第4話夏休みに一日だけある登校日

夏休みも半ばに差し掛かった頃。

登校日が一日だけあり僕は久しぶりに学校へと向かう。

「おはよう。夏休みどう?」

席が隣ってだけで友人なのかどうかもわからない女子生徒に向けて口を開く。

「バイト三昧。夏休みに弾けて遊ぶタイプでもないし。佐伯くんは?」

隣の席の女子生徒、白井円しらいまどかはスマホから視線を外すと僕の方を向く。

「僕も殆ど家で過ごしているよ」

「へぇ〜。一人で?」

「いや、新しく出来た家族と」

「ん?子供産まれたの?」

「そうじゃなくて。父親が再婚して。その連れ子の姉妹と仲良くしているんだ」

「何その状況。血の繋がらない姉妹が唐突に出来たってこと?物語中の話みたいだね」

白井円は苦笑するような表情で受け答えするとスマホの画面をタップしていた。

「この作品とか状況が似てない?」

白井円は電子書籍のアプリを開くと僕に見せてくる。

「あぁ〜…本当だね。でも僕は三姉妹とだから」

そんなよくわからない張り合いをしてみせると白井円は顔をしかめた。

「三姉妹って…神崎?」

それにシーッと言うようなジェスチャーを取ると一つ頷いた。

「本当に言ってるの!?正気保つだけで必死じゃない!?」

それに苦笑しながら頷いてみせると彼女は憐れむような表情を浮かべる。

「それは大変だね。羨ましい状況に思えて…超絶気苦労しそう…」

「まぁ。三人とも僕のことを姉弟って認めてくれたみたいで…幸いなことに仲良く出来ているんだ」

「そっか…でも気を付けてね?信頼を失うような行動は控えたほうが良いよ」

「分かってる」

そんな会話を繰り返していると友人である宮野隆みやのたかしが僕らの元へとやってくる。

「おはよう。何の話ししてたんだ?」

ここだけの話だが宮野隆は白井円に好意を寄せている。

僕はそれを知っているので白井の事を探ったり、宮野のことをアピールしているわけだ。

その延長線上で白井円とはよく話をする間柄になっていた。

閑話休題。

「ん?夏休みはどう過ごしていたか?そんな質問していただけだよ」

宮野に答えて見せると彼は少しだけ焦りの表情を引っ込めた。

「そっか。それで紅郎はどんな風に過ごしていたんだ?遊びに誘っても全然来ないじゃんか」

「あぁ。僕も少し忙しい状況が続いているんだ。夏休み中は遊べなさそうだな」

「忙しいならしょうがないか…。白井はどうしているんだ?」

宮野は僕から視線を外すと白井円に目を向けた。

「バイト三昧。朝からロングで入って…二十二時ピッタリまでシフトに入っているよ」

「へぇ〜。何か欲しいものでもあるのか?」

「まぁ。そうね」

白井円は宮野隆に対して素っ気ない様な態度で応えていた。

二人は少しだけ気まずそうな雰囲気を繰り広げると宮野隆は日和ったのか僕らに軽く別れの挨拶をして友達の輪の中に戻っていく。

「じゃあ。楽しい夏休みを」

そんな言葉を残して去っていった宮野に僕は後で慰めの言葉をかけるべきか悩んでいた。

「私…あの人…無理なんだ…」

白井円は罪の告白でもするように口を開くと軽く項垂れた。

「何が無理なんだ?」

「何って言われると難しいんだけど…全部?生理的に受け付けない。みたいな感じ」

「それは…そうか…」

僕は思わず言葉に詰まるとこの事実を友人に伝えるべきか悩んでいた。

「言っておいてくれない?」

だが悩んでいるのは無意味なようで白井円の方から提案をしてきてくれる。

「何を言えば良い?」

「他に好きな人が居るし。話しかけないで欲しいって…。私のこと冷酷だって思う?」

「わかった。冷酷だなんて思わないよ。生理的に無理なら…どうしようもないからね」

「良かった。佐伯くんに悪いイメージ持たれなくて…」

「ん?僕が悪いイメージ持つと何か問題?」

「なんでもない。私の問題だから…」

