第2話
ブラジャーが降ってきた。…………ブラジャーが降ってきた? 何を言っているんだ、僕は?
しかし手の中にあるのは確かに女性用胸部保護下着(ピンク色)。匂いを嗅ぐと洗剤とほのかな汗の匂い。まぎれもない現実だった。
「……
人が
僕はひどい嫌悪感を抱いた。腹いせのためにゴミ箱を探してブラジャーを捨ててやろうと思った。己の性欲を律することもできない猿が学友だと思うと僕まで
近くにあるのは紙コップ用のゴミ箱のみ。しかし捨て口が2つあるのだからブラで
「ふん、一時の性欲すら我慢できない猿にはお似合いだ」
僕がゴミ箱にブラを着せようとしていると、問題が発生した。「なんてこった。このブラの持ち主は胸が小さいぞ」
なんと、ゴミ箱の表面積よりもブラが小さいのだった。
どうにかしてホックを止められないものかと悪戦苦闘していると、本当に問題が発生した。
「いや、離して!」とレースのカーテンを裂いたような鋭い悲鳴が聞こえてきたのだ。
次いで、バンという音と共に開いた窓に人影が2つ映る。細身の男子と小柄な女子のようだった。
女子の方は衣服がはだけ、肩から肩甲骨にかけてが丸見えになっている。
男子の方は窓に手をついて行為を無理強いしているように見えた。
「…………なんだなんだ? 事案か?」
声はなおも聞こえている。男子の方は「うるさい!」と怒鳴るばかりで言語中枢に異常をきたしたものと思われる。
女子が誰かは知らないが、まるで自分の彼女が汚されているような嫌悪感が募った。
「………………」
あんな男は退学になってしかるべきだ。
僕はこっそり階段を登ってパソコン部の前に張り付いた。
吹奏楽部は体育会系文化部と言われるとおり、体力と判断力が求められる部活である。特に打楽器パートはコンクールや演奏会に
これは学校によって異なるだろうけれど、僕の中学校ではパートリーダーと呼ばれる各パートの代表者が運搬の指揮を
楽器運搬は
時間に追われる彼らを導くためにはよく通る声と的確な状況判断能力が必要だった。
僕の声はB棟によく響いた。
昼休みだから人はいないだろう。しかしやましい行為をしている者はいつどんな時でも警戒しているものである。
少し声を低くしてドスの利いた声をあげれば中のヤツが教師にバレたと勘違いするだろうという目論見は見事に成功した。
部室の中から「やべぇ!」という声が聞こえ、ドタドタガッチャンと音がした後、バタンとドアを開けて男子生徒が逃げ出した。1年生ではなかった。僕は人の顔を覚えるのは得意な方だから、1度見た人の顔は忘れない。髪色が特徴的な生徒だったから見れば分かると思うのだけど、それでも気づかないのだから上級生に見える。
上級生がこんなところで………
僕は深いため息をつくとブラジャーを部屋の中に放り込んだ。
「え、誰!?」と女子の声がする。名乗り出るつもりは無かった。
「ねえ、誰なの!? 先生ですか!?」
「違うよ」
「じゃあ誰!? 助けてくれたんだよね!? ねえ!」
「…………めんどくさ。書置きを残して帰るか」
僕は『ご愁傷様。これ飲んでないからあげる』とメモ帳に書いて、ミルクティーを
襲われていたのが誰かなんて興味が無いし、彼女の名誉のために知るつもりもない。彼女が無事ならそれで良かった。
あられもない姿を見られたくないだろうと思ったし、降って湧いた幸運を掴めるかどうかは努力次第。こんな機会を利用して近づいたって僕が相手ではすぐに愛想を尽かされるだろう。
僕が階段を降り始めるころに女子が部屋を出た。「ねえってば!」と廊下を見回しているらしいが、僕はもう外階段を下り始めていた。
「どこにもいない………もーーー! 誰なのよーーーーーー!」
「ごめんな、正体は明かせないんだ」
たまにニヒルを気取るくらいは許されても良いだろう。ただ、ゴミ箱にブラジャーを着せようとしたことは、本当にごめん。
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