第46話 研究所制圧作戦

 「研究データの確保、か」


 R-05地区市街地の惨劇から数日後。

 十分な休息を取った俺は、奏から新たな指令を降されていた。


 「あぁ、他所の基地からある報告が届いてね。放棄された旧時代の研究所内に<N-ELHH>の生態についての研究資料が眠っているという噂を聞いたことがある、と。

 今、奴らに対して、ある仮説が上がっててね。それを確かめる為にも奴らの情報は喉から手が出るほど欲しい。こんな与太話に縋らなければならない程に、ね。

 やるなら現状奴らの攻勢が落ち着いてる今だけだ」


 「成る程」


 「作戦を詳しく説明するよ。

 ウォッチポイントΦ……ざっくり地点区分309領域内に件の放棄された研究所がある。

 そこに侵入、内部にいるであろう脅威を排除して、データの確保をして貰う。


 作戦は二部隊、君たち特務実証部隊とナカーザャ隊で遂行する予定だ。ナカーザャ隊も君たちに負けず劣らずの精鋭だ。遅れを取らないようにね。

 作戦開始時刻は本日一四:〇〇ヒトヨンマルマル


 では、準備に取り掛かってくれ。」


 「了解」

 

    ◆


 「……そうだな、靴の裏全体を使ってベタ足で雪を踏みしめるといい。重心を前にかけながらな」


 「けどそれだと雪に足が埋まって疲れるし時間がかからないか?」


 「ん~まぁそれもそうなんだが、一番まずいのは足滑らせてすっころぶ事だからなぁ、そっちの方が体力の消費も時間のロスも激しい。

 それに何より、孤立しかねないのが一番不味い。知ってるだろ?この戦場の損耗率が極端に高い理由。」


 「吹雪によるホワイトアウトや、どこまでも続く同じ景色で方向感覚を失って部隊からはぐれ、そのまま単騎で<N-ELHH>に囲まれ各個撃破……」


 「そう、だから怪我なり滑落なりで孤立しかねない転倒は可能な限り避けなきゃならない。

 そのための時間と体力の消費はある程度コラテラルなものとして受け入れた方がいい。そこを惜しまないことが、この雪原で生き残り続けるコツだ」 


 「なるほど、やっぱり現地の人の意見は参考になるな」


 「褒めても何も出ないぜ?」


 行軍中。

 雪中をナカーザャ隊のリーダーであるユーリーと会話を交わしながら進んでいく。

 

 ユーリーはその厳つい髭面には似合わず思いの他気さくな人物で、雪中行軍のコツを快く教えてくれた。


 気温は低いものの天候は明瞭。

 視界と聴覚を奪い去る吹雪の気配はなく、空はどこまでも澄み渡り、遠方までくっきりと見渡せる。


 「今はそんなに危ない天気じゃなさそうだし、その歩き方を試してみるか……」


 「んにゃ、少し遅かったな。するなら帰り道にしな。

 到着したぜ。あそこが目標の廃研究所だ。」


 100m先に周囲のそれと比較しても明らかに異様な構造物があった。


 想像よりも大きい。三階建て程だろうか。

 一部は長年降り積もる雪の重量に耐えられず崩落し、まさに古びた廃施設といった印象を抱かせる。


「この施設には正門と裏門と、二つずつ出入口がある。

 俺たちは裏から侵入する。お前たち特務実証部隊は正門から行け」


「分かった。

 特務実証部隊集合。これよりナカーザャ隊と共同で研究所制圧作戦を開始する」


「ナカーザャ隊も全員集合!

 内部は恐らく大規模な『巣』になってる、厳戒態勢で臨め!ガキ共に情けない姿見せんじゃねえぞ!」


 定刻一五:〇〇ヒトゴーマルマル。作戦開始。


   ◆


 「……敵影発見、<シルフ型>三体。こちらで対処する」


 斥候として前面で索敵を行っているブルーノから声が上がる。


 「了解、俺達は戦闘音につられて増援がこないか見張っとく!」


 「……武装腕アームド・アーム。」


 機械音を生じながら、ブルーノの腕部装甲の一部が展開する。

 生じた空間に弾帯を叩き込んで装甲を閉じ、構えを取った。


 「……ハッ!」


 ドゴン!と音が鳴り、踏み込んだ衝撃で床に蜘蛛の巣じみたひび割れが走る。


 凄まじい速度で敵に近づきながら、拳が二度三度と空を切る。


 一見無意味に見えるその行動。

 しかし、拳の先端からは爆炎が上がり、視線の先の敵は確かにダメージを負っている。


 武装腕。


 近接攻撃能力と遠隔牽制能力の高水準な両立を目指したというガントレット形状の武装。

 拳打の動きと撃鉄が連動して弾丸を撃ち放つため、武装の切り替えを必要としないシームレスな攻撃方法の切り替えが可能である……


 と、開発思想だけ聞けば有用な品に見えるが、実態は何をトチ狂ったのか?と言いたくなるような頭のおかしい武装だ。


 理由は単純。

 集弾率が極悪なのだ。


 実際にパンチを撃ってみると分かるのだが、「殴る」という動作には脚部のひねり、腰の捻り、肩の軸可動、そして当然肘の可動など多種多様な関節が関わり、完璧に正確な動き、というのはかなり難しい。


