第17話 スーパーにて
夕食の食材を求めてスーパーへ向かう道中。
俺たちの間に早乙女さんの話題が上がった。
「さーちゃん、かなり私たちのこと疑ってるみたい。あの子、結構周りのこと見てるっていうか、鋭いところあるから」
「だろうな~。俺とやり取りしてるときも納得していない感じだったし。でもまあ、大丈夫だろ」
「どうして?」
白雪さんは不思議そうに小首を傾げる。
そういえば伝え忘れていたな。
「金曜日の五時間目に風祭先生と話したんだけど、来週からは保健室のベッドは使えないことになったんだ」
「えっ……」
「だから俺たちのことがバレるようなことはもうないだろ? そもそも早乙女さんに疑われたのだって、白雪さんが昼休みに保健室に来てくれていたからなんだし」
昼休みの保健室でのあの時間がなくなれば、白雪さんは今まで通り教室で早乙女さんたちと過ごせるようになる。
そうなれば、早乙女さんだってそれ以上疑うことはないだろう。
安心してくれただろうと思って隣を見れば、予想に反して白雪さんは悩ましげな顔をしていた。
「それじゃあ来週からどうしよっか。学校で休めなくなったなら、やっぱり放課後とか……? いっそのこと一緒に住んじゃえば……」
何やら怖いことを呟いている。
突っ込むか突っ込むまいか悩んでいるうちに、目的のスーパーに辿り着いた。
かごを手に取りカートに載せながら白雪さんに訊ねる。
「オムライスでいいんだよな」
「うん。私、大好物なんだ。楽しみ~」
なんだかハードルが上がっている気がする。
「果たしてお眼鏡に適うかどうか」
「ふふん、私はオムライスにはうるさいからねぇ」
冗談交じりのやり取りをしつつ、目当ての食材を探す。
(バターと卵はあるから鶏肉と玉ねぎ、あとケチャップを補充しとくか。そうだ、牛乳も買っておかないと)
俺がスーパーを練り歩く中、隣を白雪さんがついてくる。
あまり意識したくはないが、土曜日の夕方に私服姿の白雪さんとスーパーで買い物をしているという状況に、胸がくすぐったくなる。
この時間のスーパーは夕食前ということもあって、中々混み合っている。
子ども連れの姿はもちろん、若いカップルもいる。
「……ね、今の私たちって周りからどう見られてるんだろうね」
不意に、白雪さんがそんなことを訊ねてきた。
悪戯っぽい笑みに、照れたような仕草。
俺はそんな彼女の姿を一瞬だけ見て、すぐに店内へ視線を戻す。
「……姉弟、とか?」
すぐに脳裏に浮かんだ関係性を示す単語を捨て去って、適当に誤魔化す。
「それって、私がお姉ちゃんなのかな?」
白雪さんはどこかむっとした声音をあげる。
「俺がこの一週間白雪さんにしてもらったことを考えたらそうなんじゃないかな。寝かしつけてもらってるわけだし」
「……じゃあこれからは神原くんのこと、
「勘弁してくれ」
もしそんなことを学校でクラスメートに聞かれたらまた変な誤解を生んでしまう。
俺が顔を引きつらせながら白雪さんを見ると、彼女は顔を伏せていた。
ただ、黒髪からちらりと覗く耳はケチャップみたいに真っ赤になっていた。
◆ ◆ ◆
レジ前で食材代の支払いについて一悶着を経て、俺たちはようやく食材をレジ袋に詰め終えた。
ちなみに食材代については、
・俺がバイトをしていること
・日頃のお礼を兼ねていること
・残った食材は明日以降の俺の食事に使う
という旨を説明し、なんとか俺が支払うことで話は落ち着いた。
この一週間でわかっていたことだが、やはり白雪さんは中々強情というかなんというか。
バイトでは感じない独特の疲労感を覚えつつ、レジ袋を抱えてスーパーを出る。
「あんれ? 姫に……神原?」
