3. 決意

 再び人間としての意識を取り戻した俺は、現状を理解してただひたすらに呆然としていた。


 全身を襲っていた、豪炎の中に放り込まれたかのような痛みがなくなっている。

 それどころか繊細な四肢の感覚を取り戻していて、自身の足で立っているという当たり前の状況に感動している。

 頬を伝う少し塩っ気のある水。

 思わず作ってしまう握り拳。


 なんと、人間の体を取り戻していた。


 だがその体は『封魔のヴェルテ』としての体ではない。

 低い視線。華奢な四肢。目にかかるほどの前髪と、肩ほどで揺れる長さの黒髪。

 

 まさしくニアの姿だった。

 俺が俺の姿を奪われたように、俺はニアを骨や髪に至るまで残さず喰らい尽くしたことでニアの姿を奪ったのだ。

 一矢纏わぬこの身を見て、罪悪感と自暴自棄の入り混じった感情が脳内を掻き乱れる。

 しかしその入り混じった感情の中に人間の姿を得た事に対する安堵があることだけは、どうしても認めざるをえなかった。


 俺の今の体は、『完全な人間』ではない。

 肌の色は肉塊の時と変わらない生肉味がかった淡紅色だったし、所々に見たこともない紋様が浮かび上がっている。

 『入れ替わり』とは違う、また別な何かが作用したようだった。

 ディラやシシリアが仕組んだものなのか、それとも魔物由来のものなのか。

 わからない。それでも、先の体よりも動きやすくなったのは幸いだった。飢餓感もなくなっている。

 ひとまずは周囲に散らかったニアの服をかき集めて纏う。

 そして、今後の展望を考える。


 俺が取るべき選択肢は3つある。

 一つ目。

 俺の姿を奪った魔物を見つけ…なんとかして倒す。そして食って姿を取り戻す。

 これは現実的ではない。

 まずどこに行ったのか検討もつかないし、この力もない体で倒す方法が全くもって思い浮かばない。

 更に食うことで再び姿を取り戻せるという確証はないし、この案は棄却しよう。


 二つ目。

 今まさに英雄たちの凱旋パレードに騒ぎ立っているであろう王都へ向かい、ディラとシシリアの元を訪ねる。

 コイツらは居場所がわかっているから尋ねやすい。

 俺をこのように生かしていることからして、話し合いの余地はある気がする。

 …あれ?

 なんで俺は王都に行かなかったんだろう。

 初めから王都に行っていれば…こんな目に遭わずとも済んだんじゃないか?

 そもそも、何を成し遂げて凱旋パレードが行われているのか、何故か思い出せない。

 凱旋パレードが行われているという事実だけは鮮明に理解できるのだが──何か重要な記憶がポッカリと抜け落ちてしまっているような気がする。

 魔物になった影響か?

 

 三つ目。

 もう何もかも投げ出して、この姿のまま一生を過ごす。

 正直これが最も現実的な案だ。

 この姿でディラとシシリア、そしてあの魔物に勝てるヴィジョンは見えない。

 更にこの姿で王都を訪ねたとて、門番に受け入れてもらえる可能性は低い。

 パレードに浮き足だった今なら誰でも入れてもらえる可能性はあるが……フードを被ったとて街中でこの魔物じみた肌を見られたら言い訳が難しい。

 この案こそが最も現実的なのだが──、


「村の様子を見てから…王都に向かうか」


 ニアの声でこぼれたその言葉は、目の前の広大な空間に溶けて消えた。



 村に戻ると、そこはもう俺が知っている場所では無くなっていた。

 台風が過ぎ去った後かのように倒壊した木々、家屋。間違いなく俺が得意としていた風魔法が放たれた跡。

 所々に散らばり血の海を作っている死体、死体、死体たちは見知った顔ばかり。

 時刻は早朝。

 きっと何が起こったかもわからないまま殺されたのだろう。

 そう考えると森まで逃げ込むことができたニアの異常性がわかる。

 もしかしたら何かしらの理由があって魔物がニアを見逃したのかもしれないが、そんな事はしないだろう。ただ、ニアは運が良かっただけだ。


 俺のせいだ。

 俺のせいでこうなったんだ。


 下半身と上半身が丁度半分から分離している子供も、朝の料理に使っていた火が引火して全身から黒煙をあげ続ける誰かも、家屋の瓦礫に押しつぶされて内臓を散らかしている女も。

 誰も彼も俺のせいで死んだんだ。

 俺がこの村に戻ってきたから死んだんだ。

 

 この場で自害すればここで死んだ村人たちへの弔いにはなるのか?

