで見尽くしたところで一ノ瀬さんが絶望の声をあげる。「あいつ、グループに入ってないじゃん!?」
「あ、でも……中学の時も入ってなかった気がする……」
僕の徹底した陰キャぶりを舐めないでいただきたい。僕がラインを交換した相手は小海さんと宵歌と親戚数名。おそらく片手で数えられるほどだろう。グループには一つも参加していない。誰がライングループなぞに入るものか。あんな参加したところで特別話すことも無くて沈黙する集団なんぞに交わるつもりは無い。
「もうこうなったら普通に電話かけるしかない!」
一ノ瀬さんはキッと顔をあげて、「宵歌ちゃん! 何番!?」
「え、たしか、名義変更したときに番号も変えてた……」
宵歌の顔色が蒼ざめる。先ほども言った事だが、僕の陰キャぶりを侮るなかれ。
「まさか誰にも教えてないの!?」
「だと、思う……」
宵歌の答えは正しい。が、教えるのを忘れていたというのが正確である。
2人は大変困った。ラインを送る手段が無く、電話もかけられない。すべての連絡手段を断たれた2人に残された道は、
「は、走れーーーーーー!」
全速力で帰る以外に無かった。
これに関しては全面的に僕が悪い。本当に申し訳ないと思っている。ごめん。
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