第44話 新生・総司令官直属特務実証部隊

 「市街区の酸素濃度低下!これ以上は一般市民の安全が確保できません!」


 司令室に悲鳴の様な報告が響き渡る。


 「換気扇システムの修復はどうなっている!」


 「作業中ですが<N-ELHH>の攻撃を受け難航中!スプリンクラー設備も同様です!」


 「クソ!」


 ギリ…とミロンの口端から歯ぎしりが漏れる。

 冗談ではない、このままでは民間人兵士含めて全滅する。


 「どちらにせよ目の前の敵を打ち払わない限りはどうにもならないというわけだね……」


 「それなんですが、こちらを!」


 オペレーターが叫び、ある映像がスクリーンに大写しになる。

 

 焼けた大地の上に周囲のそれより一回り大きい怪物が立っている

 目を引くのはその腕部。異様に発達した両腕の前腕部から拳に掛けて籠手か何かの様に肥大化した茶褐色の甲殻が張り付いている。

 

 甲殻が切りかかる兵士の刃を阻む。

 渾身の斬撃を防がれた反動で体幹を崩したその兵士に向かって重々しく腕を振りかぶり、一撃。

 装甲ごと胸郭を粉々に砕かれた兵士が血肉と露出した骨片をまき散らしながら吹き飛んだところで、映像は乱れ、途絶えた。

 

 「<ドワーフ型>……!」


 奏がつぶやく。


 「電波阻害の影響で不明瞭ではありますが、恐らくそうかと!」


 「これが今回の敵側の『核』か?」


 <N-ELHH>は上位種が撃破された際、本能によるものなのか、攻撃の手を止め撤退行動に移る場合がある。

 この撤退の原因となりうる上位種を<UN-E>では俗に『核』ないしは『中核』と呼称している。


 「戦術マップを出してくれ!」


 奏が叫ぶとR-05地区市街地の地図と兵士の位置を示すマーカーが立体的にホログラム投影される。


 「<ドワーフ型>の撮影位置は恐らくここだな……周辺にそれなりの数の兵士はいるし、少数とは言え敵陣を突破して近づきつつあるのもいる」


 乱戦の中でじりじりと後退しつつある戦陣において、四つの光点が敵陣を凄まじい勢いで駆け抜けていた。

 

 「可能性はある、というわけです、奏総司令官、指示を」


 ミロンが奏の方を見る。


 「よし……作戦目標変更!可及的速やかに<ドワーフ型>を撃破せよ!<ドワーフ型>攻略に参加できない物は全力で戦線維持!ネズミ一匹通すんじゃない!」


 「了解!」


 「オペレーター、電阻濃度は!?」


 「65%です!マーカー送信と指令伝達ぐらいならばなんとか!」


 「よし、送信しろ!」


    ◆


 眩む目に命令の通知が刺さった。

 <ドワーフ型>の可及的速やかな撃破。示された位置はそう遠くはない。


 もう残された時間は少ない。

 ナイフを構え、駆け出す。


 曲がり角を曲がった広場に、そいつはいた。

 赤い炎を背にした怪物。

 瓦礫と死体の山の上に立つ、死屍累々の主。


 「あがっ」


 歪な手で縊り上げていた兵士を放し、地面に落とす。

 それをなんでもない様に叩き潰し、こちらに視線を向ける。

 血に濡れそぼった、敵意の目線。


 瞬間、ビリリと来た。

 周囲の雑魚とは比べ物にならない。

 おそらくは以前交戦した<エリアル型>と同等、もしくはそれ以上の脅威。


 【従え。】


 周囲の<N-ELHH>ごと隷属を強いる……だが、奴の様子に変化はない。

 効かなかったか。まぁなんとなくわかっていたことだ。


 【殺せ。】


 指示を変える。

 動きを止めた<N-ELHH>達が一斉に<ドワーフ型>に襲い掛かるのに合わせ、自らもナイフ片手に突撃する。波状攻撃だ。


 いの一番に飛びついた<N-ELHH>が腕に叩き潰される。

 その陰から迫りナイフをふるう。


 「……ッ!」


 逆の腕で弾かれた。

 粒子振動刃すらあの甲殻は通さないのか。

 