 違う。

 この村人たちを殺したのは俺であっても俺ではない。

 弔いは、あの魔物……いや、『魔人』と英雄どもを殺してからだ。

 

 村は壊滅してしまったが、太陽は今日も変わらず昇って来る。

 山に隠れていた朝日が村を鮮明に照らし出し、残酷な現実を更に俺に突きつける。

 

 決意した。

 例えどんな姿になろうとも、絶対にあの三人・・の英雄を殺して…償ってみせる。

 ふと頭上を見上げると、数羽の鳥が朝日の方へ羽ばたいていて──やがて姿が見えなくなった。

 帯状に伸びた気味悪い形の雲が、遠くにあった。



 村を出て、王都へ向かうための算段を立てている。

 一刻も早く王都に向かわなければ、凱旋パレードも終わってしまいどさくさに紛れて内部に侵入するということができなくなる。

 更にはディラとシシリアの二人も王都を離れてしまう可能性が高い。

 だから、早急に王都へ向かうためにはどうすれば良いかひたすらに考えている。


 最寄りの街から王都へ向けて出る馬車に乗るのが最も早く王都に辿り着く方法だ。

 しかし、村でフードがある服を拝借したとはいえこんな見た目では街に入れない可能性の方が高い。

 人間だった時の魔法を使えるならひとっ飛びで王都に行けたし、街にも気配を消して入るなんてことができたから苦労しなかったのだが…

 今は無いものを考えてもしょうがないな。

 考えたがやはり凱旋パレードの最中に王都に間に合うには馬車に乗るしかない。

 馬車の速度でも今からなら間に合うかは微妙だが、歩いていくよりはマシだ。



「んな得体の知れないガキを乗せるスペースはねえよ。金もねえんだろ??」


 街にはなんとか入れたが、馬車に乗ろうとしたところで御者のおっさんに一蹴されてしまった。

 深く被ったフード。護衛にもならないようなひ弱な子どもの体躯と、無一文。

 それは御者が搭乗を拒否するには十分すぎる理由だった。

 しかも、王都行きの便は増発されているにしろどれもこれもパンパンの人間が詰め込まれている。

 それほどまでに英雄の凱旋パレードという一生に一度はあるかどうかわからないイベントに参加したいという人は多いのか。

 ただでさえ王都は人が多いというのに、全員入るのか?そんな単純な疑問が生まれる。

 いや、これはやはり好機と見るべきだ。

 この数の人間を門番が精査してる時間なんてないはずだし、人混みに紛れてしまえばどうにかなる。

 様々な人種が入り混じるため、この生肉に近い肌色と異様な紋様を見られても故郷の因習だとでも言えば最悪言い逃れできる。

 しかし王都に辿りつけなければ意味がない。 



 ──はあ、結局ダメだったか。

 馬車はどこもかしこも門前払いで万事休す。

 普通に焦っている。

 馬車などの公共交通機関は殆ど使ったことがなかったし、金が必要なことすら忘れてた。

 封魔のヴェルテとして名を馳せてた時は「護衛してやる」と言えば喜んでタダで乗せてくれたのだが、今思えば随分自惚れてたんだな。

 

 一先ずは街を出て、王都の方向へ歩きながら考える。

 とはいっても殆どアイデアが思い浮かばない。

 姿を見せれない、金もないんじゃあどうすることもできないじゃないか。

 一旦村に戻って金品をありったけかき集めてくるか?まさしく火事場泥棒で気が引けるが…


 途方に暮れていた、その時だった。


『ヒメ…ヒメ…コチラニドウゾ、オコシクダサイ』


 まるで脳内に直接響き渡るかのような不快な声が、俺の思考を遮った。

 俺に食人を促した悍ましい声とは違う、少し優しさを帯びた声だった。

 しかし、姫?そんなように言われる筋合いはないと思ったが、いかんせん俺は今女の子の体をしている。

 確かに姫と言われても差し支えはない性別だが、そのような敬称で言われるようなことは何もしていない。

 声は耳で捉えた訳ではなかったが、不思議と声の主がいる方向はわかり引き寄せられるように呼ばれた方向へと歩く。

 街の外、あまり入りたくないと思ってしまうほど不気味に木々が入り組んだ樹海の中に声の主はいるようだった。

 中に入る。

  

