国籍不明

 彦左衛門が言う。

「まず申し上げますが、こちらのパレオ様は、当家の御客人。不逞ふていやから監禁とらわれておられましたところを、加々爪かがつめ殿の嫡男ちゃくなんがお救いもうしあげ、そこからゆえあって当家に御逗留ごとうりゅういただいているという次第にて」

「なるほど」

 その経緯は呑みこめた。

 加々爪家の長男は、それこそ不逞の輩の首領しゅりょうのようなものである。暇と力を持てあまし、江戸の町で喧嘩に明け暮れている。父親の制止には全く従わぬ暴れ者だが、血のつながらぬ彦左衛門のことは「親父殿」と呼び、したっている。わけのわからぬ奴である。

「して、監禁それ以前は」

 と新六郎は尋ねた。

 彦左衛門は顔をしかめながら答えた。

「それがまだ、お名前の他には、ほとんど何も」

「何もかも忘れてしまいましたわ~~」

 とパレオが言った。気がれたようなことを言っているが、正気の眼である。

「海のほうから来ましたわ~~」

左様さようにござるか」

 と受けるしかない。

「パレオ様の御衣服おめしものは」と彦左衛門が言った。「パレオ様御自身の物であるとのこと。洗濯せんだくを任された御城の者が、何やら早口でめちぎったほどの絶品にござる。さだめし、何処いずこかの国の姫君かと」

に。それがしも、そのようにお見受けしもうした」

 つまり、背後の人脈つながりが明らかになるまでは、軽率けいそつ拷問ごうもんするわけにもいかないということだ。とはいえ、当人がはらを割らなければ、何も明らかになりそうにない。

 ──雅楽頭様たちは。

 酒井たちは既に、パレオの足跡あしどりを探らせているのだろう。加々爪家の当主と長男も、厳しい取り調べを受けているはずだ。しかし、パレオが座敷へ来る前に彦左衛門が何も言わなかったことからして、成果はまだ挙がっていないものと思われる。

 ──いったい、我らをどう動かすおつもりなのか。

 新六郎は、困惑した心をそのまま顔に出して彦左衛門を見た。

 しかし彦左衛門は、新六郎をよりいっそう困惑させるようなことを言った。


「新六郎殿。小平次殿。御二方おふたかたには今夜、夢を見ていただきたい」

「夢?」

「もしも御二方の見た夢が同じものであるならば……いや、余計なことは念頭に置かれぬほうがよろしかろう」

「そのように迂遠うえんな物言い」小平次が目を見開いて言った。「彦左衛門殿らしくもない。御存知のとおり、拙者は未熟な青二才。何が家光うえ様への忠義となるのか、いまだ迷いの内にある者にござる。なにとぞ、まっすぐ、お導きくだされ」

 無理であろう、と新六郎は思った。まったく前例のない事態である。

 異国の貴人きにん

 他国の〈眼〉。

 戦の火種を増やすわけにはいかない現状。

 パレオについてのうわさは、悪党どもの口をつたって、どこまで広がっているのだろうか。

 この場で彦左衛門が「斬れ」と言えば、小平次は即座にパレオを斬るだろうが、そのような判断ができる段階なのであれば、すでに彦左衛門自身が動いているはずだ。

 今は彦左衛門も、そしておそらく重鎮たちも、ただ困惑しながら手がかりを増やそうとしているだけなのだろう。


 彦左衛門は腕を組み、「まずは一夜だけ、辛抱しんぼう願いたい」と言った後、「上様のおそばに、愚か者などおられようはずもない。よろしいか、小平次殿」と付け加えた。

 小平次は無言で頭を下げた。耳が赤くなっている。

 ──まったく、なんという夜だ。

 小平次は剛毅ごうきな男だが、やけに弱気な一面もある。ひさしぶりに、そちらの顔が出てしまったようだ。無理もない。新六郎は新六郎で、己の頭の回りの遅さを呪うばかりである。

 何もわからない。

 どう動くべきか。

 座敷の空気が重く感じられる。

 彦左衛門がふたたび口を開きかけたその時、だしぬけにパレオが声を上げた。

「やってみればわかりますわ~~」

 新六郎は、パレオと眼を合わせた。

「やってみるのが一番早いですわ~~」とパレオが言う。

 新六郎は尋ねた。

「やるとは、何を」

「ダンジョンを攻略していきますわ~~」

弾正台だんじょうを?」

「ダンジョン配信ですわ~~」

「は?」

「パレオが~」

「は」

「魔法で~」

「ほう」

「ダンジョン攻略の夢を見せますわ~~」

「なるほど」

 何もわからぬ。

 たしかに、やってみるほうが早いのであろう。

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