4. 真実

「もうすぐ王都だな」


 俺の呟きに言葉を返す者はいない。

 俺を乗せているガレイも、それに追随している魔物も、ただひたすら怨嗟のままに英雄どもの居る王都へと向かっている。

 

 王都周辺は交通網が発展しているし、今はパレードの真っ只中のため人の目は格段に多い。

 そんな中を大量の魔物を引き連れて進行しているのだから、王都に情報がたどり着くのは時間の問題だろう。

 最初、樹海を抜けた時に俺が引き連れていた魔物の数は十三体だった。

 しかしどうだろう。

 なんと王都に向かっている内にどこからともなく仲間たちがやってきて、その数は三十体以上にも増えた。

 俺に念話を飛ばしてきたことといい、魔物たちはテレパシーで通じ合えるのかもしれない。

 

 もはや整備された道を破壊しながら突き進んでいる。

 俺たちの姿を見て蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う馬車や人々には目もくれず王都を目指している。

 英雄以外に障害のない俺たちにとって、王都までの道のりは平凡で退屈なものだった。



 やがて、王都を囲む堅固な城壁が見えてきた。

 迎撃準備ができているのかいないのか。

 普通ここまで近づいたら騎士団の魔法部隊が遠距離攻撃を放ってきそうなものだが、そんな様子はない。

 それは何故か。

 …想像に容易い。

 きっと英雄どもと俺たちを戦わせて、その様子を楽しもうとしているのだ。

 パレードの余興だとでも思っている住民も多いだろうな。

 心底不快だが俺としては好都合。

 俺の目的は英雄どもと真っ向からやり合って勝利することではない。

 殺したい程に憎悪は滾っているが、これだけの戦力を持ってしても英雄どもを殺せる可能性は低い。

 だから。

 なぜ、俺を裏切ったのか。

 なぜ、俺を信じてくれなかったのか。

 それを聞くこと。それだけでいいのだ。もちろんその後で戦闘になる可能性もあるが…その時はその時だ。


 城壁まで後一キロほどの距離まで近づいたというのに英雄どもの影はまだ見えない。

 俺が引き連れている頭がいい魔物たちもここまで何もないことに疑問を持ち始めているようだったが、お構いなしに門めがけて突き進んでいる。

 おいおい、このまま何もないんだとしたら門を突き破って、抑えきれない怒りに支配された魔物たちが街を破壊し尽くすぞ。


 そう思った、その時だった。


「やれやれ。自分から狩られにきてくれるなんて、そんなに魔物ってバカだったっけ~?」

 

 城壁の上。丁度俺たちが向かっている先の延長線。

 そこで英雄、ディラ=フェルディアが頭をかきながら俺たちに聞こえるようにそんなことを呟いていた。

 ディラの横にいるのはやはりシシリア=デンフォード。それから…


「魔人…」


 俺から体を奪ったあの魔人が何食わぬ顔で立っていた。

 どうやら俺の村を滅ぼした後、すぐに王都に向かったらしい。

 自分の意思で王都まで戻ったのか、それともディラとシシリアによって意識を操られているのか。

 シシリアは記憶を操作できるらしいし、それも可能なのかもしれない。

 正しく言うならば今あの魔人は、まさしくシシリアの傀儡に過ぎないってわけだ。

 俺から体を奪った時に見せた『魔物としての感情』はもう既に消えてしまったのだろうか。…わからない。


 ディラやシシリアは俺たちが門へ辿り着く前に、まるで見せ物と言わんばかりの高出力魔法を叩き込んでくるはず。

 だから、その前に俺がやるべきことは──、


「ディラ!シシリア!教えろ!何故、俺を裏切った!!」


 絶叫する。

 先のディラの発言からして、ディラはニアの姿を奪った今の俺がヴェルテの魂を宿しているとは気づいていない。

 だから一言で中身がヴェルテであることを知らしめるには、これが手っ取り早い。

 賢いディラならこれで俺の正体と魔物を引き連れて王都に進行している意味を理解できると思ったのだが、


「裏切った?何を言っているんだ?」

 

 ディラは本当にわかっていないという様子で、魔法陣を展開しながら首を傾げていた。

 それを見て俺は、魔物たちに「止まってくれ」と指示を出す。

 魔物たちは不服ながらも一応『姫』という立場である俺の言葉に耳を傾けてくれたようで、仇である英雄たちを前にして足を止めた。


「俺はヴェルテだ!お前が、お前たちが魔法を仕向けて俺から体を奪ったんだろ!」


 叫ぶ。今俺が引き連れている魔物がヴェルテすらも目の敵にしていることを忘れて。


「はあ?…確かに喋れる魔物は初めて見たけど、まさかそんな嘘を吐く為に口が付いているわけじゃないよね?」


 何故だ?