 危機感。

 飛び上がって反撃を避け、追撃は蹴り返して防御。

 着地ざまの二連叩き潰しをステップ回避、のち背後に回ってナイフの一撃を——


 仰け反る。

 攻撃を仕掛けようとした瞬間腕部が振りかざされた。ブリッジ回避していなかったら上半身がなくなっていたかもしれない。

 そのまま上体の筋力を生かしてバック宙を踏んで後退。

 

 隙を埋めるべく怪物が立ちはだかるも足止めが精いっぱいだ。

 だが、それで十分。再び踏み込んで反撃を、と思った瞬間に体が不自然に傾いた。


 眩暈がする。

 よりにもよってこんな時に——


 攻撃を躱せない。

 強引にカウンターを狙うしかない。


 右手を引き絞った刹那、黒い影が割って入った。


 ガゴン!と凄まじい音を立てて甲殻と装甲がぶつかり合い、生じた隙に横合いから誰かが私の体を攫った。


 「沢渡さん!」


 「よぅし、無事だな……!」


 目の前の巨影も、攻撃を防ぎ切って距離をとっていた。

 入れ替わるかの様に矮躯の男が空気を切り裂いて敵の前に立つ。


 「集合、だな。


 ……反撃開始だ」


 いつも気力を与えてくれる力強い声色が、囁く様に耳朶を打ち、吸えもしないのに息を吐いた。


    ◆


 「あの人達は誰……人でいいんですよね?」


 立ち上がった雨衣ちゃんが問うてくる。

 

 「バッチリ人だし、ここにいる間は同じ部隊として行動するそうだ。生き残って顔合わせするぞ!」


 叫び返す。


 視線の先ではブルーノがその小柄な肉体から繰り出される剛脚で大きく敵を後退させていた。


 

 時間がねえんだ!


 「速攻最速決める殺す!」


 気合を入れて加速。

 勢いを乗せて甲殻に斬撃を打ち込む。


 斬撃を受けた甲殻は白熱化こそしていたが溶断には至っていない。

 なかなか頑丈だ。


 「上等!」


 反撃を横っ飛びで躱して横合いから反撃、再び襲ってくる腕を飛んだ後に錐もみ回転して受け流す。

 着地と同時に足元を狙って二連切り払い。防がれたので甲殻を蹴り跳躍。少し高い位置にある頭目掛けて拳を叩き込む。

 

 「ガあッ!」


 「グオッ!?」


 拳は完璧に入り、相手の体が揺るいだものの、反撃の一撃が胴に入る。

 どうにか非実体剣のフレーム部分で受けたたためダメージは最小限だが、剛力を喰らい後ろに弾かれる。


 「切り替えスイッチ!」


 入れ替わるように黒鉄の女武者が前に出る。


 「フン!」


 振りかざされる横殴りの一撃を装甲で受け、左腕の盾で負けじとど突き返す。

 甲殻と鋼鉄がぶつかり合う。轟音と共に火花が生じて、装甲各所の差し色のオレンジを明るく照らした。


 尋常ならざる剛力の衝突の中にあって、双方共に退くことはない。音響が加速、ボリュームも上がる。


 「ぬお、りゃあああああ!」


 そしてついに、右腕のチェンソーが甲殻をとらえた。

 大して鋭くもないチェンソーの刃、普通に考えれば非実体剣すら阻んだ甲殻をどうこうできる道理はない。


 だが、チェンソーはその回転ゆえに一度斬撃に巻き込んだ相手を離すことはない。

 火花をまき散らしながら食い込んだ刃が、少しの間を置いて右腕の甲殻を破断した。


 欠片が舞い散る。

 ジャンナの装甲各所から、熱を帯びた蒸気が漏れた。



 「行きます!」


 オーバーヒートしたジャンナに変わり雨衣ちゃんが飛び出す。

 

