お父さまは聖女さま

冬野ほたる

お父さまは聖女さま



 まだ夜のとばりの裾が残る、ほの暗い早朝。


 国道を山側へと左折して坂道を登ってゆくと、山の中にひょっこりと姿を現す住宅 

街。

 その端っこの区画の、さらに端に建っている星城せいじょう家。


 星城家の住人か、または住宅街の住人か、なにかの配達か。それ以外では通行する者がないような星城家前の道に設置されている街灯。


 その灯りにひっそりと浮き上がるのは、スーツを着た男のシルエット。


 星城家の玄関先に立つその男は、インターフォンのボタンを押し続けていた。



 星城瑠々るるは、その鳴り止まないインターフォンの音で目が覚めた。


 深夜までの労働に疲れきって帰宅し、いまだぐっすりと夢の中にいる母親。


 そんな母親を気遣って、こんな常識外の時間にインターフォンを連打する不届き者に、思春期真っ只中の瑠々はフライパンを片手にする。


 星城家のインターフォンは半年前から調子が悪く、今は画像が映らない。

 仕方がないので、ドアスコープから恐る恐る外を覗いてみると……。


 そこには数年前、会社からの帰宅途中に忽然と姿を消して失踪した父親の、まさに喜色満面という、笑みを浮かべた顔があった。



 ★



 「はあっ!?」


 瑠々の口からはイラッとした声が発せられた。

 数年振りに姿を現した父親に、思いっきり眉をしかめてみせる。


 「嘘つくんなら、もう少しマシな嘘にしてよね」


 永久凍土、もしくは北極の海氷かいひょうさながらの、とてつもなく冷えた視線を父親に向けた。


 「嘘? パパは嘘なんかついてないよ?」


 「……あのさ。いい歳したオヤジを聖女として召喚する間抜けが、どこの異世界にいるっていうのよ?」


 「今は異世界もジェンダーフリーだしね?」 


 瑠々の父親は心外だというように両手を広げ、首を傾げた。


 「それにしても瑠々は……しばらく会わない間に、なんだかたくましくなったね」


 瑠々の握りしめているフライパンに目を遣り、そして余計なひと言も忘れない。


 娘の怒りを解っていなさそうな、危機感が足りない暢気な態度。瑠々のイライラは止まらなかった。


 ああ……駄目だ。

 本当にふざけんな。この……バカ親父。

 突然失踪してから、ママがどれだけ苦労してわたしを育ててくれたか。わたしだって傷ついた。たくましくならなくちゃやっていけなかった。

 それなのに今さらノコノコと顔を出して、「ただいま! 会いたかったよ!」?

 どの面下げてどの口が言ってんの?

 挙げ句の果てに「突然に聖女として異世界に召喚された」? は?

 ……ぶざけんな。ふざけんな。ふざけんなっ!!