 なんなんだ、この反応は?

 意味がわからない。ディラはこんなとぼけるような奴じゃない。

 まさか、ディラは本当に俺が今陥っているこの現状に付いて何も知らないというのか?

 もしかしてディラはこの件について一切関わっていないというのか?


 だとしたら。

 

「シシリア!お前だな?計画を無碍にし、俺の体を奪ったのは!」


 何もわかっていないディラの横で必死に笑いを堪えているシシリアを、俺は全力で睨みつけた。

 ディラも迫真な俺を見て、俺が何か出鱈目を言っているのではないと判断したのか、横にいるシシリアを見ている。


「まさかあの状態から人の姿を取り戻せるとは思っていなかったよ、ヴェルテ」


 観念したように、シシリアは自分が犯人であると告げた。


 だがおかしい。

 入れ替わりという魔法をあの魔物に仕込んだのはシシリアで間違いないと思うが、俺がニアの姿を奪ったのは予想外だということか?

 シシリアの発言は矛盾を孕んでいるような気がしたが、確かに考えてみれば俺がニアの体を手に入れられていることは不可思議なことだった。

 俺が魔物に行使された『入れ替わり』はそもそも魂を交替するだけの効果のように思えたし、肉体を食べることで奪うというものではなかった。

 そもそも、再び肉体を奪い返せるような設計をしていたなら、危険因子と判断され俺を生かさずその場で抹消していたはずだ。

 

 そんな俺の疑問を解消するように、シシリアは言葉を続ける。

 

「──確かに私は入れ替わりを使って、ディラが作成した人造魔物の魂と君の魂を入れ替えた。君に与えた第二の姿はそんな可愛いものじゃななかったはずだけどね?ああ。そういえばディラが言ってたな。「自分はそこまで性格が悪くない」って。その言葉の真意は、ちゃんとあの腐った体を与えて多少痛めつけた後で、人間の体を取り戻すための術式を組み込んでたってことかな」


「おい、なんの話をしてるんだ?」


 まるで蚊帳の外になっていたディラは思考を巡らせていたようだったが、まだ答えには至っていないようだった。

 つまり、ディラは敵側ではない。むしろ俺の味方になってくれる可能性の方が高い。

 そして俺はシシリアの独り言じみた説明で全てを理解する。


 この一連の事件の全ての元凶はシシリアただ一人。

 ディラもシシリアに利用されたに過ぎないのだ。

 だから、俺はディラに事の経緯全てを説明する。

 ディラを懐柔するために。


「ディラ、聞いてくれ。横にいる女は性根が腐った狂人だ──」


 俺は魔王と対峙した時のことを思い出しながら語る。



◆◇◆◇◆◇◆


 

「ようやく魔王の居場所を突き止めたな」

 

「まさか、こんな辺鄙な場所にいるなんてね」


 ティアレイン王によって命じられた魔王討伐。

 魔王とは、十数年前に突如現れた魔物という存在を生み出し、人類に多大な損害を生み出し続けた悪の権化。

 そもそも魔王という存在が認知され始めたのも、最近になってからだった。

 たまたま冒険者によって目撃された、魔法陣から魔物を生み出す何者か。

 いくら攻撃を仕掛けても無傷で、どこかに立ち去ってしまったという。

 その不確かな情報から俺たち英雄と呼ばれる三人が各地から集められ、多額の報奨金を条件にその魔王を探すための旅に出た。

 旅と言ってもそれほど時間はかかっていない。

 魔物が頻出する場所。住民の目撃情報。そしてシシリアの魔法によって生み出された人形の探索部隊。

 それらは魔物を生み出すしか能がないと思われる魔王を見つけるのに十分な要素だった。


 今、目の前には山を切り拓いて意図的に造られたと思われる洞窟の入り口がある。

 シシリアによると、魔王はこの中にいる。

 先行して洞窟を探索しに行ったシシリアの人形軍が全滅したらしいことから、中には相当強力な魔物も蔓延っているはずだ。

 