 敵の甲殻は破断し、蜘蛛の巣状のひび割れが走ったといってもまだ腕に変わらずついている。

 それを敵は振りかざし、敵を叩き潰さんと地響きをあげながら叩きつける。


 対照的に雨衣ちゃんは軽やかな動きで飛び跳ねて躱し、一撃たりとてもらうことはない。


 股抜きのスライディングで後ろに回った瞬間、振り向き様の左腕の一撃が振るわれる。速い。


 だが、それを雨衣ちゃんはわかっていたかのような動きで宙に舞って躱し、甲殻を蹴ってさらに跳ねた。


 「そこっ!」


 落下速度を生かして右腕の甲殻と甲殻の隙間、その肉にナイフを突き立てる。甲殻部分以外は硬いといってもたかが知れている。刃が通らないほどではない。



 「……ハァ!」


 シンプルな両刃剣を引きぬいたブルーノが敵に掻き消えるかのごとき速度で駆け寄る。

 手負いの右腕を隠すかのように振るわれる左腕の一撃を無造作に振るわれる斬撃で迎撃する。

 

 敵の左腕が力負けして大きく弾かれた。

 そのまま弾かれた左腕、その甲殻で覆われていない付け根に向かって、飛び上がり踵降としを繰り出す。


 非装甲部位はその衝撃に耐えることが出来ず、体液を盛大に撒き散らしながらちぎれ落ちた。


 「……そこッ!」


 庇うかのごとく前に突き出される右腕を見据え、ブルーノが剣を提げぬけんを握り締める。

 雨衣ちゃんが突き刺したナイフの束頭。その一点に拳がブチこまれる。


 人力パイルバンカー。

 

 拳の衝撃が風圧となって俺の髪をもてあそぶ。

 生まれた二重の威力は、既に大きな瑕疵を負っていた甲殻を木っ端微塵に打ち砕いた。



 「さぁて!最後は俺か!」


 奴にもう身を守る手段は残されていない。

 このまま一気に決める!

 

 <Ex-MUEB>メインシステム・戦闘モード変更。戦闘種別、<高高度飛行戦>。


 ウィングバインダー展開。非実体剣を鎌の形状に変形。


 スラスト。

 背部の二連巨大バーニアが青い火を吹き、俺の体を恐ろしい速度で前に突き飛ばす。

 10m程の距離を刹那に詰めきった俺は、ハイキックを奴の顎に叩き込んだ。


 堪らず奴の体が浮き上がる。

 狙い通り!


 「ラァァァァァァァアアアアアアアッ!」


 ウィングバインダーの本領は空を舞うこと。ならその通りに使ってやるよ!


 刃で、柄で、足で、拳で、息も吐かせぬ連撃を疾風怒濤の勢いで叩き込み、敵の体を上方にカチ上げ続ける。


 「ハーッハハハハハッ!」


 高笑いが地下空間に反響して響き渡る。


 「オラそのチンケな右腕も邪魔だろ!ブッた切ってやらァ!」


 「ギいイいイいィぃッ!」


 一閃。弧を描く光刃紅刃が右腕を断ち切り遥か下方に落とす。


 「終点だぜお客さんッ!」


 鎌を一回転、向きを変え柄頭で突き込む。


 轟音。

 弾かれた敵の体が地下世界の天井に埋まる。欠けた瓦礫がパラパラと外界に落ちていく。


 「これで、終わりだァ!」


 最大解放バスター・ソード

 振るわれる13mにも及ぶ長大な光の刀身が、天井諸共<ドワーフ型>の体躯を切り裂いた。

 

    ◆


 無数の<シルフ型>達が、<ドワーフ型>の撃破を受けて徐々に後退し、街区から退いていく。

 

 「終わった……か」


 だが、<N-ELHH>が去ったとは言えども、街中に飛び火した火災は未だ燃え盛り、兵士民間人合わせての死傷者の数は以前として把握しきれない。


 状況終了。

 凄まじい被害の爪痕を残しながらも、R-05地区市街地防衛戦は幕を閉じだ。


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