第36話


「今日のご飯はどうしようかな~~」


 一ノ瀬さんと宵歌はスーパーへ辿り着き、お弁当コーナーを物色していた。


 幕ノ内弁当、のり弁当、から揚げ弁当、ハンバーグ弁当などなど。手に取り悩みながら一ノ瀬さんはどのお弁当が良いのか考える。「りつ君の好きなものってなんだろう?」


 僕の好きなものを選んだって仕方がないと思うのだけど、一ノ瀬さんは自分のよりも先に僕の分を選ぶつもりらしかった。


「りつは……お弁当なら何でもいいと思うよ」


「どれでも食べるって事?」


「どれでも文句を言うって事。お弁当なら等しく文句を言うし、文句を言いながら残さず食べる」


「おじいちゃんみたいだね」


「そうそう。冷めててご飯が硬いのが嫌なんだってさ。あとおかずが人工的な味で嫌だって。ちなみに温めると文句言わないよ」


「……何の参考にもならない」


「でも冷めてても食べるんだから不思議だよね」


 女の子たちはお弁当を色々手に取りながらすっかり打ち解けた様子だった。そのかすがいとなったのは僕の悪口であるが、2人とも情け容赦なく僕をこき下ろす。それがむしろ信頼の証であるかのようにほんわかと「変なヤツだよねー」なんて言うのだから女子は分からない。


 一ノ瀬さんは散々悩んだ挙句、「ていうか白石楼ってレストランないの?」


「あるよ」


「じゃあそれでいいよね」


 と、お弁当を買わずに終わった。


「でもせっかく来たからお菓子くらい買っていこう」


 2人はお菓子売り場へと向かった。


「りつはチョコと一緒にミルクティーを飲むのが好きだよ。板じゃなくて一口タイプのやつ」


「なるほど」


「あと、飴をあげると静かに舐めてるかな」


「なるほど」


「あ、でもマシュマロとかマカロンはだめ。渋い顔をしちゃうから」


「なるほど」


 一ノ瀬さんは宵歌に言われるがままにお菓子を放り込んでいく。それだけで結構な分量になり、カゴはすぐにいっぱいになった。


「……本当にりつの事が好きなんだねぇ」


 自分でアドバイスしておきながらドン引きした宵歌がお金の心配をし始める。「そんなに買って大丈夫なの?」


「あたしのお小遣いだから大丈夫。さすがにりつ君のお金は使えないよ。ここへ来る前からお世話になりっぱなしだし、好きなものいっぱい食べて元気になって欲しいから、お返しにね」


 水を差すようだけれど僕はお菓子が好きなわけではない。あれば食べるくらいのもので自分から買ったりはしない。


「そっか。優しいんだね」


「どうだろ? あたし、無理やり押し付けちゃうからなぁ」


 一ノ瀬さんは腰くらいの高さのお菓子を選びながら、これまでの事をぼんやりと思い返してみた。


 たしかに。一ノ瀬さんは僕の家に嘘をついて押しかけてきたり、有無を言わさず料理をし始めたり、そこに僕の意思が介入する余地はなかった。


 しかし僕はいつだって感謝はすれど受け入れたことはない。


 僕は敢えて一人を選らんだ孤高の人である。相手が誰であろうと優しくされるのは嫌だ。


 一ノ瀬さんも心の中では(きっと迷惑なんだろうなぁ……)と思っていたけれど、(ま、いっか!)とも思っていた。気づいていたけれど気にしないようにしていたらしい。


「あんなひねくれ者は押し付けるくらいがちょうどいいんだよ。たぶん」と強引にまとめた。


「……つよいなぁ」


「だってこっちから話しかけないとずっとムスッとしてるんだもん。仲良くなろうと思ったら当たって砕けるしかないよね」


「……宵歌は、そこまで強くなれないよ」


 宵歌の言葉には、どこか負けを認めているような弱さがあった。「迷惑だって分かってるんだもん」


「どうして? 迷惑でもいいじゃない。最終的に振り向いてくれればこっちの勝ちなんだから。あたしだって何回も振られたよ」


「一ノ瀬さんが?」


「うん。何回も何回もアタックしてようやく仲良くなったの」


「へぇ………」


「宵歌ちゃんの話を聞いて思ったんだけど、りつ君はきっと寂しいんだよ。宵歌ちゃんや小海先生がそばにいても、あたしがいても、ご両親の代わりにはならない。だから、あたしがいて良かったって思って欲しいの。あたしは、あたしのままりつ君の力になる」


「どうやって? 宵歌だってりつの力になりたかったよ。身を尽くしてそばにいたけど、それでも振り向いてくれなかったのに」


「あたしならできる」


 一ノ瀬さんはそう断言した。


「なにそれ」


「たぶんできる。いや知らないけど」


「……適当だなぁ」


 お菓子の選別を終えてお会計へと向かった2人。


 支払いを済ませて店を出る一ノ瀬さんを宵歌は憮然ぶぜんとした表情で見た。


「嫌われたらどうしようとか考えないの?」


「それはそうなんだけど………でも、あたしって自分の気持ちを抑えられないからさ。結局、りつ君が嫌がってるって分かってても、思ったようにやっちゃうと思う」


「………どういうこと?」


「今のりつ君はきっと寂しがってる。だからそばにいてあげようって思うの。ご両親の事を思い出して苦しんでるなら、苦しくなくなるまで隣にいる。吐き出したい想いがあるなら全部受け止める。初めは嫌がるかもしれないけど、でも、あたしは傷つく覚悟でりつ君に立ち向かうよ。ご両親のことを笑って話せるようになるまで」


「……………」


「苦しい過去とか、知られたくない事を人に話す時ってね。相手も自分も傷つけてると思うんだ。苦しくて苦しくて、口にすることさえ嫌でたまらない。聞いてる方だって穏やかじゃないよね。ああ嫌な思いをさせてるなぁって分かってるんだけど、あたしは自分を傷つけるのを止められなかった。りつ君にすがる事しかできなかった」


 たしかに、とおる先輩の事を告白するときの一ノ瀬さんは自分を傷つけているようだった。あのときの事を思い出しているのだろう。噛み締めるように「あのときは嬉しかったなぁ」と呟いた。


「一ノ瀬さんも何かあったんだ」と宵歌はぼそりと呟いた。


「だからね。受け入れ方が重要なんだと思う。相手が心から受け入れてくれるって分かったら、どんな人でも嬉しくなると思うの」


「……そっか。確かに、りつの隣には一ノ瀬さんがいるべきだよ」


「そう? 宵歌ちゃんには敵わないよ」


「……ぶぅ」


 宵歌は観念した様子で道路に目をやる。と、そこへ見覚えのある車が通りがかって「おや?」と思った。


「宵歌ちゃん、どうしたの?」


「あの車………」


「車?」


 それは黄色い小さな車だった。自分の名前と同じ色だと言って買ったお気に入りの車。


 小海星歌さんの車であった。


「どうしてここに……」


 宵歌は、このままでは良くない事になると思って、ゾッとした。

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