「中に入ろうか」

 

 自身の軍隊が壊滅させられたというのに怖気の一つもないシシリアの態度に感服しつつ、俺たちは同時に洞窟の内部へと侵入した。

 シシリアが新たに生み出した30センチ程で小さな少女型の可愛らしい人形に松明を持たせ灯りを確保させつつ、慎重に一本道を進んでいく。

 洞窟の中は魔物が跋扈していて魔王にたどり着くまでに何度も戦闘を余儀なくされる…と思っていたのだが、洞窟内は不気味なほどに静かだった。

 まるで俺たちを空間の奥へ奥へと誘っているようで、罠のようにも思えたが引き返すことはできない。


「拍子抜けだね」


 索敵を完全に俺たちに任せているのかは知らないが、ディラは緊張を解いて何やら知恵の輪のようなパズルを一人で弄っていた。

 こんな薄暗い場所でそういうことをするから眼鏡になるんだぞ、とは言えず俺もこの嵐の前の静けさのような状況に疑問を抱く。

 シシリアはただ黙々と突き進んでいた。

 

 しばらく進んで。ふと、空気が変わったのに気づく。


「この先の空間に何かいるな。魔王だけじゃない。魔王含めて…一、二…三体か?思ったよりも少ないな」


 シシリアも異変に気付いたようでそんなことを言っている。

 まさか気配の数も分かるなんて、流石と言わざるを得ない。


「上級魔物が2体、か。随分舐められたものだね。シシリアの軍隊が全滅したってのはちょっと意外だったけどそれほど苦戦しなさそうだ」


 知恵の輪を解いて満足げなディラが、不服と言わんばかりに眼鏡の位置を整えた。

 魔王にとって俺たちの襲撃は予想外だったのだろうか。俺だったら戦力を補強して全力で迎え撃とうとするが。

 はたまた俺たちをそれほど脅威として捉えてないのか。

 まあいい。進む。


 すると、まだ通路は続いていたがなんと扉があった。

 明らかな人工物。実は実際にこの目で見るまで魔物を生み出す魔王という人間がいることを疑っていたのだが、これを見て信憑性は大幅に上がった。

 扉の前にはディラの言う通り、人型の上級魔物が扉を守るように二体佇んでいる。

 細い足に反して発達した胴体と腕部。全身白色なのも異様だが、牙のついた大きな口が存在感を助長させている。

 こちらを見ても攻撃してくるような素振りはないが、一筋縄では行かない相手であることは二体の周りに散らばるシシリアの人形軍から見て取れた。


 ──が、その時。

 俺たちの戦闘意欲を削ぎ落とすように扉の中から優しげな男の声が聞こえてきた。


「待ってたよ、ヴェルテ。君だけその扉を開けて中に入ってきてくれないか」


 扉の中にいると思われる男…魔王は、なんと俺を指名してきた。

 俺も驚いているが、ディラとシシリアでさえもその言葉の意味がわからず眉を顰めている。

 俺を待っていた??

 俺は魔王なんかと認識はないし、聞いたことがある声でもなかった。

 

