第四章 旧校舎

杜と社とお堂と――

 

 わしゃ、嘘は好きじゃないんじゃがのう。


 老人は前を歩いて行く明路の背を見ながら溜息をつく。


 なんかこの嬢ちゃんには言いづらいのう。


 さっき、明路には何も見えないと言ったが、それは嘘だった。


 まだ余韻があるのか、見えとるわい、と老人は思う。


 保健室の戸口のところで、いきなり着物姿の男女の間に立たされた。


 あっという間に彼らが明路を取り巻いていたからだ。


 ありゃ、なんじゃ?


 うつろな眼をした彼らはただ、明路だけを見つめていた。


 あのあと、明路には見えなくなったようだが、老人の眼にはまだ見えていた。


 彼らは明路の腕や脚におのが手を絡めようと必死に縋りついていた。


 明路はそれに気づかぬようにその霊たちを振り落として歩く。


 今、最後の男が明路の足首を掴んでいるが、その手も、もう離れようとしていた。


 自分などはそれを踏まないでいるのがやっとだ。


 何者じゃ、この嬢ちゃん。


 いぶかしむこちらには気づかぬように、明路は昇降口へと向かう。


「おじいさんがお堂に参ってらっしゃったころは、まだ旧校舎だったんですよね?


 私、旧校舎は行ったことがなくて。


 なにせ、木立の向こうに隠れてますからね」


「あれは杜じゃ」


「モリ?」


「神様を祀っている『杜』じゃ。

 あの辺りに、お堂もあるはずじゃ」


「お堂ですか。

 神様を祀るやしろじゃなくて?」


「社もあったが、なんだかあそこは怖くての」


 校舎の裏に出た明路は、木々の向こうに頭を覗けている旧校舎を見上げている。


「……なんか出そうですよねえ」

ともらす彼女に、


 いや、既にいろいろ出とるわい。

 わしを含めて。

と老人は思っていた。

 



 ブナの多い木立を歩きながら、明路は木々の隙間から覗くものをいろいろと窺っていた。


 あっちが校舎か。


 お堂は何処だ?


 社も見えないな。


 そういえば、古びた社があった気もするのだが、なんだか思い出せない。


「嬢ちゃん」

と話しかけられ、足を止める。


 ご老体が何を言いたいのかわかる気がした。


「えーと。

 ぐるぐる回ってますよね?」


 さっき、目の前に校舎が見えていた。

 一瞬、見えなくなったと思ったら、今度は背後に校舎がある。


 ずっとそれを繰り返している気がする。


「な、なんで行けないんでしょう? 旧校舎」


「お堂も旧校舎寄りにあるからかのう。

 辿り着けんのは」


 やばい。

 こんなことしてる間に由佳が来る、と思ったときには、もう目の前に現れていた。


「出たーっ!」

と老人とともに手を取り合うように叫ぶ。


 林の向こうの新校舎を背に、両の腕を組み、こちらを見下ろす由佳は、老人に、


「……出てんのはあんただろう」

と言っていた。






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