第10話
体育はサボりやすい授業ナンバーワンだと思う。
この日はバレーボールの授業であった。体育館を緑のネットで南北に区切り、男女で分かれての授業。僕はボール拾いという名目でネット付近でボンヤリしていた。
一ノ瀬さんはコート上で飛んだり跳ねたりの大活躍であった。
「すごいな。1人で6点くらい取ってないか? 逆にバレー下手か?」
バレーはチームプレイなのだ。一ノ瀬さんはコートの前後ろ関係なくアタックを仕掛けるという小学生のサッカーみたいな立ち回りをしていた。それで活躍しているのだから文句は言えないけれど、同じチームにいるバレー部員が少々不便であった。
しかもサーブの際には僕にウィンクをしてから決めるという余裕っぷり。「見てて」ということなのだろうけど、昨日から僕に付きまとってばかりいて、これではいつかクラスメイトの反感を買いそうで怖いし、ボール拾いはしないといけないのだから君の方ばっかり見ていられないのだ。
と、ふいに男子のコートからボールが転がってきた。ちょうど一ノ瀬さんのことを見ていたときであり、僕はついボールを女子のコートに転がしてしまう。
「ちょっとお、ちゃんと見といてよね」
「一ノ瀬さんに見惚れてたんじゃないの?」
「ごめんごめん」
女子に色々言われながら僕はボールを拾って早々に退散する。居心地が悪い。格好悪い。
さっさとボールを拾う。
コート上で一騎当千の活躍を見せる一ノ瀬さんとは大違いだ。……いや、僕が望んでサボっているのだから文句を言うのはおかしいけれど。自分で選んだ事とはいえ恥ずかしい事は恥ずかしい。
「ほい、パス」
ネットをくぐらせてボールを男子コートに送る。そして僕も戻ろうとしたとき、
「危ない!」
バレーボールが僕の頭に直撃した。
☆☆☆
「四方山くんさぁ………バイトに精を出すのはいいけど、それで倒れるかね?」
「……はぁ」
そんなことを言われても……。
「意識はあるようだけど、ハッキリしてるわけじゃなさそうだ。もうすぐ5限は終わるけど、大事を取って6限も休んだ方がいいかもね」
「……はぁ」
「……眠いかい?」
「とても」
「じゃ、元気そうだ」
金髪ショートの保険の先生。
「先生には私から説明しとくから、これに
「…………りつくん、りつくぅん……」
「ほら、また泣き出しそうだ」
ため息をつきながらも小海さんは一ノ瀬さんの背中を撫でた。
彼女は養護教諭になるべく勉強をしながら保健室の先生として働いている人。いわゆる講師であり、優しく明るい人柄が女子に人気である。しかしタバコを吸い酒を飲む人で、僕の家庭事情について知っている数少ない味方でもある。
筆記試験は満点なのになぜか面接で落とされるといつもぼやいているが、なぜ受かると思っているのか僕は
僕は白い天井を見上げて何があったのかボンヤリ考えた。
気が付いた時にはもう保健室に居た。何があったのかは覚えていないけれど、何かが直撃したことは覚えている。
「何があったの? 一ノ瀬さん」
僕が何気なく訊ねると、一ノ瀬さんは大きな目に涙を浮かべた。
「何が……って、うぅ、ふぇえええ………」
「ああ、また泣いた……。ほら、四方山くんは無事よ。安心しな?」
「死んじゃったかと思ったよぉ、死んじゃったかと思ったぁ!」
「うんうん、怖かったねぇ……よしよし」
「ふぇぇぇん………よがっだぁ……」
「………………」
「おい、ドン引きしてんじゃないよ。笑顔でも作って安心させてやれ。ずっと付きっきりだったんだよ?」
「……何が何だか理解できない顔です、これは」
聞けば、僕はバレーボールに当たって気絶したそうだ。たったそれだけで? とみんなが思ったが、きっかけがささいだからこそ事態に緊急性が増したのだという。倒れてからずっと気を失っていたそうである。時間にして40分ほど。その間ずっと一ノ瀬さんはここにいたらしい。
「君がいつまで経っても目を覚まさないからってここを動かなかったんだ。彼女の打ったボールがそれて君に当たったらしいから責任を感じてるんだろう。自分の怪我の手当てもしないでさ」
「……はあ、僕は病弱キャラではなかったはずなんですけど」
「疲れが溜まってたんだろう。さっきも言ったけどバイトを減らしなさい。彼女のためにもね」
「……考えておきます」
「へ~ら~せ。昨日は何時間寝たの? これ以上は教師として見過ごせないよ」
「善処します」
僕がきっぱり言うと小海さんは肩をすくめた。「それなら彼女に頼むしかないな。できる? 一ノ瀬さん」
「か、彼女!?」
「そうそう、君が彼女なんだろ?」
小海さんはうんうん頷くと保健室を出て行った。「それじゃ、後は若いもんに任せるとするかね」
「タバコを吸いたくなっただけでしょう?」
僕がそう言うと小海さんはイタズラっぽく笑った。「………えへっ」
そして出て行った。
……なんなんだろう、あの人は。手に小さな赤い箱を持っている時点で隠す気はないようだけど、あれで養護教諭になれると思っているのだろうか?
僕は小海さんを見送ってため息をついた。
ていうか待てよ? あの人は一ノ瀬さんの事を何と呼んだ? 彼女って言わなかったか? 僕がそう思って振り返ると、太ももの間で両手の指を弄んで顔を真っ赤にした一ノ瀬さんの姿がある。
「あ……か、彼女……彼女だってさ……」
「そう、言っていたね」
「………………」
「………………」
まるで恋をしているような恥ずかしがり方に僕もドキドキした。
保健室は沈黙に包まれた。
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