第37話 一人で

 昨日に続いて、俺はぐっすりと眠ることができた。

 白雪も昨日よりは眠れたようで、家で一緒に簡単な朝食をとってから身支度を整える。


 白雪は持ち込んだボストンバッグの中から制服と学校指定の鞄を取り出して着替えていた。


 そうして用意ができて家を出る。


「鍵、閉めた?」


 一足先にエレベーターのボタンを押しに行った白雪が訊ねてきた。


「もちろん。まあ最悪閉めてなくてもエントランスにオートロックがあるから、住人の人が間違えて入らない限りは大丈夫だけどね」


「ダメだよ、不用心は。前にも私に鍵をポストへ入れさせようとしてたけど」


「……まあ気をつけるよ」


 なんだか不思議な会話だ。

 朝学校に行くとき、当たり前のように白雪が隣にいて、鍵の開け閉めのやり取りをする。


 ……むず痒いし、それ以上にどこか落ち着く。


「あ、来たみたい」


 白雪の声に顔を上げる。

 彼女の言葉通り、エレベーターのかごがちょうど止まった。


 エレベーター内にはすでに先客がいた。

 おばあさんに会釈をしながら乗り込む。


 そうして一階で降りてマンションのエントランスを出ると、白雪が悪戯っぽく囁いてきた。


「ね、今の私たちどう見えてるんだろ?」


「どうって……、姉弟とか?」


「むぅ……」


 ふくれっ面になる白雪。

 俺は彼女の言わんとしていることをわかった上で、あえてはぐらかしていた。


(カップルみたいなんて、言えるわけないだろ……)


 あるいは、昨日までなら軽口の延長で言えたかも知れなかった。

 だけど今の俺は白雪と付き合いたいと、そう思っていた。


「……どうかした?」


「っ、いや……」


 いつも通る通学路を歩きながら、白雪が覗き込んでくる。

 俺はその目から逃げるように顔を背けた。




 ◆ ◆ ◆




 学校に着いた俺たちは、そのまま教室へ入る。

 案の定というか、クラスメートたちの疑惑の目が突き刺さってきた。


 まあただ教室で話すのと朝一緒に登校してくるのとじゃ、見え方も数段違うだろう。


 そのまま俺たちは分かれてそれぞれ自分の席へと向かう。

 だがその時、俺は視界に端に蓮を見つけた。


「おはよう」


「よぉ」


 俺が話しかけると、蓮は無愛想に、だけど何やら楽しげに挨拶を返してくる。


「昨日のことについて聞きたいんだけど」


「昨日のことぉ?」


 とぼけた態度に少しむかつきながら俺は周囲を窺う。

 俺と蓮が話していることに驚く目はちらほらあったがそれでも教室内の雑踏で俺たちの会話が丸聞こえになるとは思わなかった。


「……白雪になんで俺のこと話したんだ?」


「ああそのことか。……むかついたから嫌がらせした。それだけだ」


「嫌がらせ?」


 俺が繰り返すと、蓮はにやりと口角を上げた。


「ああ。俺のけつを叩いたくせに、当の本人がその場でもじもじしてるなんてくだらねえだろ? だから巻き込んでやろうと思ったのさ」


「別に俺はもじもじなんて――」


「してるだろ。ライクだのラブだのうじうじ考えてる時点でそいつは少なくとも他の奴らより特別・・だってのによ」


「――!」


 蓮の言葉が俺の胸に突き刺さる。


 言葉を失う俺を、蓮はすべてを見透かしたような目で見てくる。


 俺が言葉を探して何か返そうとしたその時だった。


「あれ? 珍しい取り合わせじゃねえの」


「ほんとほんと。この間怒られたばっかなんだし派手なことしちゃダメだぜ」


 いつも蓮と絡んでいる小柳と赤城が物珍しいものでも見るように割って入ってきた。


 蓮は俺から視線を切ると二人へ笑い返す。


「ばっかちげぇよ。虐めてたわけじゃねえ。こいつとダチになったんだよ」


「え?!」


「まじで?!」


 小柳と赤城の反応にクラスメートたちが一斉にこちらを向いた。


 ……なんか改めて宣言されると恥ずかしいな。


「おいなに照れてんだよ、堂々としてろよ」


「っ、わかってるって。蓮こそ脇を小突いてくるなって」


「なんだよダチなんだろ?」


「友だちがするなって言ってることやり続けるタイプなんだな?!」


 なおも脇腹を小突くのをやめない蓮に突っ込みを入れる。

 そんな俺たちのやり取りを小柳と赤城は呆気にとられた様子で眺め、そして。


「おいおい、もしかして神原って意外と話しやすい?」


「いつも寝てる陰気くせぇやつだって思ってたけどよ。友だちの友だちは友だちだし、俺らも友だちだよな」


 そう言って、肩を組み合ってきた。


 ……距離感の詰め方に戸惑いながらも、俺もまた肩を組み返す。


 クラスメートたちの俺を見る目が変わるのを、なんとなく肌で感じていた。




 ◆ ◆ ◆




 その日は白雪が家に来れないことになった。

 何度も申し訳なさそうに謝られたが、いつも世話になっているのはこちらの方なので気にしないで欲しい。


 かくして一人で下校した俺は、風呂に入り、夕食をとる。


 今日は寝れないが、二日間連続で寝だめした分、一日ぐらいはどうってことないだろう。

 それでも体を休める努力は怠らないようにする。


 夕食後からスマホを触るのはやめて、ストレッチをこなす。

 精油をアロマストーンに垂らしてから、いつものようにベッドに入った。


「……なんか、広く感じるな」


 ついベッドの端に寄ってしまったが、今日は白雪がいない。

 堂々と真ん中に横になる。


 頭の中ではここ数日の出来事がぐるぐると回っている。


「……俺って、白雪に告白するべき、だよな」


 ふと思う。

 白雪からの気持ちを知って、俺は一度彼女との距離を測りかねた。

 そうして新たに友だちという関係性に収まったが、今の俺は彼女の告白を保留している形になるんだろうか。


「いやでもあれは告白じゃないし……」


 そう思う自分を、蓮の言葉が遮る。


 ――ライクだのラブだのうじうじ考えてる時点でそいつは少なくとも他の奴らより特別だってのによ。


 特別。そう、間違いなく白雪は俺にとって特別だ。

 特別な関係になりたいとも、思っている。


 なら、逃げることなく告白するべきなんじゃないか。

 彼女が想いを伝えてくれたように、俺も素直な自分の気持ちを伝える。


 そうするべきだと、思う。


「――――」


 ぼんやりと考えながら目を瞑る。

 どうせ眠れないんだ。

 白雪とこれからどうするか。自分のこの気持ちにどう向き合うか。

 考える時間はたっぷりある。


 そう、思っていた。





「……え?」




 意識の空白が繋がる。

 俺はゆっくりと目を覚ました・・・・・・・・・・・

 時計を見れば、すでに5時になっている。


「……っ、俺、一人で寝てたのか……?」

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