第5話 返事
白雪さんに協力を仰ぐことを決意しているうちに朝を迎え、俺はいつもの如く一睡もしないまま登校していた。
活気づく朝の教室。その片隅で、机に突っ伏しながら
「あんれれ~? 姫、なんか顔色悪くない?」
派手目の金髪を後ろで纏めるギャル風の女子が白雪さんへ話しかけている。
彼女は確か、
いつも白雪さんと一緒にいるイメージがある。
「あはは、ちょっと寝付けなくて……。でも大丈夫。バスの中で少しは寝れたから」
「ちょいちょいちょい、姫みたいに可愛い女の子が無防備に寝てたら危ないし。襲われちゃうぞ~ほれほれほれ~」
「ちょ、やめて、さーちゃん」
……何やら大変盛り上がっている。
見てはいけないものを見ている気がして、俺はそっと目を逸らした。
(それにしても困ったな)
白雪さんはクラスでも人気者だ。
彼女の周りにはいつも人がいる。
教室で彼女に「頭を撫でて欲しい」と頼めば、卒業まで変態野郎という誹りを受けるに違いない。
かといって彼女と話をするために別の場所に呼び出そうものなら、あらぬ噂が立ちかねない。
……詰んだ。
どうにか話せないかと機会を窺っているうちに、あれよあれよと時間が流れていく。
そうしてあっという間に昼休みになった。
休み時間になるや否や、白雪さんを中心に人の輪ができている。
俺はそんな一群を尻目に教室を出て、保健室へ向かった。
なんとなく、いつもよりも足取りが重い。
白雪さんの力を借りて今日は寝れるのではと期待していたからだろう。
足をずるずると引き摺るようにして北校舎への渡り廊下に辿り着いたときだった。
「神原くんっ」
後ろから呼び止められた。
「っ、白雪さん……なんで」
振り返ると、そこには先ほどまで教室で友人たちに囲まれていたはずの白雪さんの姿があった。
彼女は少し乱れた髪を整えながら近付いてくる。
心なしか緊張している、というか怯えているように見えたのは気のせいだろうか?
「よかった、ここにいたんだ。その、昨日の話の返事をもらってないなって思って。……もしかして、私のこと避けてる?」
そう言って、白雪さんは俺を見つめてくる。
口元は真一文字に引き結ばれ、体の横に下ろされた手はスカートをぎゅっと握っていた。
彼女の問いに、俺はつい首を傾げてしまう。
「俺が白雪さんを避ける? どうしてだ?」
「だって、待ってたのに全然声かけてくれないからっ。私のこと、気持ち悪がってるのかなって。……そりゃあ私もあの後、自分の事ながらに引いちゃうことしちゃったな~って思ったし、でも神原くんが大変だって話で、それで私が力になれるのならって、ううん、それは言い訳で神原くんと一緒にいられるなら――」
「あのー、白雪さん? 大丈夫ですかー?」
すごい早口で独り言のように捲し立てている白雪さんの顔の前で手をひらひらと振る。
すると彼女ははっとして固まると、色々誤魔化すようにこほんと可愛らしい咳払いをした。
「と、とにかく、私のことを嫌うのはいいの。いやよくないんだけど……。でも、神原くんが寝るために私が力になれるなら、遠慮なく頼って欲しい」
「どうにも白雪さんは変な勘違いをしてるみたいだけど、前提として俺は白雪さんのことを嫌ってないぞ」
「え? だって教室で全然声かけてくれなかったのに」
「いやそれは……流石に人目があるところでは話しづらいだろ? ……白雪さんに頭を撫でて欲しいとかどうとかなんて」
俺は声量を落としながら言う。
口にしていてやっぱり恥ずかしくなってきた。
「なんだぁ……よかったぁ……」
「ちょっ、白雪さん……?」
白雪さんがへなへなとその場に座り込む。
反射的に手を差し出した俺を見上げた彼女の表情は、思わずドキッとするほどにへにゃりと緩んだ笑顔だった。
俺の手を取って「んしょ」と立ち上がった白雪さんは、先ほどまでの怯えた様子はどこへやら。
太陽を思わせるような笑顔と共に「ありがとう」と言ってくる。
何やら、色々と心配をかけてしまったらしい。
ろくに話したこともない俺のことをこんなに考えてくれるなんて、やっぱり白雪さんは優しい。というか優しすぎる。
ここまで心配させたのだ。
俺も覚悟を決めるしかない。
一度周囲を窺って人がいないことを確認し、俺は彼女へ頭を下げた。
「白雪さん。昨日の話なんだけど、俺の方からお願いしたい。――寝ている俺の頭を撫でて欲しい」
……やっぱりとんでもないことを口走っているよな、俺。
だけど白雪さんはそんな俺の必死の頼みを一切小馬鹿にすることなく、慈愛すら思わせる声で頷いてくれた。
「――喜んで」
◆ ◆ ◆
「……んーと、ごめんね、もう一回言ってくれない?」
その後、保健室。
いつものようにデスクに向かっていた風祭先生が、右手で赤縁眼鏡を取り、反対の手で目頭を押さえている。
俺は努めて真面目に、風祭先生に繰り返す。
「ですから、俺が保健室のベッドで横になっている間、隣にいる白雪さんに頭を撫でてもらいたいんです。一応、先生に許可をいただいておこうと思いまして」
「あー、やっぱり聞き間違いじゃなかったのね」
どこか疲れたように風祭先生は呟く。
それから俺と白雪さんの両方をジッと見つめ、小さくため息。
「どうやら冗談で言っているつもりじゃないみたいね。神原くんの不眠症を治すために、彼女に頭を撫でてもらう必要があるって」
「確証はないですけど、昨日は間違いなくそれで寝れたと思うので」
「昨日……?」
「~~~~っ」
風祭先生の鋭い視線が白雪さんに向かう。
白雪さんの口からひゅっという声にならない息のようなものが出た。
しまった、余計なことを口走ったか。
やがて風祭先生は眼鏡をかけ直し、手元のボールペンのノック部をカチカチと押し始める。
俺たちから視線を外し、窓の外へ体を向けた風祭先生はまた一つ、今度は深いため息を零した。
「……わかったわ。許可しましょう」
「本当ですかっ」
「ただし! 他の生徒へは口外しないこと。それから、もし神原くんが眠れても、白雪さんまで午後の授業を欠席しないこと。それが約束できるのなら」
「も、もちろんですっ」
「ありがとうございます!」
まさか許可が下りるとは思わなかった。
風祭先生の寛大さに感謝だ。
「ほら、他の生徒が来る前に早くベッドに向かいなさい。……ああそれと、カーテンで見えないからってくれぐれもエッチなことはしないこと。いいわね」
「し、しませんっ!」
「しないですよ!」
なんてことを言うんだ、この人は。
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