第14話 花屋『ロータス』と鉢合わせ
バイト先である花屋『ロータス』は、
店は東西に連なる
この辺りには買い食いできるような店が少ないため、東側と比べるといくらか落ち着いた雰囲気で学生が寄りつかないのも気に入っていたりする。
無事にシフトに間に合った俺は、早速店の奥の更衣室に向かう。
ブレザーを脱ぎ、上からこの店の制服でもある緑を基調としたエプロンを纏ってから店に出る。
和洋折衷といった内装の店内には数々の花が並んでいる。
どれも葉や花は瑞々しく、とても綺麗に咲き誇っていた。
「なんだか機嫌良さそうね」
レジ打ちをしていた奥さんの
「そう見えますか?」
「うんうん。顔色もいつもよりずっといいわ。やっぱり若者は元気が一番!」
どわはははっと薫さんが豪快な笑い声を上げる。
そんなに機嫌が良さそうに見えたか……?
俺は花の鮮度を保つための冷蔵ショーケースを覗き込み、その反射で顔を確認する。
それでもいまいちピンと来ないでいると、地下の作業場から上がってきた旦那さんの
「なんだなんだ、神原くんにも遂に春が来たかぁ」
「春って、どうしてそういう話になるんですか」
「男が元気になるのは大抵女絡みって相場が決まってるからな。かくいう俺が元気なのも可愛い嫁さんのお陰ってわけ」
「はいはい、くだらないこと言ってないで手を動かしてちょうだい」
蓮見夫婦のいつものやり取りに苦笑しつつ、俺は進さんが両手に抱えているものが目に入った。
「進さん、それって」
「ああこれ? この後に来るお客さんに注文されてたものだ。豪勢だろう」
そう言って、進さんは誇らしげに俺へ向けて掲げた。
彼が両手に抱えていたものは、青いバラをふんだんにあしらったフラワーアレンジメント。
大きさや使う花の種類によって価格はピンからキリまであるが、今回のは中でもピンに類するものだ。
たぶん、二、三万はするんじゃないか?
俺も何度かフラワーアレンジメントはやらせてもらっているが、あくまでも練習。
廃棄になる花をせっかくならと使わせてもらっているだけで、売り物を作ったことはない。
売り物になるフラワーアレンジメントを作るというのは、花屋のバイトを続ける上での俺の目標だったりする。
「もしかしたら俺たちは地下にいるかもしれないから、いらっしゃったら代わりに渡しといてくれるか? 代金は受け取ってあるから。
「わかりました」
閉店間際になると二人は地下の作業場で明日に向けた作業をしていることが多い。
そういうときのお客対応も俺の仕事の一つだ。
しかし、早乙女か。
フラワーアレンジメントの注文者の苗字に、俺は妙な聞き覚えがあった。
(ま、苗字なんてそんな珍しいものでもないか)
そんなことを考えつつ、仕事に取りかかる。
金曜日は17時からのシフトで、閉店の19時までは店内での作業。
その後一時間ほど掃除や花の管理作業などをして終わりになる。
流石に平日のこの時間に花屋を訪れる人は少ない。
向かいの八百屋の方がよほど繁盛していた。
ディスプレイの花の整理や花瓶の水の入れ替えなどをしていると、閉店時間が迫ってきた。
そろそろ軒先に出している花を店内に戻そうか。
そう考えて店先に出た時だった。
「すんませ~ん。予約していた早乙女なんですけど」
ちょうど、お客さんが現れた。
現れたのはシュシュで纏めた長い金髪が特徴的な、我らが真弓高校の制服を纏った女子。
というか、クラスメートの早乙女
(道理で聞き覚えがあったわけだ……)
今の今まで気付けなかったことに内心項垂れながらも、花屋の店員として振る舞う。
「いらっしゃいませ。予約されていた早乙女さんですね。少々お待ちください」
営業スマイルを浮かべつつ、店内へ引き返す。
蓮見夫妻は地下にいるみたいだ。
保管してあった青バラのフラワーアレンジメントを手に取り、問題がないかを確認する。
それにしても、まさかあの早乙女さんが来るなんてな……。
学校の生徒が訪れなさそうな場所というのが、俺がバイト先を探す上での一つの要素にしていた。
事実、これまで誰かと出くわすことなんてなかったが、よりにもよってクラスメートの彼女が来るなんて。
まあクラスメートといっても、向こうは俺のことを覚えていないだろう。
ここは店員に徹してやり過ごそう。
「お待たせいたしました。こちらでお間違いありませんか?」
レジ前で待っていた早乙女さんに商品を持って行き、確認してもらう。
彼女はスマホを取り出し、何かと比較するようにして確認すると、小さく頷いた。
「間違いないで~す」
「では、お包みします」
花を崩さないようにフィルムで丁寧に包み、リボンでしっかりと結ぶ。
専用の袋に入れて早乙女さんに手渡す。
「お待たせいたしました。お気を付けてお持ち帰りください」
「ありがとうございま~す」
早乙女さんは丁寧に袋を受け取ると、俺に背を向けて店の外へ向かう。
そんな彼女に俺はにこやかな笑顔を貼り付けてお辞儀していた。
頭を上げる頃にはすでに早乙女さんは自動ドアの前にいる。
そのまま店外へ出ようとして、ピタリとその足が止まった。
そうして、長い金髪を揺らしながらくるりと振り返り、
「え、あんたここでバイトしてんの?」
普通にバレていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます