第43話 烈火の戦場
「援軍って所か!?」
ネックスプリングで跳ね起き、立った勢いで迫る敵を断ち切りながら尋ねる。
「はい、奏総司令官から、このR-05地区に皆さんがいらっしゃる間は、特務実証部隊として行動しろと!」
「なるほどな!」
奏め、また勝手な真似を。
だがこれだけの手練れが仲間としているのは……心強い!
おそらく、機械生命体……ジャンナが使用している戦闘種別は<重装甲耐久戦>だろう。
通常装甲の上から重厚な追加装甲を取り付けることで防御に特化した盾タイプの先頭スタイルだ。その防衛力、継戦力には目を見張るものがある。
また、追加装甲に取り付けられたバーニアなどのおかげで馬力も高く、通常兵種が保持できない大火力火砲の使用も可能だ。
だが、代償というべきか、その取り回しは極端に悪い。
<Ex-MUEB>の大出力アクチュエーターやバーニア各種を以てしても装甲厚故の巨大質量の制御はいかんともしがたくどうしても動きが鈍重になる。
また、生身の時と体の重量バランスが大きく変わってしまうため、戦うことはおろか、一歩歩くことすらままならず転倒という事態も頻発してしまう。
総じて、使用者を選ぶじゃじゃ馬という印象だ。
だが。
「せぇあぁぁぁぁ!」
敵の群れの中に飛び込み、四方八方からの攻撃を全く意に介することなく大立ち回りを演じる彼女の動きからはそうしたぎごちなさが一切見受けられない。
無闇矢鱈と動くのではなく、重量バランスの変化と鈍重さを受け入れ、相手の攻撃を受けながら距離を詰める動きが体に染みついている。
擦過音を立てて装甲に浅く傷をつける爪牙の主を上からたたきつけられる左腕の盾が叩き潰す。
鋭く重たい角での突撃を右腕に固定されたチェンソーで迎撃。敵は血飛沫を上げながら弾け飛んだ。
シールドバッシュが相手を瓦礫の山に叩きつけ、重々しいチェンソーの一撃が敵の群れを一息に切り裂いた。
……強い。
そして、その隣でシンプルな両刃剣を振るう小柄な男……あれはなんだ?
「……ッ!」
そこには裂帛の気合も絶叫もない。ただ、命を奪い去る動きがあるのみだ。
だが、その動きが明らかにおかしい。
敵の攻撃を片手で受け止め、強引に振り回し建物の壁に叩きつける。
バチャン!と肉を叩き潰す湿った異音が鳴り、敵は血染になり消え失せた。
建物は蜘蛛の巣のようなヒビが入るや否や、地響きを挙げて崩れ去る。
人一人が引き起こしたとは到底思えない異様な光景に驚愕する間もなく、男は転移を思わせる速度で次の敵の群前に移動、 剣を握る片手を引き絞る。
剣筋も技量もない、棒でも振るかのような振り下ろし。
次の瞬間、雷鳴の様な轟音。
敵は真っ二つに切り裂かれ、足元の地面が大きく陥没していた。生まれる衝撃波で、敵の群れが吹き飛んでいく。
……あのふざけたパワー、<近距離格闘戦>を使っているとしか思えない。
だが、<近距離格闘戦>は圧倒的な膂力と速度を着装者に齎す一方、反動でその体を確実に蝕んでいく諸刃の剣。
俺も何度か使わざるを得なくなった事は在るが、全身がGで圧迫され胃の中のものが全て出ていくのではないかという苦しさ、振るう腕が肩口から勢い良くすっぽ抜けるのではないかと思わせるほどの関節部の激痛は筆舌に尽くしがたい。
もし意思の力で痛みを捻じ伏せたとしても、戦闘が長引けば、筋肉は断裂し、骨は砕け、内臓は圧迫に耐え切れず破裂。体が追い付かなくなっていく。
だというのに、ブルーノが反動に苦しむ様子は一切ない。
……あの化け物じみた負荷に、完全に適応しているとでもいうのか?
だとするなら、彼は、純粋な怪物だ。
「あの、雨衣さんは!?」
「数が数だからな、散開した!向こうも南に進んでるっぽいからそっちで合流できると思う!」
「了解です、なら今は奥へ!行くよブルーノ!」
「あぁ、今向かう」
◆
「ぐあああぁぁぁ……」
末期の絶叫の中を駆け抜けてナイフで敵の血管を切り裂く。
散る鮮血をジャンプで潜り抜けて正面からの一撃を躱し、心臓に刃先を叩きつける。
引き抜くと同時に回し蹴りを放ち、顔面を砕く。
【来い。】
そこらにいた<N-ELHH>を隷属させ、飛んでくる小石から身を守る盾とする。
隷属した<N-ELHH>は風穴だらけになり地に落ちた。
ナイフを順手に構え直し、息をつく。
火の粉が目の前を舞う。
正面に広がるは屍山血河。
民間人、兵士その別を問わず、骸が火の海の中を転がっていた。
周囲にいたはずの友軍は確実に数を減らし、気づけば私を除いて数人になっていた。
かくいう私もが疲労がかなり大きい。くらくら、する。
泣き言は言ってられない。
敵がいる方へ走り出す。
戦術を持たない<N-ELHH>だが、仲間の数を一定数減らされれば撤退する。その程度の理性はある。
それまで、殺し続けるしか……!
敵の横をすり抜けるように駆け抜け、すれ違いざまに首を落とす。
「大丈夫ですか!?後ろへ下がって!」
蹲る民間人を立ち上がらせ、後ろに退くよう促す。
だが、下がらせたところでどうなる。
武器持たぬ市民たちにとってはここが生活の場であり、敵から身を隠す避難所。
割られてはならない防衛ラインは既に割られた。
逃げ場などない。
退く場所などもうないのだ。
そして、仮に、生き延びたとしても、戻る場所も……
歯噛みする。
ヒビが入りそうなほど、強く。
「ぐご」
顔面にかかった隣の人の血が、脱力仕掛けた心を取り戻させた。
嫌悪感と恐怖に顔が歪む。
人が死ぬのは嫌だ。見たくない。
だから、なにがなくとも、今は一人でも。
「ハァッ!」
くるりと身を翻して、敵を切り裂く。
炎と血、屍を踏み越えて、奥へ。
【喰い荒らせ。】
怪物共に共食いを命じながら前に進む。
襲い掛かる奴隷の攻撃を擦り抜けた個体の一撃が体をとらえた。
「ガッ……」
敢え無く弾き飛ばされる。
だが、交錯の瞬間にナイフを胸に突き立てている。
体が地に落ちて泥に塗れると同時に敵が崩れ落ちた。
「グッ……」
どうにか立ち上がる。
どこも折れていない。まだやれる。
敵の胸からナイフを毟りとる。
その瞬間、バキリといやな音がなった。
10m先、焼けた建物が崩れ落ちる。
その直下に戦闘する兵士。
「いっけ……!」
萎える足に鞭打って走りだし、その背を突き飛ばす。
そのあとすぐにナイフで腕を落として無力化し、飛びのく。
直後、焼けた瓦礫が盛大な火の粉を散らしながら落ちる。
どうにか巻き込まれることは避けたものの、体勢を崩す。
その拍子に、表示が目に入った。
酸素が、失われつつある。
◆
通常地下空間は、地上空間と繋がる複数の巨大な換気扇と、植物だけで空気循環が成り立つように設計してある。
だが、インフラの悉くが破壊されつつある今は、換気扇の一部が電線を切断された事で動きを止め、排気が滞り始めていた。
その上で、この火災である。
読者諸兄もご存じの通り、火というものは酸素を消費し、二酸化炭素を排出することで燃焼する。
<N-ELHH>との戦闘で消火が後手後手に回り、街区全体に広まりつつある火災は、残留する酸素を喰らいつくすのには十分すぎる規模になっていた。
天音雨衣が感じる異様な疲労と眩暈もこれが原因である。
極地戦闘に向けて人工呼吸器と小型酸素ラングが取り付けられた<Ex-MUEB>の着装者すらも不調を感じる程の低酸素状態。
後方にいる避難者の内でも、呼吸器機能に劣る児童や老人たちからは窒息死する者が現れ始めていた。
残された時間は、余りにも少ない。
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