 昼になり太陽が真上にあるというのに薄暗い樹海。

 この場所は地元では一度入ったら二度と戻って来れないと言われるような不気味な樹海として有名で、近付くものはあまりいない。

 この樹海に道を整備できたなら街間の移動が便利になるとも言われていたのだが、それでも開発されなかったのはこの森に潜む獰猛な生物の多種多様性さからだろう。


『ヒメ。コチラデス』


 樹海を30分ほど突き進み、漸く辿り着いた先で佇んでいた声の主。

 ただ一点、まるでその空間にだけスポットライトが当たっているかのように木漏れ日が差した場所で俺を待っていた声の主の姿は、神秘的としか思えない容貌をしていた。


「魔物…なのか?」


 疑問を口に出さずとも目の前の存在は明らかに魔物なのだが、俺が今まで見てきた魔物とは明らかに一線を画していた。

 体長5メートルほどはある鹿型の生物。

 全身純白な体毛と額に埋め込まれた紅の宝玉が神々しさを助長し、加えて歴戦の重戦士が装備する大剣のように重々しい二本の角が巍然たる威圧感を放っている。

 縦型の目が人間や普通の生物とは違うまさしく魔物ともいうべき異形感を出しているが、俺に敵意のようなものはないと思えた。

 少なくとも俺をこんな場所まで呼びつけ『姫』という敬称を使っている時点で敵意がないのは確定的なのだが、長い間魔物と敵対し数百体以上の魔物を殺してきた俺にとってこの邂逅は奇妙なものだった。


「姫…魔王様を殺された私たちに…どうか復讐の機会を」


 魔物は、俺を目の前にして脳にテレパシーを送ってきた時とは違い流暢に喋り始めた。

 喋れる魔物なんてものは生まれてこの方一度も見たことがない。

 いいや、喋れるほどに賢い魔物はそもそも人前に姿を現さないのかもしれない。

 それにしても……


「魔王??」


 聞き慣れない単語・・・・・・・・だ。

 魔王といえば魔物の王のことか?

 俺を姫と呼称していることといい、俺以外に同じ境遇の奴がいるのか?


「魔王様をご存知でない、と?」


 俺の反応に魔物は心底驚いたように四つある目全てを見開いた。

 碧色の瞳が拡張し、俺を精査するように視線を突き刺してくる。

 そんな魔物の容貌に多少恐怖を抱いてしまうのは、体が子供になってしまったからなのかもしれない。

 が、それを悟られないよう俺も毅然とした態度をとる。


「知らないな。そもそも、何故俺が姫な…ん……」


 喋っていて、ふと脳に突き刺さるような痛みを感じて思わず蹲る。

 なんだ?

 なんなんだ、この違和感は?


「ああ。可哀想な姫よ。あなたは記憶を操作されている」


「記憶を…操作…??」


 目の奥をつんざくような痛みに耐えながら立ち上がり、魔物に問う。


「あなたの魂からは英雄、シシリア=デンフォードとヴェルテ=スフィアの魔力の残滓を感じる」


「シシリア…記憶…?」


 思い出そうと、記憶を呼び覚まそうとするほどに痛くなっていく鈍痛。

 それは脳から全身へと伝っていき、まともに呼吸することすらままならなくなってくる。

 俺は俺なのだから魂に俺の残滓とやらがあるのはわかる。

 しかし…『傀儡の異端官』、シシリア=デンフォード。確かに彼女は得体の知らない禁忌とも呼ばれる古代魔法の研究者だった。

 俺が彼女に傀儡などというあだ名をつけたのは、彼女が魔法によって使役する人形軍の異常さを示したからであって──、

 

「ヴェルテ=スフィアについてはわからないが、少なくともシシリア=デンフォードは他人の記憶を消せる。事実、あなたは魔王様のことを覚えていない」


「魔王?魔王…ダメだ、思い出せない」


 痛みに耐えながら記憶を探ってみたが、確かに魔王に関しての記憶が、まるで引っこ抜かれたかのようにポッカリと消え去っている気がした。

 この魔物が嘘を吐いているようには聞こえない。

 そして、シシリアが他人の記憶を弄れると聞いても無理だとは思えないので信憑性はある。


「姫。魔王様は死にました。三人の英雄たちによって殺されました。どうか、私たちに復讐の機会を」


 魔物がそう言うと、なんと樹海の奥からゾロゾロと低級、中級など含めて十体以上の魔物が姿を現した。

 これほどの数の魔物がいることがわかったら、この樹海はすぐさま騎士団の遠征隊が送られて焼き払われることだろう。

 こんな場所があったなんて、正直意外だ。

 というよりも人間に害をなさずに慎ましく暮らしている魔物たちもいたという事実に一番驚いている。


「問おう。俺を『姫』と呼ぶその真意はなんだ?」


 これが最も気になっていた部分でもある。


「あなたは魔王様の──ではないですか」


「……っ!!」


 魔物のその言葉は、俺の脳天に突き刺さるような衝撃を与えた。

 そうか、そうだったのか。

 思い出した・・・・・。では、尚更俺はあの英雄どもを殺さなければならない。

 殺意の理由が、また一つ増えた。


「行こう、王都へ。英雄どもは王都にいる。俺と一緒に魔王を殺したアイツらを殺そう」


 俺は俺の前で跪く魔物たちを睥睨し、そう指示を出した。

 俺は、絶対に俺を裏切ったあのクズ共を殺さなければならないのだ。

 

