第33話
話が前後するけれど前日の夜の事である。小海星歌さんがタバコをくゆらせながら宵歌とのラインを見返していた。
『そっちにりつはいた?』
『いなかったよ』
『そう。ならいいんだけど』
この一連のやり取りに小海さんは違和感を抱いていた。
「宵歌にしてはあっさり話を切り上げたよねぇ……なんでだろう?」
実姉ならではの嗅覚なのだろう。宵歌の態度に不審なものを感じた小海さんは確認のために『一ノ瀬さんには会った?』と送った。
篠山先生は僕達の事をこの日の朝礼で話して教師たちに共有した。学校は僕達を捜す事にしたが、その際にはもちろん小海さんが頼りにされた。生徒には僕と一ノ瀬さんが体調不良で休んでいるのだと伝えて騒ぎになることを避けたようだ。これは前日に早退していることが信ぴょう性を高め、疑う生徒はいなかった。
小海さんは何としても僕達を見つけようと宵歌に連絡を取ったのだが、その目論見は正しいと言って良かった。
時を経ず『誰その人』と返ってきた。
このために小海さんは宵歌の異変を確信した。
「四方山くんの事なんだからもっと聞いてくると思うし、多分、あの子は本人に接触するよね。そうして接触したり確認したなら私に何か言うはず。なのにこの淡白な返信ときた……。これって、宵歌が隠してるってことになるのかな……ふぅむ……これはどう解釈したらいいんだろう?」
小海さんはタバコをもみ消すと、口から白煙を吐き出した。
真実を確かめる必要がある。小海さんはそう感じていた。
☆☆☆
「あれ、一ノ瀬さんだ」
「宵歌さん? 今日は学校じゃないの?」
一ノ瀬さんが玄関のドアを閉めていると声をかけられた。「何か使える物はないかと思って色々もってきたのだけど……お出かけですか?」
「……お昼ご飯を買いに」
そこには私服姿の宵歌が立っており、手には紙袋を持っている。
「あの、学校は?」
僕達は逃げ出してから時計やカレンダーの類を目にしていない。だから今日が何曜日なのかを正確に把握しているわけではなかった。
「今日は土曜日だよ。部活も無いし、暇だから」
「え、うそ……」
気づかないうちに時が経っていることに一ノ瀬さんは驚いた。
「ま、こんな生活してたら仕方ないよね。スーパーに行くの? りつは?」
僕を捜しているのか宵歌はキョロキョロと辺りを見回す。
一ノ瀬さんは「ご近所ネットワークがどうとか言って行かないって」と言ってため息をついた。彼女はご近所ネットワークの怖さを知らないのだ。
「地元を不用意に歩きたくないのは分かるけど、スーパー遠くない? 知らない土地を女の子一人に歩かせる? ふつう」
「あぁ、りつは特に有名人だからね。仕方ないよ」
「……仕方ないの?」呆れたような声だった。
これだからご近所ネットワークは困る。SNSで情報が誇張されて伝わるようにご近所ネットワークでも尾ひれがつく。憚りながら告白させてもらうと、たしかに僕の顔は広く知られている。吹奏楽部の活動で町のお祭りやイベントに顔を出す機会の多い僕達は、全国大会で準優勝したことも相まってかやけに知名度が高かった。そのせいで吹奏楽部員は楽器が上手いと評判だったのである。
宵歌は一ノ瀬さんと歩きながら自慢げに語った。
「りつはねぇ、ドラムが上手いってみんなから褒められてたんだよ」
「そうなの?」
「うん。ドラムも上手いんだけど、特にシロフォンとかマリンバみたいな鍵盤楽器も上手で、一番すごかったのが秋祭りで演奏した熊蜂の飛行! あのマレットさばきはすごかったなぁ」
宵歌が夢を見るような表情をする。あれのせいで僕は色んな人に目をつけられたのだけれど、良い方に解釈するのが宵歌の得意技。僕の良い所だけを思い出しながら宵歌は当時のことをとうとうと語った。
「…………」
「どうしたの?」
一ノ瀬さんが唇をすぼめてそっぽを向く。「別に悔しいわけじゃないし」
「見たかったんだ?」
「違いますけど?」
「そっかそっか、やっぱり彼氏のかっこいい所は知りたいよね~~」
「だからぁ!」
宵歌は半分イジワルでこう言った。一ノ瀬さんが怒ると分かって言ったのだから彼女も性格が悪い。が、その話術はもっと悪い。
宵歌は僕の良い所だけを丁寧に切り取って話す事が多く、そのせいで僕は成績優秀で努力家な好青年として一部界隈に名を馳せていた。その話術にまんまとだまくらかされた一ノ瀬さんはムキになって「まだ彼氏じゃないもん!」と暴露してしまう。
「あれ、そうなの?」
「りつ君はたぶん、あたしに同情してくれてるだけ………」
「……どゆこと?」
思いのほか落ち込んでしまった一ノ瀬さんに心を痛めた宵歌は声を低くして訊ねた。
一ノ瀬さんの事を良く思っていないのは事実だが傷つけるつもりは無かった彼女は心を尽くして謝ったけれど、一ノ瀬さんは聞く耳を持たなかった。
「そうだよ、あたしみたいなメンドウなヤツを好きになってくれるのは同じくらいメンドウなヤツだけなんだ」
「どどど、どうしたの!? 一ノ瀬さん!?」
「あたしみたいなヤツを好きになってくれる人なんていない。りつ君はきっと優しいだけ……」
一ノ瀬さんはぶつぶつと愚痴をこぼし始めた。
それこそ僕が聞くべき一ノ瀬さんの本心であり、僕が手を差し伸べるべき心の傷だったのだけれど、なんの因果か僕は聞くことができなかった。
それは次のような次第である。
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