白井円がそんな言葉を口にした所で担任教師が教室に入ってくる。

クラスメートを見渡した担任は出席確認をしていた。

二十分程の長い話が終わると担任教師は何名かのクラスメートの名前を呼んでいた。

「今呼ばれた人はこの後残るように。何を言われるかは分かっていると思うけど」

呼ばれたクラスメートは主に髪色などが夏休みに入って異常に変化した生徒たちだった。

何かしらのお叱りを受けて補習のような罰を受けるのかもしれない。

前時代的で堅苦しい校則だが…。

ルールであるのなら守らなければならない。

僕は校則違反をせずに過ごしていたため、この後は帰路に就くだけだった。

「じゃあね。また二学期に」

白井円に声を掛けると彼女は僕に提案をしてくる。

「校門まで一緒に行こうよ。もう少し話したいから」

その言葉を受けて僕は一つ頷くと鞄を持つ。

揃って教室を抜けるのだが…。

もちろん宮野隆は呼び出しを受けた生徒の一人なのであった。



校舎をゆっくりと歩いてなんでも無い話を繰り返していた僕と白井円だった。

昇降口で靴に履き替えた僕らはそのまま校門まで向かう。

だが…。

校門の前では人だかりが出来ており黄色い悲鳴や男性の野太い声が聞こえてきていた。

「なんだろうね」

人だかりを指さして通り過ぎようとしていると…。

「紅郎!」

「弟くん!」

「お兄ちゃん!」

三者三様の呼ぶ声を耳にして僕の背中にはひやりとした冷たい汗が流れる。

その人だかりの中心に目を向けると…。

やはりと言うべきか三姉妹の姿があった。

「一緒に帰ろ〜」

本校の生徒ではない三姉妹は僕のことを校門の前で待ち伏せしていたらしい。

「ごめん。じゃあまた二学期にね」

白井円に別れを告げると僕は三姉妹と並んで帰路に就く。

「今の彼女?」

岬が僕に尋ねてきて首を左右に振って応えた。

「彼女なんていませんよ」

「相手の方はなんか良い感じの雰囲気出していたけど?」

成海がおちょくるように僕の脇腹を突いて口を開く。

「そんなわけ無いですよ。夏休みに入って連絡のやり取りも一度もないですから」

「お兄ちゃんが受け身になっているってこと?」

港も僕を誂うような言葉を口にするので首を左右に振って応えた。

「違うよ。友人があの娘の事を好きなんだ。それに協力しているだけ」

「へぇ〜。それであの娘は紅郎のことを好きになっちゃたんだね」

岬は大人らしく高校生女子の心境が手に取るように分かるとでも言うようにウンウンと頷いて応えた。

「違うと思いますよ。好かれる様な行動は取っていないので」

「そういうのが良いんじゃない?自然体で接してくれるのがさ」

成海も訳知り顔でその様な言葉を口にすると納得したように頷く。

「でもお兄ちゃんは私達だけのものだから。ダメだよ?」

港は意味深な言葉を口にして僕の腕をぎゅっと抱きしめた。

「懐いてくれたのは嬉しいけど…。何がダメなの?」

「浮気はダメ!」

何を言いたいのか理解できずにいると僕は苦笑して三姉妹と共に帰宅する。

「ピザでも取ろうか。バイト代入ったから。お姉ちゃんが奢るよ」

岬の提案に全員が喜ぶと夏休みの登校日も良い一日になったような気がしたのであった。



衝撃的な場面に遭遇した。

神崎三姉妹が佐伯紅郎と家族になったらしい。

話だけでは現実味が無かったが…。

その場面を見てしまったら疑う余地はなかった。

しかも、どう言うわけか三姉妹はそれぞれ佐伯紅郎を好いている様に思えた。

これはただの女の勘だが…。

きっと間違いじゃない。

私もこれから本腰を入れないと…。

いきなり現れた三姉妹に佐伯紅郎を奪われてしまう。

そんな危機感を感じると夏休み後半の予定を組み直すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る