第35話 三人目

 昼休みも終わり間際。

 教室に戻ると、タイミングを見計らったように白雪からニャインが飛んできた。


『さーちゃんのこと呼び出したんだって?』


 メッセージを見てから白雪の方を見ると、彼女は早乙女を含む数人に囲まれる中、こちらをむすぅと睨んでいた。


 なんで白雪が知ってるんだ?

 不思議に思うが、一瞬でその理由を悟る。


 白雪の正面に座る早乙女がこちらをにししと笑いながら見つめていた。


『何話してたの?』


 次いで、またメッセージが飛んでくる。

 そこは話していないのか。

 ……まあ話されても困るけど。


 まさか早乙女に恋愛相談をしていた、なんて言うのは気が引ける。というか恥ずかしい。

 何よりそれを聞いた白雪がどう思うか不安が残る。


 返答に悩んでいると、一団から抜けた早乙女がこちらへ歩み寄ってくる。


「お悩み?」


「……なんのつもりなんだ」


 意地悪な笑顔と共に早乙女が話しかけてくる。

 その瞬間、やはりというかなんというか、クラスの関心が向くのもわかった。


「やー、意趣返しっていうか、フリー宣言させられた仕返し、みたいな?」


「仮にも友だち相手にやることかよ」


「友だちだからこそっしょ。こういうのは悪ノリみたいなものだし」


「悪ノリって自覚してるならやめてくれ……」


 これが友だちの距離感ってやつなのか……?


 俺が辟易していると、俺たちの間に人影が割って入ってきた。


「何話してるの?」


 白雪だった。

 二人に抜けられた一団がぽかんとこちらを見ている。

 いや、彼女たちだけじゃない。

 早乙女と白雪に囲まれている俺を、たぶん教室にいる誰もが気にしていた。


「別に大した話じゃないって。ね、神原」


 どの口が、と内心で毒づきつつ俺も応対する。


「早乙女の言うとおりだ」


「……早乙女?」


 白雪の目が鋭くなる。というかなんかちょっと怖い。

 隣を見れば早乙女も一歩後ずさっていた。


「あー……なんだ、早乙女とは友だちになってさ。白雪と同じだよ。さっき早乙女を呼び出したのはそれと似た話をしてて」


 嘘ではない。


 俺がそう説明すると、白雪はパッと表情を明るくした。


「え、そうなの?! うれし~っ」


 まるで吹雪の後の晴天。

 白雪は心の底から嬉しそうに早乙女と俺を交互に見て飛び跳ねる。


 ふと、鋭い視線を感じた。

 それとなく視線を追うと、そこには飯田の姿がある。


 彼は険しい表情で俺たちを見ていた。




 ◆ ◆ ◆




 五時間目の体育の授業は例の如く体育祭の練習。

 ただし大縄跳びはそこそこに、個人種目の練習が行われる。


 といっても100m走や借り物競走などはぶっつけ本番で、玉入れや騎馬戦、二人三脚の予行練習が主になっている。


 借り物競走にエントリーしている俺は、皆が練習するのを壁際に体育座りをして眺めていた。


 そんな俺に近付いてくる影がある。


「おい」


 飯田だ。

 朝の殊勝な態度はどこへやら、その高圧的な態度には既視感を覚えた。


 とはいえ、あの時みたいなことをされる心配はしていない。

 朝のあの謝罪は、嘘偽りのない本心であると信じている。


「練習はいいのか?」


「俺は100m走だよ。小柳と赤城は騎馬戦だがな」


 そう言って、飯田はドカッと俺の隣に腰を下ろす。


「なあ、お前と白雪は本当に付き合ってねえんだな?」


「またそれか。…………っ」


 呆れながら「本当だよ」と返そうとして、言葉に詰まった。

 そんな俺に飯田の視線が刺さる。


「っ、今はまだ付き合ってない」


「……そうか」


「どうしてまた確かめに来たんだ?」


 自分の中の違和感をスルーしつつ訊ねる。

 すると飯田は俺から視線を切り、体育館の反対側を向いた。


 そこには白雪の姿がある。


「俺、あいつに告白しようと思ってよ」


「んぐっ?!」


 空気がのど元に詰まって変な声が出る。


「と、突然なんだよ。ていうか俺に話してよかったのか?」


「今さらだろ。……お前に謝った後も色々と考えたんだ。神原が俺に言った『身の程を弁えた方がいい』って言葉」


「いやそれはあの場のノリでつい言っただけで……というかそれに関しては悪いと思って」


「ちげぇよ、そういう意味じゃねえ。……お前のあの言葉を、俺は確かにその通りだと思った。告白もなにもせずに、勝手にあいつの男を気取ってよ。……だせえよな」


 吐き出すような声音で飯田は話した。

 それから吹っ切れたように天井を見上げる。


「だからもうやめにしようと思ってよ。告ってフラれてそれで終わりだ。その方がいいだろ?」


「フラれるの前提かよ……」


「だって白雪が好きなのはお前だろ? 神原」


「――っ」


 まるで世間話でもするかのようなノリで、飯田はぶっ込んできた。

 俺はすぐに気の利いた返しができず、視線を彷徨わせる。


 そんな俺を見て、飯田はふっと笑った。


「まあ何にしても、殴ったお前には話しておこうと思ってな。流石に彼氏持ちに告る真似はしたくねえから確認しに来ただけだ。んじゃな」


 そう言って、飯田は立ち上がる。


 今日まで、飯田の存在は俺からずっと遠くにあった。

 クラスのよくわからない、ちょっと怖いやつ。

 だけどこうして話してみると、俺と何ら変わらない人間のように感じられた。


「あ、あのさ」


「あん?」


 俺は立ち上がった飯田をほとんど無意識のうちに呼び止めていた。

 呼び止めてから、俺はその理由を探す。


 早乙女との一件があったからか、それとも白雪のお陰なのか、その両方か。

 俺はいつになく、人間関係に前向きだった。


 そして、飯田とももっと関わりたいと、柄にもなく思っている自分に気が付く。


「……ある人によれば、恋愛相談する相手は友だちらしいんだ」


「恋愛相談? ばっか、俺はそんなつもりで話したわけじゃ――」


「まあそれは方便としてさ、俺と友だちになってくれないか? 俺、飯田ともっと話したいっていうか……もっと知りたいっていうか」


「…………お前、自分を殴った相手によくそんなこと言えるな」


「それを言うなら殴った相手によくそう返せるね」


 その言葉を最後に、俺たちは見つめ合う。

 それからどちらからともなく笑い飛ばしていた。


「陰気くせえやつだと思ってたが、お前以外とおもれぇな。いいぜ、俺がフラれるのを友人として見とけよ」


「そんなつもりじゃないけど……じゃあまあ、よろしく。ええと……」


れんだ」


「え?」


「そう呼べよ。伊月」


「――! わかった、蓮」


 そう言って、俺たちはどちらからともなく握手を交わしていた。

 俺よりもでかい手を握り返しながら、我ながらよくわからないことになったなと思う。

 だが、清々しい気持ちでもあった。


 視界の端に、こちらを向く白雪の姿が映る。

 彼女は遠目からでもわかるほどに嬉しそうに笑っていた。


「……ところでさ。蓮って恋愛相談とか受け付けてたりする?」


「あん?」


 蓮の手の力が強まった。

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