 「出てってよ……! 今さらっ!」


 「瑠々!? パパはやっと帰ってこられたんだよ? なんで追い出そうとするんだ?」


 早朝の玄関での騒がしい押し問答と攻防戦。

 すると瑠々の背後から、ダダダダダっと、ものすごい勢いで階段を駆け降りてくる足音がした。


 「……あなたっ!」

 「華那瑠かなる!」


 「ぶっ……!?」


 ドンっと、背後から突き飛ばされた格好になった瑠々の口から、捻り潰されたエアパッキンのような声がもれる。


 「やっと、やっと、帰ってこられたのね?」


 「そうなんだよ! 会いたかったよ!」


 「どこか怪我はしてない?」


 「このとおり、大丈夫だ!」


 「ああ、本当によかった……!」


 「心配かけたね……」


 「いいえ、あなたが無事にもどってこられたのなら……!」


 「華那瑠……!」


 瑠々の目の前で繰り広げられる、ハイテンションな再会劇と熱い抱擁。

 そのままふたりは見つめあって……。


 親のそれ以上を見せられるのは、思春期真っ只中の瑠々ではなくとも、いろいろな意味でキツい。


 「ちょっと! ちょっと!? ストップ!!」


 寸でのところで止めに入った瑠々。


 一体どういうことなの? と、華那瑠に説明を求める。

 するとあっさりと「ママは昔、賢者だったの。それでね、パパが聖女さま」という、なんとも瑠々にとっては理解し難い答えが返ってきた。


 「はぁ? けんじゃ?」


 「そうよ。賢者」


 「患者、じゃ、なくて?」


 「いやねえ、瑠々ったら。ママは患者じゃなくて、賢者よ。け・ん・じゃ。賢い者って書くほう」


 呆れたように華那瑠が笑う。


 「……」


 「そうだよ。華那瑠は結婚前は、大賢者に一番近いとまで言われた賢者だったんだ!」


 母親を誇らしそうに讃える父親。

 普通ならば、それは仲睦まじい家族の光景……に映るのだろう。


 ……わたし、まだ寝惚けてんのかな?

 異世界? 聖女?(しかもこんなおっさん) 賢者? ふたり揃って、なに言ってんの?

 ゲームのやりすぎなの? ライトノベルの読みすぎなの? それとも中二病のヒドイやつ!?


 そんな瑠々の思いをよそに、キラキラとした純粋な瞳で瑠々を見つめる母親と父親。


 ……え? マジで言ってんのかな? ……大丈夫?

 ……なんか怒りを通り越して、心配になってきた。


 瑠々が不安に襲われて様子をうかがう先で、華那瑠と父親はお互いに、ここ数年間の報告を始めた。昔懐かしい思い出話までもに、花を咲かせようとしている。


 「……そうそう、ルルランが華那瑠と瑠々によろしくって言ってたぞ」


 「まあ、ルルランが? 懐かしいわね……。あのコは元気?」


 「ああ、妖精だからな。姿もほとんど変わってなかったよ」


 「そう。それならきっと、今でもかわいらしいのでしょうね」


 「うちの瑠々には敵わないけどな」


 そう言って、またもや瑠々を見つめて生温かく微笑む両親。 


 いや、だから、内容が内容だけに……。

 いよいよもって、大丈夫!?


 もし大丈夫じゃなかったら。まずはおじいちゃんたちに電話をして、どうするか判断を仰ごう。と、心に決めた瑠々。


 「あの? なんの話ししてんの……?」


 すっかり毒気も抜かれてしまい、おっかなびっくり怪訝そうに尋ねる。


 「あのね、瑠々の名前をもらった妖精さんのことよ。小さいのにとても元気で明るくて。かわいいし、おまけにとても優秀な癒者ヒーラーなの」


 「ルルラン瑠々に会いたがってたぞ」


 ……。って、なに? 。って。

 わたし、べつに会いたくないんだけど……。


 「ところで、向こうの世界の瘴気は抑えられたの?」


 華那瑠の表情が一転して曇る。


 「いや、それが……基準値は下回ったけど、まだ不安定な状況なんだ。だけどこれ以上は引き留められないからって、帰ることを了承してくれた」


 「そう……。あなたが還ってきてくれたのは嬉しいけど……。心配ね」


 「そうなんだ。もしかすると、近いうちにまた……召喚よばれるかもしれないな」


 「そんな……」


 「だけど、放ってはおけないだろう?」


 「そうね……」


 なにがなんだかよく解らない会話だが、とんでもなくお人好しな内容であることは、瑠々にも推測できた。


 いやいやいや、召喚よばれるって。言ってることが本当なら、それって拉致じゃん。と言いたげな瑠々の表情かお


 「あなたが召喚よばれるのなら……今度はわたしもついていきます」


 「華那瑠……」


 「あなた……」


 「はいっ! ストップ! ストップ!!」


 瑠々が焦ったようにふたりを止めると、やおら華那瑠は真剣な表情で瑠々の手をとり、固く握る。


 「そうなったら瑠々も一緒に行きましょう」


 「瑠々をひとりでこちらに残すのは心配だからな」


 ええぇぇ?

