第34話 二人目
白雪に対して抱いている気持ちについて答えを出す。
そう決めてからというもの、俺は一時間目から四時間目までの授業にまったく集中できずにいた。
数年ぶりに人並み以上に寝れたこの日、俺の集中力はいつもの比でなかったと自負しているが、その集中力が白雪とのことに費やされる。
にも関わらず、結局結論は出ない。
というか考えれば考えるほど訳がわからなくなってきた。
(世のカップルはどういう経緯で付き合ってるんだ……?)
今まで特に意識したことはなかったが、猛烈に不思議に思ってきた。
どういう形で相手への好意を自覚したのか。
そもそもラブはライクとどう違うのか。
袋小路に追い詰められた気分だ。
昼休みになってクラスメートたちが思い思いに動き回る中、俺は自席に突っ伏す。
自分で考えても埒が明かないような気がしてきた。
悩みに悩み抜くとは決めたものの、答えが出なければ意味がない。
腕の隙間からなんとなく白雪たちを眺める。
白雪は早乙女さんたちと共にテーブルを囲み始めていた。
(……待てよ)
ふと、思いついた。
自分で考えても答えが出ないなら、他人に相談すればいいのでは――と。
思い立ったが吉日。
俺は早速スマホを取り出して、数少ない連絡先から早乙女さんのトーク画面を開く。
そうして、『相談したいことがあるんですが、昼ご飯を食べ終わった後にでも付き合ってくれませんか』と丁重な文面を送る。
「――!」
バッと、スマホを確認した早乙女さんがこちらを見る。
そうしてジーッと俺を睨むと、白雪たちに何事か断りを入れてからこちらに近付いてきた。
「…………」
くいっと、顎で廊下を示しながらそのまま教室を出て行く。
ついてこい、ということだろうか。
俺も席を立って廊下に出ると、早乙女さんはそこで待っていた。
俺が出てきたのを確認するかのようにまた歩き出す。
昼休みの廊下は人で溢れている。
その間を縫うようにして進み、やがて早乙女さんは人気のない空き教室へと入っていった。
後に続いて入るやいなや、
「で? 相談したいことってなに?」
と開口一番切り出される。
「昼ご飯食べてからでも」
「あたし、後回しにするの苦手なんだよね。ご飯食べるなら何も気にせず美味しく食べたいし」
「そ、そっか。悪い、変なタイミングで連絡して」
「ほんとよ」
はぁとため息を零す早乙女さんは、ジッとこちらを睨み付けてくる。
早く話せ、ということなんだろう。
俺はごくりと息を呑んでから口を開く。
「――俺って、白雪のこと好きなのかな?」
「……………………は?」
「もちろん俺は白雪のこと、好きだ。だけど白雪が俺に向けてくる、ラブの意味での好きなのかどうかがわからないんだ」
「……………………………」
「早乙女さんは俺たちのこと知ってるから話すけど、今日、白雪のおかげでぐっすり眠れたんだ。頭を撫でて貰わなくても、傍にいてくれただけで」
添い寝のことは恥ずかしいので伏せる。
「白雪といると、安心できるっていうか落ち着くっていうか。……それで思ったんだよ。これって恋なのか? って」
「……………………………」
「でも一人で考えても答えが出なくてさ。だから早乙女さんに相談したくて――、……早乙女さん?」
なぜか早乙女さんは顔を引きつらせていた。
「なんなん? 惚気? そんなくだらない話ならあたし戻るけど」
「ち、違うって! 俺は真剣だ」
教室を出ようとする早乙女さんを制して真っ直ぐに顔を見る。
そんな俺の視線を受けて、早乙女さんは深くため息を零した。
「……あのさぁ、そういうのはもっと恋愛経験豊富なやつか色恋沙汰が好きなやつに聞けば? なんであたしなん?」
「そりゃあ早乙女さんは俺たちのことを知ってるし、……クラスで連絡先持ってるの、白雪と早乙女さんだけだし。何より早乙女さん、恋愛経験豊富そうだし」
「あたしは無理だって」
「え?」
「……だってあたし、付き合ったことないし」
この場の時間が停まる。
早乙女さんは顔を赤くして明後日の方向を向いた。
「…………その、ごめん。早乙女さんっていい人だから、そういうのに慣れてるかと」
「なんなん、あんた。もしかして恋愛相談にかこつけてあたしを口説いてる?」
「ち、ちが」
「わかってるって。そんな焦んないでよ。こっちが恥ずかしくなるわ」
なんとも言えない空気感に戸惑う。
「まあでもさあ、そういう話ならあたしに訊くよりもうってつけの相手がいるじゃん?」
「うってつけの相手?」
「現在絶賛恋愛中で、ライクとラブの違いを知っていて、あんたと姫の事情を誰よりもよく知っていて、あんたが連絡先を持っている相手」
「……もしかして、白雪?」
「そっ。姫に訊いたらいいじゃん」
早乙女さんは軽い調子で言うが、俺にとってはまさに青天の霹靂。
その発想はなかった、とはこのことだ。
(確かに白雪なら……)
諸々の条件はクリアだし、相談相手としてはうってつけかも知れない。
「っ、いっつ」
うんうんと考え始めた俺の額に突然軽い痛みが走る。
顔を上げると早乙女さんの指がすぐ目の前にあった。
どうやらデコピンされたらしい。
「解決したならあたし、戻るけど」
「ああ、ありがとう。本当に助かった」
手のひらをヒラヒラと振って立ち去る早乙女さん。
が、教室の引き戸に手をかけて足を止めた。
「そうだ、ずっと気になってたんだけどさ」
「うん?」
「いつまであたしのことさん付けで呼ぶわけ?」
「え?」
「姫のこと、呼び捨てになったでしょ? 友だちだからって」
白雪から聞いたんだろう。
俺はこくりと頷き返す。
「ならあたしも呼び捨てにしなって。あたしだけ神原のこと呼び捨てなのも変じゃん? それともなに?」
そう言って一度区切ると、早乙女さんはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「恋愛相談する相手が友だちじゃないって言うわけ?」
それは清々しいぐらいに正論だった。
「……ありがとう、早乙女。助かったよ」
「はいはい。んじゃね、神原。姫をよろしく~」
今度こそ立ち去った早乙女の背中を眺めつつ、俺はふと思った。
白雪の時と違い、俺は早乙女を呼び捨てにするときに抵抗感というか、ハードルの高さのようなものを感じなかった。
この違いって、なんなんだ。
一難去ってまた一難、ならぬ一問去ってまた一問。
俺は新たに浮上した難題を前に、またしばらく思い悩むこととなった。
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