 本来は腕の届く範囲だけでそれを行うので特段問題はないが、対象が数m先となる銃撃では話が変わってくる。

 少しの腕のブレでも銃弾の軌道が大幅にずれ、まぁこれが当たらないのだ。

 しかもそこに反動が加わる。やってられたものではない。

 

 結局この点が問題となり、同じ「近接攻撃能力と遠隔牽制能力の高水準な両立」という開発思想で制作されたが思考トリガ型だったが故に集弾率と速射性が遥かに優秀だった腕部積載型パルスカノンとの開発コンペに敗れ、誰も使用しないオプション武装として倉庫で死蔵されることになってしまった。



 だが、眼前を駆ける紫色の疾風は、そんな曰く付きの代物をものともせず銃火を閃かせ突き進む。

 肉体の動きを自らの意識下に完全に掌握せねば出来ない曲芸じみた妙技。

 正確極まる射撃が相手の体を弾き飛ばす。

 

 ダンダンダン!と三連射を決め、そのまま跳躍。壁を蹴って後ろに回り込み、その獣面に拳を見舞う。

 

 爆炎が、吹き飛ぶ敵の顔を明るく照らした。

 

 一拍遅れて襲いかかってくる二体敵の攻撃を潜るように躱して蹴りでカウンター。

 弾かれた敵に飛びかかりながら下へ弾丸を撒き散らす。


 極大威力の弾丸は轟音と共に床や壁に突き刺さり盛大な粉塵を生み出す。

 目眩ましの噴煙を突き抜ける様に敵に向かい直上から下へ、拳骨を振り下ろす。


 振りかぶられた拳が床を割り砕く音と銃声が一体となった奇怪な音が轟き、<シルフ型>の頭蓋が砕け散った。

 

 藤色のボディアーマーが赤褐色の血飛沫と脳漿に濡れる。


 飛び上がりながら爪を振るう敵に対して銃撃でカウンター。

 心臓部に風穴を開けられた敵はストッピング・パワーを耐えることが出来ず大きく吹き飛ばされ窓に張り付くように激突する。

 重力に引かれてゆっくりと落ちる湿った肉塊が、壁に一条の血痕を残した。


 「グるアッ!」


 入れ替わるように襲いかかって来たラスト一体の爪を躱し、装甲で受け、捌いていく。

 背に手をついてくるりと裏側に曲がり込んで一発蹴り、振り向きざまの反撃を姿勢を低くして回避しつつネコ科猛獣めいた逆足に足払いを叩き込む。

 

 堪らず姿勢を崩してよろめく敵。

 その口腔内に渾身の一撃を叩き込み、発砲。


 口腔内から後頭部へ。

 突き抜ける弾丸が、敵の命を奪い去った。


 拳を引き抜くと同時、再び装甲が滑らかに展開。中から真鍮色をした空薬莢がカランカランと音を立て零れ落ちる。


 「……脅威排除完了。終わったぞさわた……」


 流れるような動きで敵を排除したブルーノがこちらに呼びかけてくる。


 しかしその言葉を、最後まで聞き終わることはなかった。

 

「ガッ!?」


 衝撃が、俺の胸に突き刺さる。

 バキリと音を立てて装甲が砕け、肋骨も威力に耐えかねゴキリと嫌な音を鳴らす。

 肺腑が押しつぶされ、血混じりの空気が口から漏れる。


 吹き飛び、宙を舞って彷徨う視界の中、眼球が敵を探して蠢く。

 

 正面には誰もいない。

 なら、どこから。


 敵を判別すること能わぬまま、盛大に吹き飛んだ体が壁を砕く。

 外に放り出された。室外。急激な気温変化を感じる。


 地上3階。

 重力が俺の体を引きずり降ろさんと纏わりつく。


 「ナメん、なぁ!!」 


 遠ざかる意識と耳を苛む警告音の中、腕部からワイヤーを射出して壁面に固定。

 ぶら下がる。

 

 壁面にしがみついて体の安定を感じた瞬間、胸部装甲の亀裂から金属光沢を放つ欠片が落ちた。

 その欠片は白い地面に落ち、雪中の中に深々と埋もれる。


 この重量、間違いない。


 極超圧縮金属弾頭。それも威力に優れる狙撃弾。


 <UN-E>で採用されている超威力の弾丸が、俺の命を吹き消さんと襲いかかってきたのだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る