第3話 Case2 遅い初恋(前編)

「私は、石原くんと別れたくない」

「俺も、しおりんとは別れない」


 ――はい?

 予想外のセリフに私は一瞬固まった。

 

 今この弁護士事務所の会議室には、二組のご夫婦が居る。

 相談者の依頼を受け、浮気した相手側も交えた話し合いに弁護士として立ち会っているのだが、その浮気をした当人達が、堂々と「別れない」と言ったのだ。


 当然、お互いの伴侶たちが黙っているわけはなく、

「いい加減にしなさいよ、あんたたち」

「お前ら、ふざけるなよな!」

 と、怒りの声をあげた。


 私の相談者は、浮気されて怒っている女性の石原美弥さんだ。

 彼女は離婚はせず、旦那様である恭一さんの浮気相手の詩織さんに対し慰謝料を請求したいと言っている。

 そして詩織さんの旦那さんは逆に、恭一さんを訴えると脅していた。


 この4人、高校生の時からの友人だと言うから驚きだ。

 

「元々、しおりんが俺の初恋だったんだ! でも、美弥が積極的に言い寄ってくるから、俺、仕方なく美弥と……」


 恭一さんのこの言葉に全員が絶句した。



 私にはこの4人の心境を理解するのは難しかった。


「彼氏はいらない。結婚もしないし、キャリアウーマンになるの」

 私は中学生の頃から公然とそう言ってきた。

 成長し弁護士になった今もその考えは変わらない。


 淋しくないかと聞かれる事もあるが、淋しいとも思わなかった。


 いや……

 中高生の頃は孤独感から不安に襲われていたっけな。


 自分は普通の人ではないんだと感じて不安だった。

 一生、誰かに愛されることなく、ひとりで孤独に暮らす予感のようなものを感じていて、寂しさと不安から涙が出たこともあった。

 でも、思春期のそういう感情は勉強に没頭する事で克服出来た。


 だから私はこんな恋愛のゴタゴタには、ばかばかしくて嫌悪感すら感じてしまう。



 ~~*~~


「和解できると思いますか?」


 会議が終わった後、私は同席してもらっていた宮原弁護士に何気なく聞いた。


 彼はどんな状況でもやんわりと人を黙らせる技術をもっていて非常に助かる。何かコツがあるのなら、是非教えて欲しいものだ。


「友達同志だし、可能性はあるのかなぁ。時間かかるかもしれないけど粘り強く話し合いして貰えるように促すしかないだろうねぇ」

 宮原弁護士は考えながら答える。


 私は宮原弁護士らしい回答に微笑んだ。

「今回、先生にサポートに入って頂けて助かっています。わたしは、こういう案件は不得意なものですから」

 私がそう言うと、彼は微笑んだ。


「お姉さまもそう言っておられましたね。とても心配されているようでした」

 宮原弁護士の言葉に、私は少し恥ずかしくなる。

「姉は私に離婚問題は扱えないと思っているようで……今回、この案件を私にまわしたのは、私に課題を与えたつもりなのかもしれません」


「大丈夫、ちゃんと問題なく対応されているとおもいますよ」

「そうですか? 本当にそうなら嬉しいです」

 私は尊敬する宮原弁護士にそう言われ、嬉しくなってそう言った。


 宮原弁護士は,わたしより6歳年上の先輩弁護士だ。

 まだ36歳で男前だが、話し方やその風格から40歳代に見える。

 

 彼は、二年前に病気で奥様を亡くされていた。

 愛妻家の彼は奥様が亡くなってしばらくは、周りが心配になる程やつれ、仕事にも全然身が入らない状況だったが、最近になってようやく復活し、以前のようにバリバリ仕事をこなせるようになった。

 このことに事務所の皆もほっとしているという状況だ。


 奥様を亡くされた時、彼がどれ程悲しんでいたかは、恋愛音痴の私でも少しは分かるつもりだ。

 


 彼のようにひとりの相手を深く愛し続けた人もいると言うのに……


 本当に世の中には色んな人が居るものだと、先ほどまで会っていた4人を思い出して私は思った。


 それに、詩織さんの旦那様……

 確か、康弘さんだっけ?

 彼は、とても素敵な男性だったわ……

 なんというか、男らしくて頼もしく感じた。

 詩織さんは一体、彼の何が気に入らないのかしら?

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