第45話 危機感と焦燥

 「敵性集団、撤退開始!沢渡京大尉が<ドワーフ型>の撃滅に成功したものと思われます!」


 オペレーターが歓喜の声を上げた。


 「よし!換気扇とスプリンクラーの修繕を急がせろ!

 修繕完了次第、即座に機関最大始動!


 基地の外周防壁解除!

 基地内の空気が急激に漏出しないように気圧管理に気を配れ!


 要救助者、生存者の医務室搬入開始!

 医務班は酸素ボンベ準備!


 トリアージはレッドタグの要救助者を第一優先!

 ブラックタグや亡くなられた方は……忍びないが後でも回収できる!

 今は助けられる可能性がある命を、一人でも多く!」

 

 ミロンが絶叫しつつも、その声に似合わぬ冷静かつ的確な指示を告げる。


 「……その調子だと、君に救助作業の指揮を完全に任せても良さそうかな?」

 

 奏が尋ねる。 

 

 「えぇ、まぁ、構いませんが……」

 

 「少し、気になった事があるんだ。手空きのオペレーター、少し手伝ってくれ。……ん。この映像、大写しにしてくれ」


 半透明のウィンドウに映し出されたのは、今回の作戦ログの内、一人の兵士が戦死する映像だった。


 ハンドアックスを構え、低い体勢で<シルフ型>に迫る。

 しかし、繰り出した渾身の一撃は当たらず、大ぶりの一撃を外した事で生じた隙に情け容赦無く爪牙の一撃が胸郭を直撃。

 突き出された爪は装甲と肋骨を砕き割り、その奥の湿った肉に突き刺さる。

 それでもなお勢いを止める事はできず、先端が体の裏側に飛び出した。


 『カ、ハ……』


 肺腑をぐちゃぐちゃに掻き回された兵士は命尽きる瞬間の叫びを上げることすらままならない。


 体に開いた大穴から、血と肉がこぼれ落ちる。


 血液が滴る爪がゆっくりと引き抜かれて行く。

 体の支えを失った兵士はゆっくりと地面に崩折れ、そして力尽きた。


 「……う、惨い」


 大写しでグロテスクな映像を見せられた女性オペレーターが堪らず口を押さえ、席を立つ。


 「……惨い光景ではありますが、敢えて言葉を選ばないのであれば、この戦場ではありふれた物ではあります。総司令官は何故この映像に注目されたのです?」


 別の男性オペレーターが尋ねる。


 「うん、この映像、特に前半部分でこれまでの作戦の記録映像に検索を掛けてみてくれるかな?」


 「わかり、ましたが……」


 意図を掴みかねたかのような声を契機としてオペレーター達が一斉にコンソールを叩き始める。


 仮想スクリーン上に映像ログが大量に映し出される。

 そのうちの一つを選択し、再生した。


 一人の兵士が先程と同じように斬りかかる。

 しかしその一撃は先ほどと同じように外れて刀身は地に落ち、容赦なく反撃が襲いかかった。

 

 ここまでは先程の映像とほとんど同じ、しかし違ったのはここからだった。


 爪の一撃がクリーンヒットしたものの、その後に血が流れることはなかった。

 頑強な装甲が爪を弾き返し、致命的な隙を作り出す。


 すかさず反撃の剣閃が飛び、敵の体を両断した。


 「こ、これは……」


 「まだ確証は無いがね、奴らも進化してる。

 少なくとも、数年前には貫徹不可能だった装甲を貫徹できる個体が現れていることは事実だ」


 「しかし……これはナンセンスだ!たかが数年で進化を遂げるなど!」


 「そうかな?

 我々は<N-ELHH>というものに対して余りにも無知だ。


 荒唐無稽な話ではあるが、<N-ELHH>が異星の知的生命体から送り込まれた侵略用生体兵器だと仮定してみる。ふざけたフィクションの様な設定だが、我々はこれを否定する根拠を持たない。

 そうであるなら、進化、などという大仰な事をせずとも、生産ロットに手を加えてやるだけで性能の調整は可能だろう。

 

 これまでの定説通り、地球上に突如として出現した謎の生命体であるとしても、自ら遺伝子を改竄して環境に適応し続けた<タイタニア型>の様な例もいる。

  進化には気が遠く成る程の時間がかかるというような、これまでの生物学の常識の範疇で奴らを捉えることは、却って危険かも知れない」


 奏は自らの言葉を嗤った。

 なにせ、部下が人間の身でありながらその「生物学の常識」を越えた存在である可能性がある、と他ならぬ部下本人から報告を受けているからだ。


 (……<D.E.S.C>、か。全く、とんでもない置き土産を残してくれたものだよ、アーノルド)