戦いを終えて安心しきっていた俺に、聞き覚えのある声が飛んでくる。
声のした方を白雪さんと共に見ると、そこには一人のおばあちゃんと、彼女に付き添う形で並び立つ早乙女さんの姿があった。
「……っ」
俺はほとんど反射的に白雪さんから距離をとる。
早乙女さんは俺と白雪さんを交互に見ている。
冷や汗をかいていると、早乙女さんは隣のおばあちゃんに声をかけた。
「ごめん、おばあちゃん。先行っててくんない? 友だちがいてさ。ちょっと話してくる」
「はいはい。お総菜コーナーにいますからね」
早乙女さんの言葉を受けて、おばあちゃんは俺たちに会釈をしながらスーパーの中へと姿を隠した。
そんなおばあちゃんへ会釈を返しているうちに、早乙女さんが近付いてくる。
「なに、あんたたちやっぱり付き合ってんの?」
早乙女さんの視線は俺が抱えるレジ袋にも向いている。
やっぱりってなんだよ、やっぱりって。
見当違いな言葉に突っ込みたくなるが、客観的に見れば言い逃れのできない状況だったりする。
ここは彼女の親友である白雪さんに任せようと思って彼女を見るが、彼女は彼女で顔を真っ赤にして俯いていた。
(……まあ、白雪さんからしたらはた迷惑な話だしな)
厚意でわざわざ休日に時間を作って出てきてくれているのに、親友に勘違いされているんだ。
彼女の名誉を思えば、俺と白雪さんの本当の関係を話すことを躊躇う理由なんてないんじゃないか?
それに早乙女さんは俺のバイト先についても今のところ黙ってくれているみたいだし。
結論が出た俺は、レジ袋を持っていない手で頭をかきながら「あ~」と声をかける。
「早乙女さんは結構な勘違いをしてるみたいだが、俺たちはそういう関係じゃなくてだな」
「誤魔化さなくていいっての。別にあたし、そういうの茶化すタイプじゃないし、高校生なんだから普通じゃん?」
「いやだからだな……」
完全に決め打たれている事実にため息を吐きつつ、俺は二人を人通りの少ない場所へ誘導してから、この一週間の出来事を話し始めた。
最初は疑惑の目を向けていた早乙女さんも徐々に納得していったのか、白雪さんに確認している。
「今神原が言った話、ほんとなん?」
「……うん。本当だよ」
「はぁ~~……、あんたも苦労してんだね」
それは俺へ向けられた言葉かと思えば、彼女の目は白雪さんへ向いていた。
ふと、早乙女さんが何かを思いついたように俺を見てくる。
「んね、ちなみにそれってさ、あたしが撫でても効果あんの?」
「あーどうなんだろうな。考えたことなかった」
それは青天の霹靂とも言うべき指摘だった。
ちょうど風祭先生とも根本的な対策について考える必要性を話し合ったところだ。
白雪さんに依存しきる状況もよくないしな。
「じゃあさ、試しにあたしが撫でてあげよっか?」
にやりと口角を上げて詰め寄ってくる早乙女さん。
彼女の手が俺に触れようとしたその瞬間、俺たちの間にものすごい勢いで白雪さんが割って入ってきた。
「だ、ダメだから!」
両手を大の字に広げて立ちはだかり、じぃっと早乙女さんの方を睨みあげている。
早乙女さんは虚を突かれたように白雪さんを見つめ返すと、やがてふっと力の抜けた声を零した。
「はいはい、邪魔して悪かったね。あたし、おばあちゃん待たせてるから行くわ。んじゃね」
「あっ、またね、さーちゃん」
白雪さんも白雪さんで拍子抜けした様子で早乙女さんの背中に向かって手を振っている。
何がなんだかわからず置いて行かれる俺だったが、何にせよ、誤解が解けてよかったと思うのだった。
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