「では、私の背にお乗り下さい。すぐに王都へ向かいます。それから、私のことは『ガレイ』とお呼び下さい。魔王様から賜った、大切な名です」


「わかった。ガレイ、頼む」


 ガレイに促されるまま俺はその背に乗る。

 王都まで行く手段だけでなく強力な仲間まで手に入れてしまった。

 まさか魔物と手を組む日が来るなんて思ってもいなかったが。


 猛スピードで、十三匹の魔物を引き連れ樹海を抜ける。

 一般の馬車が通る道路に出たとて、人の目も気にせず進み続ける。

 どうせ最も脅威となる英雄どもは王都にいる。

 もはや他の人間には目もくれず、俺たち魔物の隊列は王都目指して全速力で駆けた。

 側から見れば、この魔物の大群による侵攻は『厄災』以外の何者でもないだろう。



◆◇◆◇◆◇◆



 パレード開始までの間、少し静かな場所で二人になりたい。

 英雄ディラ=フェルディアによるその一言により、ディラとシシリアの二人は騒がしい謁見の間を離れ王が用意した応接室に案内されていた。

 8畳ほどの空間にディラとシシリアは二人きり。

 盗み聞き出来る範囲に人がいないことを確認した後で、ディラは口を開く。


「シシリア。ヴェルテに頼まれていた魔法、完成したのか?」


「私を誰だと思っている?とっくに完成させたが?」


 豪勢なソファーに一人で腰掛け、足を組み、大胆な態度をとって見せるシシリアの自身満々な発言にディラは目を細めながら再度確認をとる。


「俺が創ったあの生物は繊細だからな。計画・・の実行は凱旋パレードが終わってからになるけど、決して雑に扱うなよ?」


 態度の悪いシシリアを蔑むように見下ろし腕を組みながら眼鏡の位置を調整するディラに、鬱陶しいとでも言わんばかりの反応をシシリアは返す。


「分かっている。にしても、お前も性格が悪いな?何故わざわざあんな脆い体にしたんだ?ヴェルテがあいつに体を譲渡した・・・・として、あんな体じゃ全身が燃えるように痛いはずだが?」