「何が目的かはわからないが、そこに魔物を配置している以上信頼はできないな。俺を一人にして襲うつもりかもしれないし」


「それもそうだな。すまないが、お前たち。死んでくれ」


 魔王がそう言うと、人型の魔物は二体同時にその巨腕で自身の首を引きちぎり…絶命した。

 不気味で悍ましい光景。

 あれだけ人に害をなし、知能も何もないと思われていた魔物が一人の声で自ら命を絶つ。

 その忠誠心と魔王の持つ力の底なしさに身慄いする。

 だが、これを見せられてあの扉の先に進まないのは卑怯なので進むしかなくなってしまった。


「とりあえず言ってくる。ディラとシシリアはここで待っててくれ」


 魔物の自害という信じられない光景に驚いていた二人を背に、俺は不穏な雰囲気を放つ木造りの素朴な扉を開け中へと入る。

 そこに佇んでいた痩せこけた男の姿に、俺は絶句した。



「やあ親友・・。久しぶりだね」



「なんで、お前…生きていたのか!」


 十三年前に魔物に喰われて死んだと思っていた俺の親友、バレンがそこにはいた。


 何年も何も食べていないかのように痩せこけた姿。

 すっかり声変わりしていたので声だけでは気づけなかったが、姿を見てもギリギリ気づけたぐらいの変わりようだ。

 

「まあね。無意味に生き続けた結果、魔王なんて呼ばれる存在になってしまったんだけど」


「そうだよ、なんで魔王なんてやってんだよ!」


 真っ先に生み出された疑問を問う。

 死んだと思っていた親友が生きていたことは喜ぶべきことだ。

 しかし俺が倒さなければならない魔王という存在がその親友なのだとしたら、もう俺は手を出せないではないか!


「こんなの、やりたくてやってるわけじゃないよ。僕の体は初めて魔物を生み出してしまった十三年前のあの日から…呪われているんだ」


「魔力過剰症か。魔法を使って魔力を定期的に消費しないと、勝手に魔法が発動されてしまう……つまり、『魔物を生み出す』という魔法が勝手に発動してしまうんだな?」


「そういうことさ。もちろん、他の人に害を為すことことなんてしたくない。だから何度も死のうとした。だけど、死ねなかったんだ」


「どういうことだ?」

 

 質問ばかりで申し訳ないが、バレンも久しぶりの俺との会話を楽しんでいるようだった。

 そういえば確かに魔王はどんな攻撃も通用せず不死だと言われていた。それも半信半疑だったが、バレンの言葉を聞いて信じざるを得なくなった。


「僕は、死ねない体・・・・・だったんだ。いくら刃物で体を傷つけようが、毒を飲もうが、死ねなかった。たちまちのうちに体が再生してしまうんだ」


「嘘…だろ?じゃあ、バレンはもう一生魔物を産み続けることしかできないのか?」


 死ねない呪いに加え、魔物を生み出す魔法の魔力過剰症。

 あり得ないくらいに最悪な体質だ。俺は真っ直ぐ俺を見つめるバレンの透き通った瞳を見つめ返し、返答を待つ。


「いいや。死ぬ方法がたった一つだけある」


「勿体ぶらずに教えてくれ」


 言っていて、気づく。

 俺は親友を殺す方法を親友の口から聞き出そうとしている。

 その方法を聞いたとて、俺はそれを実行できるのか?


「僕はどんな傷を受けても再生してしまうが、魔物によって出来た傷だけは今も僕を蝕み続けている。つまり僕が死ぬ方法は、『魔物に殺されること』。それしかないんだ」


「……バレンが魔物に〝俺を殺せ〟と命じるだけでいいんじゃないのか?」


 俺はすぐに浮かんだ答えとも思える回答を口にした。

 先程見せられた魔物のバレンに対する異常な忠誠心。それを利用すれば簡単そうなのだが…

 

「僕が生み出した魔物は、僕に忠実すぎるんだよ。だから、僕を傷つける類の命令は聞いてくれない。更に人を襲うなとか、自害しろなんかの命令も従う奴しか従ってくれない…」


「なるほど?じゃあなんでバレンは死ぬ方法に気づいたんだ?」


「一度だけ、全身に棘がついた魔物を創造したことがあるんだ。その魔物を触った時に出来た傷だけ、未だに治ってない。それで気づいたんだ。魔物による攻撃なら、僕は死ぬことができるんだって」


