ともに酔う

となかい

ともに酔う

 冬の夜を冬だと感じさせるほどに、人と人とのあたたかいつながりがあった。


 武蔵野線はわたしを待ってはくれない。

 私はわたしを置いていかない。

 私はわたしを家まで送る覚悟がある。

 中央線はわたしを待ってはくれない。

 私はわたしを置いていかない。

 私はわたしを家まで運ぶ。


 貨物列車が終電間際の北府中駅2番ホームを無表情で通過していく。無機質な風に吹かれて、わたしの頬と耳は白んでいった。

 5分待って電車に乗った。一駅分乗ったら乗り換える。電車を降り、階段を下り、エスカレーターを下り、中央線のホームへたどり着く。快速列車が西国分寺で足を止めて、わたしを乗せていった。


 座席についている暖房がふくらはぎを乱暴に燃やした。それが気にならないくらい、わたしは麻痺していた。

 子どもの頃の眠気が不意に脳へ飛び込む。大脳を駆け回ってから、延髄を揺らした。


 わたしには大切な友人がいる。

 6時間前。

 わたしと同じくらいの伸長。丸い眼鏡をかけている。白い柔らかそうな上着に黒い肩掛けの小さいカバン。ショートヘアの毛先のほうが跳ねていて可愛らしい。体格は決して小柄ではなく、膝を悪くしながらもしっかりした足取りで歩く彼女に、殴られたらちゃんと痛そうである。

 カウンター席6つほど、4人掛けテーブルが3つほどある、小さな居酒屋にわたしはやってきた。女将が一人で切り盛りしていた。常連客のような高年齢の男性客が3人、カウンター席に並んで座っていた。

 彼女とわたしは、四人掛けのテーブルに向かい合って座った。彼女はメニュー表を開き、慣れたようにつまみを決めていく。最初の一杯を「生でいいですか」と聞かれ、わたしはリードされるまま、頷きお願いするだけだった。

 そう。もうあまり気を遣おうとしていないわたしがいるのだ。いつものことかもしれない。

 ビールを喉に通すと慣れない酔いを思い出す。さて、最初に何を聞いたか話したか。記憶が曖昧である。たしかお笑いの話をした。といってもわたしが好きなように語る時間が長かったと思う。

 彼女はわたしを調子に乗せた。取り繕いのない微笑みをたびたび見せながら、転がりだしたタイヤに道を教えるように彼女はわたしから話を引き出す。楽しい思い出を思い起こすままわたしはしゃべった。湧水を発見するたびに報告した。私は愉快なわたしを何度か制御して、話のターンを彼女に渡そうとした。果たして上手くいっていただろうか。

 すっかり気分がよくなってしまった。粗相をしてもおかしくない。酔わなくても粗相をする可能性だってあるのだから。

 やっと彼女の話になって、わたしは話に耳を傾けた。付き合っている彼氏は冷たいが、他の人間から得られるエネルギーが彼女を燃え上がらせてしまうようだ。

 彼女はモテるのだと思う。それは当たり前だ。こうしてわたしと仲良くしてくれている人間は皆、魅力的である。わたしは優しい人間としか仲良くなれない。弱い人間なのだ。弱いことを自覚することでわたしは強い顔を繕う。


 後に、彼女はこんなことを言ってくれた。

「ともだちの中で一番おもしろい」

 最高の褒め言葉である。

 わたしの人生に楽しい時間をくれてありがとうと伝えたい。できれば直接言いたい。でも照れてしまって直接は難しいと、決めつけてしまいたい。


 幸せは、酔いが覚めていく切なさである。

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