    ◆


 作戦終了、帰投後。

 基地内。


 「えーと、素顔でお会いするのは、初めてでしたよね?ジャンナ・ジロフと申します!ほら、ブルーノも挨拶して!」


 戦場で重厚な装甲を纏い、怯むことなく戦い抜いた少女の口調は、その戦いぶりからは想像できぬほど快活で、溌剌としたものだった。

 照明を受けて輝く金糸の髪が目に眩しい。


 ヒスイの色をした目は大きく、光を多分に湛えている。

 鼻梁は高く、モデルのような顔立ちであるが、幼い表情の作り方と頬に微かに差す赤みが美しさの中に可愛げと親しみやすさを残す。


 ……というか。


 でかい。

 あれだけの重量を誇る鎧を自由に動かせる以上、相当の長身なのだろうとは思っていたが、これは想像以上だ。

 俺も170後半で男の中ではそれなりに高い方だとは思うのだが、目線がそこまで変わらない。


 「……ブルーノ・レズリンだ。以後、よろしく。」


 対照的に、挨拶を促された男の方はかなり小柄だ。軍服の丈も余っており、服を着ている、というよりは着られているように見える。


 喋り方もいかにも寡黙、と言った風情でジャンナと正反対だ。

 

 小柄な体の上にキッと引き締まった顔立ちの顔が乗っているが、顔のパーツ一つ一つはまだあどけない。

 それでも大人びて見えるのは、藤色の長い前髪が表情を覆い隠すせいでもあるのだろうか。


 この少年、としか言いようの無いような矮躯からあの尋常ならざる剛力が放たれるのか……

 いやまぁ俺も19ちょろだったはずだし、ギリ少年判定なのだろうが……少年だよね?


 どちらにせよ、あまりにも戦いのイメージと素顔が合わない二人だ。


 「あー、俺は沢渡京って」


 「……知ってる。人類最強の兵士マキシマム・ワン、『白の死神』。前々から興味はあった。どんな奴かと思ってたけど最強の名に恥じぬ戦いぶりだった」


 「そ、そいつはどうも……」


 頭を抱える。この傲慢極まる二つ名はどこまで行っても付きまとうものらしい。

 勘弁していただきたい。


 『死神』呼ばわりよりはマシ、『死神』呼ばわりよりはマシ、と脳内で繰り返してどうにか平静を保つ。


 「そんでもってこっちが……」


 「はい、天音雨衣です、よろしくお願いします」


 「ウイちゃん、雨衣ちゃんね!かわいい~!やっぱりここ男所帯だから女友達なかなかできなくて!仲良くしようね!」


 「ふぎょ」


 猫科生物を思わせる動きで抱き着いてきたジャンナの胸に雨衣ちゃんが埋もれる。

 今明らかに呼吸になんかさしさわりのありそうな声が出てたけど大丈夫なのかなぁあれ……

 

 深入りすると怖いので口出ししないでおこう。

 君子というものは危うきには近寄らないものなのだ。


 悟った顔でなんともリリィリリィした光景から目を背けていると、存分に雨衣ちゃんを吸い尽くしたジャンナが顔を上げて、


 「あ、そういえば。沢渡さんと雨衣ちゃんって、付き合ってるんですか?」


 トンデモナイ事を口にした。


 「ふごっ!?」


 「ブモッ!?」


 二人揃って噴き出す。

 危うきが自分から寄ってくるのはルール違反だろうが!


 「いやいや俺たちはそういうものじゃないっていうかなんていうか!いや好きだけど!好きだけどぉ……!それは異性として好きとかそういんじゃなくてぇ……!」


 「そ、そうですよそんなカレシカノジョ的なさむしんぐとはまた違ったかかわり方というか友情というか親愛というか信頼というか」


 「あーあれだ!あれ!運命共同体?ってやつ!」


 「そうそれ!我ら生まれた日は違えども死す時は同じ日同じ時を願わん的な、そんな感じです!」



 「そんなに慌てることじゃないと思うんだけどなぁ……私たちもそうだしね……」


 「……言ってやるな、ただ単に好きって言うより凄まじいこと言ってることにすら気づけてないぐらい動転してる」



 ……こうして、無事と言えるかどうかは甚だ疑問であるが、新生・総司令官直属特務実証部隊が動き出した。


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