「それを俺に告げたとて、どうすることもできないが…」


 もしも俺が使える最大出力の魔法を放ったらどうなるのだろう。

 この洞窟は跡形もなく消えると思うが、その跡地にバレンが無傷で立っているなんて状況ができるのだろうか。

 試してみたい気持ちもあるが、いかんせんここには俺たち以外にもシシリアとディラがいる。

 今ここでは試せないし、バレンの口ぶりからして本当に無意味なんだとも思える。


「そこで、だ。『封魔のヴェルテ』。君の封印魔法で僕を封印してくれないか。もう二度とこの世界に立てなくなってもいい」


 バレンの願いは、俺にとっては耳が痛いものだった。

 確かに俺の『封魔』という二つ名は封印魔法を扱えることに由来している。

 しかし封印魔法はそんな大層なものじゃない。

 封印は『依代よりしろ』を必要とし、その依代も封印するものと同等のものでなければならない。

 だから、バレンと同等の依代を用意しなければならないのだが、そんなものはこの世に存在しない。

 先の話からわかるバレンの異常なまでの魔力。それと張り合える存在で尚且つ親和性があり、依代にできるものなんて………


 あった。あってしまった。

 この、俺だ。


 思考を巡らせて辿り着いてしまった答え。

 バレンを俺の体に封印すれば、救うことができる。

 果たして、そんなことをしたことがないので成功するかどうかはわからない。

 だが、久しぶりに再開した唯一の親友の頼みを無下にするほど、俺は冷徹な人間ではない。


「…わかった。バレンを俺を依代にして封印する。それでいいんだな?」


 最初からバレンは俺がこの答えに辿り着くのをわかっていたかのように頷いた。


「ああ、頼む。最後に一つだけ、いいかな?」


「なんだ?」


「妹のニアを頼む」


 バレンは微笑んで、手を差し出してきた。

 俺も笑顔を作り、その手を握り返す。

 骨々しいが温かい、心優しいバレンに相応しい手だった。

 バレンはずっと、こんな場所で一人孤独に魔物を生み出し続けるという体質に悩まされながらもずっとずっと妹や村のことを想っていたのだ。

 俺だって、いつの時もバレンのことを忘れたことなんてなかった。

 まさか生きていたなんてこれっぽっちも考えてはいなかったが、どんな任務を遂行する時だってバレンを失った時のことを思い出して慎重だった。

 あの時バレンを失ったから、血の滲むような努力をして英雄と呼ばれるようになった俺がいるんだ。


「ああ、わかったよ。これが終わったらすぐに村に戻ってニアに会いに行く。ついでにサリア大森林に建てたバレンの墓も拝んでやるよ」


「ハハ。悪かったね。僕があの村にいたら意図せず魔物を生み出して村を襲ってしまう。だから、魔物を上手く指示して死んだように見せかけ…離れたんだ」


「わかってるよ。本当にお人好しだな」


「ヴェルテもね。──最初から君に頼めば良かった」


 俺が封印魔法の魔法陣を展開すると、最後にバレンはその痩せこけた顔で精一杯の笑顔を浮かべて見せた。

 懐かしい、頬にできる笑窪だけは十三年前と変わらない、あの日のバレンのままだった。



 魔法陣の消失と共に、俺の目の前からバレンは消えていた。消えていたのだが──、


「なんだこの、不快感は…!」

 

 初めて試みた、自らを依代に別の人間を封印するという行為。

 それが何の代償も無しに終わるなんてことはやはりなかったらしく、抑えられない莫大な魔力と意識せずに勝手に現れる魔法陣が俺の焦りを加速させる。

 

 まずい、バレンの「魔物を生み出す」という魔法が俺に宿ってしまったみたいだ。だとしたら、魔物による攻撃でしか死ねないという体質も引き継いでしまった可能性がある。

 試しに得意な風魔法を使って自分の左腕を攻撃してみたのだが──バレンの言う通り、驚異的な治癒力で何事もなかったかのように回復してしまった。

 俺は魂だとかの分野には詳しくないが、魔法は魂に宿るものの可能性が高いと考えている。

 バレンを肉体ごとを俺の体に入れてしまったせいで、魂の融合による暴走のようなものが起きようとしているのだろう。

 

 どうすればいい?