 おじいちゃん! ちょっと、助けて! この設定、どうしたらいいのっ!? 


 「……あ」

 「ん?」

 「え?」


 三人の頭上に突如として、ふわりと注がれたのは、やわらかく淡い光。

 天井を見上げて、三者三様に間抜けな声をもらす。


 光……夜明け? 太陽が昇った? 


 玄関脇の明かり取りの窓には白いレースのカーテンが掛けられている。しかし、そのレースから透けた窓の向こうはまだ灰昏い。


 え……? なに、これ?


 天井からゆっくりと、ふわりふわり、大粒の雪のような淡い金色の光が舞い降りてくる。

 瑠々のパジャマ代わりのジャージの長袖の上に、ズボンの表面に、落ちた光はくっついて溜まってゆく。

 雪と違うのは、溶けてなくならないことだった。


 「……今度は、瑠々の番なのね」


 そう言って少し寂しそうに微笑んだ華那瑠は、握りしめていた瑠々の手をもう一度しっかりと握り、そして、放した。


 「瑠々……ルルランはきっとお前を導いてくれる。……がんばるんだぞ」


 「しっかりね……瑠々、あなたならやれるわ」


 泣き笑いの表情かおの父親と華那瑠。

 金色の光は徐々に瑠々の全身を包んでゆく。


 ……は?

 なんのことですか?


 一体なんの話をしていて、この光はなんなのか?

 この異常な状況に慌てもせず、意味不明なことを口走る両親なら、なにかを知っているのだろうと、瑠々は口を開いた。


 「ママ、これって……」


 そのときに――


 瑠々のジャージに溜まっていた金色の淡い光は、一斉に強烈な白い光を発した。

 音もない静かな閃光。

 それは、超新星爆発のごとくに星城家の玄関を輝かせた。


 数秒後に。


 白い光の痕跡が消え去ったあと。

 玄関には、父親と華那留のふたりの姿だけが残った。


 「行ってしまったわね」


 ぽつりと寂しそうに呟く華那瑠。


 「……そうだな。……でも、聖女と賢者の娘だ。きっと、うまくやり遂げて還ってきてくれるさ」


 「ええ、そうね……」


 微笑んで華那瑠は涙をぬぐう。

 それから、なにかを思い出したかのように、はっと顔を上げた。


 「あなた、八時過ぎに高校に電話をかけるのを覚えていて」


 「電話? どうして?」


 「瑠々の休学の連絡をしなくっちゃ」


 「そうか。……でも……休学の理由……どうする?」


 華那瑠はにっこりと微笑んだ。


 「それなら大丈夫よ。心配ないわ。瑠々の担任の先生ってね、元・魔王様なのよ」










 

 ★蛇足の設定


  瑠々の父親。

  本文中には登場しなかった父親の名前ですが、「星城聖良」(せいじょうあきら)です。向こうの世界では、「セーラ」と呼ばれていました。


  担任の先生。 

 三者面談の折り。瑠々が部活のために少し遅れて教室に来るまでに、華那瑠と先生で交わされた会話から発覚。


 「星城さんは、まだ部活のようですね。……では先にこの志望校の書類を……」

 担任は机の上に書類を置いた。

 「……その、見覚えのある手の甲の稲妻型の傷……! あなたはまさか、勇者ソロモンに追放された魔王、ヤマダ!?」

 「な、なぜそれを……!? それを知っているとは、あなたは、あのパーティーにいた……!?」

 「……」

 「……」

 「……賢者のカナルです」

 「あ、すいません、お名前をど忘れしてしまいまして……」

 

 なんていう会話がされたとか、されていないとか。



                                【おしまい】

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お父さまは聖女さま 冬野ほたる @hotaru-winter

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