魔女の遺産

@akabntn

第1話

男女が二人、廃墟に佇んでいた。

「始めるわよ。早くしないと、『彼』がきちゃうわ。」刀に銃を持った女は、そういいながら男に目をやった。

「これを置いていくだけだ。すぐ終わるだろう。」無口で包帯だらけの男が不愛想に言った。

男は抱えていた袋を地面に置いた。その口を開けると、中から少女が現れた。

少女の意識はなく、その体に力は入っていない。女は無造作に伸びた彼女の赤色の髪をもてあそんでいる。

女は少女に向かって、手をかざし、なにごとかを唱えた。「終わったわ。」と、女が振り向くと、男が腰の刀に手をかけているのが見えた。

「もう来たの?」

「いや、野生の魔性だ。切り捨てる。」男が殺意のこもった眼で廃墟の外に集まってきた魔獣たちをじっと見据えている。おそらく、女が少女に籠めた魔力に反応したのだろう。

「私がやるわ。あなたは温存しておいて。」女がそう言い、廃墟の外に集まっている魔獣に向かって発砲した。女が魔力を籠めた銃弾が炸裂し、辺りは霧に包まれた。魔獣たちは混乱しながら、その霧を吸い込むや否や深い眠りについていった。

「帰るわよ。」女がそういって進もうとしたが、男はそれを制止して鋭い目で言った。「まだだ。」

瞬間、廃墟の天井が抜け、上から黒髪の男が落下しながら彼らに接近し、斬りかかってきた。『彼』のお出ましである。男がそれを同じく包帯でぐるぐる巻きにされた刀で受け、返す刃で斬りあいを始めた。

「お早い到着ね。零番隊さん。ずいぶん熱烈な歓迎だけれど、私たち帰らないといけないの。」女がそう言っている最中でも、男たちは全力で殺し合っている。

刀の打ち合いに距離をとった、「零番隊」と呼ばれた男は倒れた少女に目をやりながら、何も言うことはなく刀をもう一度構えた。対する男もこの死合を全身全霊で楽しんでいるようで、獣のような餓えた視線を向けている。

殺し合いの2ラウンド目が始まるかと思われたその時、大きな拍手の音が廃墟に響き渡った。女の拍手である。

『帰るわよ。』それを聞いた途端、包帯の男は無言ながら不満そうに納刀し、彼女によって作られた魔力の門をくぐって消えた。「零番隊」の男が女の腕をつかもうとした途端、その門は閉じられ、彼らは逃げていった。


夕暮れの廃墟に残されたのは、「零番隊と呼ばれた男」と「赤髪の倒れた少女」だけであった。


しばらく時間がたったのち、少女は目を覚ます。そこには男が座っていて、彼女の目覚めを待っていた。

「…起きたか。」男はそういいながら、彼女に水を手渡した。水を口に運びながら、少女は意識を失う前のことを思い出そうとしていた。


・・・何も思い出せない。

いや、正確には意識を失う前がそもそもなかったような気さえする。まるでこの瞬間にこの世に生まれたかのような感覚を覚えながら、彼女は男の質問に答えていく。

「意識は」「…大丈夫」「名前は」「渚(ナギサ)。」「ここに連れてこられる前のことは」「………」「そうか。」

男は立ち上がりながら、少女、渚に手を差し伸べた。渚は差し伸べられた手をつかみ、同じように立ち上がりながら訪ねた。「あなたは?」

「レイ」男はそう名乗り、似たような事件を解決する仕事をしており、渚を保護する義務があること、そして可能であれば渚も訓練を積み、彼、レイと同じ組織で自分と同じような立場の人間を助ける気はないか、と話した。

渚には、命の恩人である彼の提案を断ったところで行く当てもないため、二つ返事で承諾したのだが、一つだけ記憶と呼べるものが残っており、彼についていけばそれについて知れる、すなわち自分が何者かを知る近道ではないかと感じてもいた。その記憶とは、つい先ほどまでの女が朦朧としていた渚に囁いていたことだった。


「いずれ会いましょう、雷神の姫、魔女の遺産。」

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