 考えた末、一つの結論が導かれる。

 

 魔物に殺されればいい。

 それも、自分も生きれる可能性を残した上で。

 

 俺はその案を実行するため、ディラとシシリアが待つ通路まで戻り──みっともなく土下座をした。


「頼む、お前たちの力を貸してくれ」


「何があったんだ?」


 俺の土下座姿に口角を上げながら、シシリアは詳細を問う。

 ディラも怪訝そうに顎に手を乗せていた。そして魔王の部屋から出てくるなり土下座をするという異様な俺の行動の意味に興味深々といった感じだ。

 心なしか二人と会ったことで魔力暴走の動きが収まったような気がし、再び片鱗が見える前に俺は簡潔に語る。


「魔王の正体は…かつて死んだと思っていた俺の親友だった。そして、その魔王は「魔物による攻撃でしか死ねない」という呪いを持っていた。だから、俺は封印魔法を使って魔王を封印した。俺のこの体を依代にして。しかしその封印は不十分で軽率なものだった。魔王の魂が俺の魂と半融合して魔力過剰による暴走を引き起こしてしまい、俺も意図せず魔物を生み出してしまうかもしれない」


「ふうん、それで?私たちに何をして欲しいのだ?」


 やはり二人は頭がいい。

 この焦った俺の口足らずな説明で粗方理解してくれたようだ。

 俺は指示を出す。


「まずはディラ。お前は魔物を捕らえて実験していただろう。錬金生物を生み出すだとか称してな。その錬金生物とやらは魔物を媒体にしてるんだろ?おそらくだが、その魔物の攻撃は俺に通用する」


「何でそんなこと知ってんだよ。確かに俺は興味本位に低級魔物を捕まえて従順なペットにしたが、お前を殺せるような力は持っていないはずだぞ?低級だからな」


「それでいい。そこでシシリアが研究していた魔法を使うんだ。確か、シシリアは魂を交換する『入れ替わり』と言う古代魔法について研究してたよな?」


「確かにしていたが、何故それを知っている?」


「俺の情報収集能力を舐めるなよ?…話を戻すが、俺が考えた計画はこうだ。ディラの錬金生物と俺の魂を入れ替わりによって交換し、錬金生物となった俺が俺自身を殺す。どう思う?」


 我ながら荒唐無稽な話をしているとは思う。

 しかし、目の前の英雄二人は俺の話を馬鹿にして一蹴するようなことはしない。腐っても、この二人は俺と同じように夢物語を追ってきた結果英雄という称号を手にした狂人なのだ。


「ハハ。悪くないんじゃないか?だけど、お前の体は一生低級魔物のままってことになるぞ?」


「そこは大丈夫だ。ディラ。お前なら後で魔物の形を人型に変えるくらいわけないだろ?それで魔王…親友の魂を葬れるならそれでいい。どうしても俺の手で葬ってやりたいんだ」


 一生低級魔物のまま。

 そう言われると憚られる計画だが、俺はディラの錬金術を信じている。

 いずれ研究の末に俺の姿を人間の形に戻してくれると直感している。


「…良いよ。別に断る理由もない。それで魔王を殺せるならね。それに君という強靭な実験対象を得られるのも有難い」


「面白い。私も自分が研究した魔法を試したくてウズウズしていたからな。丁度良いのだが──」


 すんなりとディラ、シシリア双方の了承を得ることができたが、シシリアが考える素振りを見せながら補足を続ける。


「少しいいか?まだその入れ替わりの魔法はまだ完成しているわけではない。ディラの錬金生物との相性も見たいし、少し時間をくれないか」


「わかった。じゃあ…俺は一度故郷の村に戻って墓参りに行くよ。それも最後に…親友と約束したことだから」

 

 無理な頼みをお願いしたというのに、二人はどちらも自信満々だった。

 本当に頼もしい限りである。


「明日は王都で魔王討伐の凱旋パーティーだぞ?お前は参加しなくて良いのか?」


「いや、良いよ。俺は騒がしいのは苦手だから。それよりも計画・・の準備を頼むよ」


「ああ。ひとまずディラ、私にその錬金生物とやらを貸してくれ」


「わかった。帰りの道中に俺の実験場に寄ろう。そこで君に預けるよ」


 こうして俺たちは魔王の住処だった洞窟を出て、ディラとシシリアは王都に、俺は故郷の村に向かうことにした。

 魔力暴走の影響で魔法が不安定で使えなかったため歩いて向かう羽目になり…俺が故郷の村に着いたのは明け方だった。

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