「そうだなあ。強いて言うなら、俺はアイツが嫌いだから、かな?」


「本当に性格が悪いんだな」


「お前も大概じゃないか」


 仲がいいのか悪いのかわからない二人の会話は、狭い応接室内に所狭しと並べられた絢爛華美な宝飾品たちに吸収されていく。

 今、この二人はヴェルテを待っている。

 そう。まだ計画には早い。まだ、完全に不死の魔王を殺せたわけではないのだ。


「にしても、突然ヴェルテが私たちに土下座してきた時は驚いたよな?」


 魔王と対峙した際にヴェルテが取った信じられない行動と、滑稽な姿。

 それを思い出して二人はただ苦笑する。


「ふん。アイツは…とんだお人好しだよ。普通、不死の魔王を殺すためとはいえあんな案を思いつくか?」


 ディラは軽蔑とも尊敬ともとれない表情を浮かべながら、ヴェルテに提案された案を思い出していた。


「ふん。本当に勿体無い。魔王といえヴェルテといえ…何故、軽率に自身が築き上げてきたものを崩壊させることができるのだ?私には絶対に無理だな」


「言っただろ?アイツはお人好しなんだよ」


「よくわからないな。一先ずはヴェルテが王都に来るのを待つか。この大層な凱旋パレードを終わらせたあとで…魔王を殺すとしよう」


「そうだな。シシリアの魔法が完成して無かったとはいえ、墓参りなんてパッパと終わらせろって話だよな。俺たちの時間は貴重なんだぞ?」


 ディラは語りながら右手の上に小さな魔法陣を展開して、バチバチを音を立たせながら岩塊を錬成している。

 それを見たシシリアは辟易したように目を細め、言う。


「それ、煩くないか?ただの格好つけか?」


「違う。俺は魔力過剰症だって言ってるだろ。こうやって定期的に魔法を発動させないと魔力暴走を起こすんだよ」


「はあ、難儀なものだな。……まあいい。今は待とう。ヴェルテの英雄としての最期・・を見届けるためにも」


「それはどうかな?」


「…どういうことだ?」


「いや、なんでもないさ・・・・・・・。少なくとも、俺はそこまで性格が悪いわけじゃないってことだ」


「…?」


 ディラの曖昧な返答に嫌な顔をしつつも、シシリアは自分の計画が順調に進んでいることを予感しながら不適な笑みを浮かべる。

 交錯する二人の思惑。それは決して相入れることのない狂人同士ゆえの思考なのだが…その錯綜が混沌を引き起こすことなど、まだこの二人も気がついていない。



「待たせたな」


 ディラとシシリアが待つ応接室の扉が開き、申し訳なさそうな顔を作って現れたのは、三人目の英雄『封魔のヴェルテ』だった。

 

「相変わらず凄い隠密魔法だな。城に入って来るまで全く気づかなったぞ」


 ディラは素直に尊敬の目をヴェルテに向けるが、何かヴェルテが纏う違和感のようなものに目を細めた。口には出さないが。


「城下町はパレードで騒ぎ立ってるぞ?なんで姿の一つも見せずにこんな狭い部屋で二人…きり……って、まさかお前ら⁉︎」


「ふざけんな。お前を待ってたんだよ」


 茶化すようなヴェルテの発言を両断したディラは幾重の魔法陣を展開してヴェルテの口を封じ込めようとする。

 それを呆れた様子で見るシシリアは、


「ようやく三人揃ったな。王の元へ戻るか」

 

 数時間待たせてしまった王と国民に詫びるようにそう言って立ち上がった。

 ようやく、魔王を倒した英雄たちの凱旋パレードが始まる。



 ヴェルテの合流により遂に始まった凱旋パレード。

 浮かれる王都は人、人、人で満ちていた。

 屋台が並ぶ大通りはもちろんのこと、狭い路地にすら人がごった返している。

 それは英雄が今まで救ってきた人々の数の多さと偉業の凄まじさを如実に示していた。

 それだけ魔物という存在は人々の暮らしを脅かしてきたのだ。

 

「それにしても凄い人気だなあ」


 王都の住民の一人が酒を飲みながら呟いたそんな言葉は、歓声による喧騒にかき消されて誰の耳にも届かない。

 英雄たち三人は馬車の荷台に乗れるように改造されたフロート車に乗っており、それぞれ笑顔を作って手を振っているが、内心では面倒臭いことこの上ないと思っている。

 英雄三人たちを乗せた馬車の後ろには王が乗った馬車も追随しており、護衛の数も申し分ない。

 パレードが開始したのは正午だったが、この騒ぎは深夜まで収まらないだろう。

   

 しばらく街を練り歩き、フロート車は王都で最も大きい広場の中央で止まる。

 今から、英雄たち三人による勝利の祝杯が挙げられる。

 

「我々を苦しめた暴虐の魔王は、ここにいる三人の英雄たちによって討伐された!各地に残る魔物の残党も残らず駆逐してくれるとのことだ!祝え!杯を掲げろ!今、この王都で騒ぎ楽しむことを…このドグラス=ティアレインが許そう!」


 この国を治めるティアレイン王本人がそんな音頭をとったことで、広場はありえないほどの歓声に満ち満ちた。

 そんな国民たちの歓喜に微笑む国王も、あまりの騒々しさに顔を顰める英雄たちも、昼間から大量の酒を喉に流し込む冒険者たちも──現在進行形で王都に大量の魔物たちが向かっていることなど…知らない。



 時刻は午後3時を回った頃だろうか。

 王都に血管のように張り巡らされた大通りを一通り英雄を乗せた馬車が巡った後で、人々の喧騒を一瞬にして鎮まり返す鐘の音が王都に響き渡る。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 

 この不気味で人々の不安を煽る音色は、王都に危機が迫っていることを示す警鐘だ。


「王都に魔物の大群が攻めてきてるぞ!」


 誰かが発したその声はすぐさま人波を伝播していき、混沌を招こうとした。

 ──だが、


「その魔物はバカに違いねえ!今王都には魔王を殺した三人の英雄がいるんだぞ?魔物がいくら束になって攻めてきたところで心配はいらねえよ!」

「確かに、この場には王国最強の英雄たちがいるじゃん!」

「むしろ英雄たちの戦闘姿が見られる。もしかしてこれは王国が仕込んだショーの一種なのでは?」


 そんな声が、逆に混乱を興奮に変えていった。

 王都を魔物が攻めているという事実はすぐさま英雄たちの耳にも届き、その対処をどうするか話あっている。

 まだ、その魔物軍を率いているのが誰なのかを知らぬまま。

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