第13話 連絡先
ゴールデンウィーク明けの一週間はあっという間に過ぎていった。
今週最後の掃除を終え、教室を後にした俺はいつものように学校を出ると、坂を下っていく。
俺は金曜日から日曜日の三日間、商店街の花屋さんでバイトしている。
当然、これからバイトに向かうわけだが……。
「白雪さん……?」
坂を下りたところにある小さな公園。
以前、待ち合わせ場所として利用したその場所に、見慣れた人影があった。
声をかけるか悩んでいると、こちらに気付いた白雪さんが大きく手を振ってくる。
「神原く~ん」
「こんにちは、白雪さん。こんなところで何してるんだ?」
声をかけられた手前、立ち去るわけにも行かず彼女の方へ歩み寄る。
「神原くんを待ってたの」
「俺を?」
「うん。ここにいたら神原くんと会えると思って」
「そ、そう……」
照れ笑いを浮かべる白雪さんを直視できなくて目を逸らす。
「俺に何か話が?」
「ああ、うん。その、明日から学校お休みだけど、どうしよっか」
「どうするって?」
質問の意図がいまいちよくわからなくて訊ね返すと、むっとされた。
「だ、だから、保健室が使えないから……また、おうちに行こうか?」
こちらの判断を仰ぐような上目遣い。
この三日間は保健室で寝れていたから、あの日みたいに家まで来てもらうことはなかった。
だが確かに、土日になると眠る機会がなくなる。
俺としてはありがたいことこの上ない申し出だ。
だけど、いいのか?
そう考えようとして、俺は思い直す。
白雪さんが家まで来てくれたあの日。
彼女のお母さんとの会話を思い出す。
――娘も神原くんの力になりたがっていることだし、神原くんが迷惑でないなら、今後娘を避けないであげてね。
結局のところ、俺がどうこう考えるのは意味のないことなのかもしれない。
彼女が申し出てくれているのだから、それに甘えてもいいのだと思った。
「迷惑じゃないなら、お願いしたい」
俺がそう言うと、白雪さんは目を丸くして固まった。
何かまずいことを言っただろうかと不安になっていると、彼女の表情が次第に緩んでいく。
そうして、心底嬉しそうに笑った。
「――うん、喜んで」
「――――」
俺はほとんど無意識に、彼女に向かって一歩踏み出していた。
鞄を抱えていない手が彼女へ伸びていく。
(――っ、今、俺は何を……?)
すんでの所で手を引き戻す。
まさか、俺は今白雪さんの頭を撫でようとしていた……?
「神原くん、どうかした?」
一連の動きを不審に思った白雪さんが訊ねてくる。
俺は胸中で深呼吸をしながら、誤魔化すように言う。
「た、ただし、親御さんにはちゃんと伝えておいてくれ。この間みたいなのは勘弁だし、許してくれた二人をまた裏切りたくはない」
「うん、わかってる。遅くなるかも、とは伝えておくよ。何時ぐらいに行けばいいかな? お昼? 夕方? それとも夜?」
「あー、明日はバイトがあるからな」
「お花屋さんの?」
「そう。土曜日は昼の15時までのシフトだけど、状況によっては前後したりするからな。まあバイトが終わったら連絡……あー……」
そこまで言って、俺は彼女との連絡先を交換していないことに思い至った。
白雪さんも同じことを思ったのか、微妙な表情を浮かべている。
「……良かったら連絡先、交換しないか?」
「いいの?」
「なんで及び腰なんだ。当たり前だろ」
「じゃ、じゃあ! よろしくお願いしますっ」
ものすごい勢いで懐からスマホを取り出し、突きだしてくる。
なぜ敬語……? と思いながら、俺はメッセージアプリのニャインを起動した。
QRコードをかざして連絡先を追加する。
「……お花?」
スマホの画面を見つめていた白雪さんがぽつりと呟く。
その呟きは俺のニャインアイコンを見てのことだろう。
「バイト先で初めてやらせてもらったフラワーアレンジメントなんだ。不格好だけど、記念にアイコンにしてる」
「不格好なんてそんな、すっごく綺麗だよ」
目を輝かせている白雪さんが素直すぎて思わず頬が緩む。
「白雪さんのアイコンは……これは、なんだ?」
ミジンコのフォルムにぱっちりとした目が特徴的なキャライラストがアイコンになっている。
「あぁそれ? ミジンコマン! 可愛いでしょ?」
「かわ……ああ、いいと、思うぞ」
「えへへ、私この子のスタンプ持ってるんだ。ちょっと待って、今送るね」
ピコンという通知音が届く。
新しく追加された「ひめの」とのトーク欄を開くと、さっきのキャラがサンバを踊りながら「ミジミジメ~ン」と叫んでいるスタンプが送られていた。
……まあ、人の好みはそれぞれだしな。
俺が無難に「よろしく」と返すと、白雪さんはまた嬉しそうに笑っていた。
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