第29話 プロポーズ……?

「失礼しました」


 担任の先生から呼び出しを受け、飯田に関する話を終えた俺は、職員室を後にする。

 カバンは持っていたのでそのまま一階の昇降口へ降りていくと、昇降口近くの掲示板に白雪の姿があった。


 彼女は掲示板を見上げている。

 近くに他の人の姿はない。


「何してるんだ?」


 このまま通り過ぎるのもなんなので声をかけると、白雪はこちらを向いて何気なく答える。


「待ってた」


「俺を?」


「うん」


 待ち合わせの約束はしていないはずだが。

 そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、白雪は前屈みに覗き込んでくる。


「だってこの後、神原くんの家に行くでしょ? なら一緒に行こうよ」


「……てっきり今日のその話はなくなったと思ってた」


「どうして?」


「いやだって、四時間目にあんなことがあったから、さ……」


 言いながら、あのときのことが蘇る。

 それは白雪も同じだったのか、顔を真っ赤にしていた。

 たぶん俺もそうなっている。


 なんだかお互いの顔を直視できなくて、どちらからともなく視線を下に下げた。


「べ、別に神原くんと喧嘩したわけじゃないんだし、予定を取りやめる理由はないでしょ?」


「いやそうだけど、気まずいっていうか……」


「もう! 神原くんがうじうじしているから恥ずかしい思いを我慢して伝えたのにっ。それならもう私帰るよ」


「わ、悪い。……いや、嬉しかったよ」


「最初から素直にそう言ってればいいのに」


 白雪は頬を膨らませると、ぷいと顔を背ける。

 それからゆっくりとこちらを向くと、にこりと笑った。


「それじゃあ帰ろっか。神原くんのおうちに」


「そうだな」


 歩き出しながら、俺はふと気付いてしまった。


 白雪が俺の家に帰ろうと、そう言ったことを。


「ん、どうかした?」


「いや、なんでも」


 このことは俺の胸の内に仕舞っておこう。

 口にしたら、またあの気まずい時間が流れてしまう。






「ところで神原くん、何やらかしたの?」


 学校裏の坂道を下って帰路についている最中。

 白雪が訊ねてきた。


「やらかした?」


「だって、先生に呼び出されてたでしょ? 珍しいなぁって」


「別にやらかしたわけじゃ……いや、やらかしたといえばやらかしたか」


 俺は少し悩みつつ、彼女も当事者の一人ではあるかと思い直して職員室での話を伝えることにした。


 やはりというかなんというか。

 一連の話を聞いた白雪は驚いている様子だった。


「あれだけ俺に言っておいて、なんで飯田は先生に話したんだろうな。俺が話すとでも思ったのかな」


 というかそれぐらいしか思いつかない。

 俺は本当に話すつもりはなかったので、ちょっと心外だ。

 あの校舎裏での俺の謝罪の言葉を信じて貰えなかったってことだからな。


 俺がぼやくと、不意に白雪がくすりと笑った。


 顔を向けると彼女は俺の方をどこか嬉しそうに見上げている。


「どうかしたか?」


「ううん。ただ、飯田くんの気持ちがわかって」


「飯田の?」


 訊ね返すと、白雪は小さく頷いて視線を前に戻す。

 そうしてぽつりと呟いた。


「たぶん、悔しくなったんじゃないかな」


「悔しい?」


「そう。自分が悪いと思ったことを素直に謝る神原くんと自分を比べて。だから飯田くんも素直に先生に話すことを選んだ。だから今回のことは神原くんの優しいところが生み出した結果なんだと思うよ?」


 そう話す白雪の声はやはり嬉しそうだ。


 飯田が悔しく感じた、か。

 いまいち想像できないが、そうならいいと思った。

 それと同時に一つの思いがわき上がる。


「もしそうだとしたら、俺というよりも白雪のお陰だな」


「私の?」


「ああ。白雪が俺のことを信じてくれたから、俺もあのとき飯田に素直に謝ることができたんだ」


 そう言いながら俺は足を止めた。

 遅れて白雪も立ち止まり、振り返ってくる。


 きょとんとした表情の白雪に、俺は自分の気持ちを素直に語る。


「俺、いまだに白雪が言うような優しい人間だっていう自信は正直ない。だけど、白雪が好きでいてくれる人間にはなりたいと思ってる」


「――――っ」


「ありがとうな、白雪。お前のお陰で俺は飯田に謝ることができた」


 たぶん、今の俺はここ数年で一番素直な笑顔を浮かべられていたと思う。


 そんな俺を白雪は呆然と見上げる。

 右手から夕日が差し込んでいる。

 坂道の下側に立っている白雪との身長差はいつもよりも顕著で、結果的に上目遣いになっていた。


 そんな中、白雪は夕日みたいに顔を染め上げると、まるで逃げるように俺に背を向ける。


「ぁ、~~~~っ」


「白雪?」


 突然のことに戸惑いつつ歩み寄る。

 白雪は向こうを向いたままぽつりと零した。


「ねぇ、神原くん。今のは中々凄い殺し文句なんだけど、もしかして告白だったりする?」


「っ、あ、いや、そういうんじゃなくて――」


 言われて振り返ってみると、確かに俺はとんでもないことを口走っていた。

 まるでプロポーズみたいな。


 白雪の指摘でようやくそのことに気付いた俺は、誤解を解こうとあたふたする。

 俺が背後でそんなことをやっていると、白雪の肩が震えた。


「し、白雪?」


「ふふっ、あはは……っ」


 突然笑い始めた白雪は、顔だけをこちらに向けて悪戯っぽく舌先をちろりと出した。


「わかってるよ、神原くんにその気がないってことぐらい」


「……っ、からかったな」


「これぐらいは許してもらわないと。私の恋心を弄んだ罰だよ」


 そう言って白雪はくるりとこちらに反転すると、踵をあげながら俺の頭に手を伸ばしてくる。

 そうしてふわりと撫で付けながら、耳元で囁いた。


「今日は覚悟してね、神原くん」

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