第42話 R-05地区市街地防衛戦

 ……噛み砕くのにかなり時間がかかったが、やはり状況はかなり不味いらしい。

 まさか市街区まで<N-ELHH>が流入しかけているとは……想像以上にギリギリの戦いを行っているようだ。


 ここ数ヶ月の戦いの流れを追い、芳しからぬ記述に眉をひそめた瞬間、俄にして司令室が騒がしくなった。

 赤色灯が回り、サイレンが音を立てる。


 咄嗟にコンソールを操作したオペレーターが悲鳴のように現況を伝えた。

 

「レーダーに感あり!市街区防衛ライン近辺に<N-ELHH>反応!いえこれは……

 

 


 防衛ラインを突破!市街地に<N-ELHH>が侵入しています!」


 一段高い所に腰を下ろすミロンが苦々しい顔をして問いただす。


 「守備隊はどうなってる!」


 「敵の侵攻を食い止める事ができず、潰走しています、撤退すら厳しい状況です!」


 「状況は火急的という他ないな……総員第一種戦闘配備!準備完了次第即座に出撃、何としても市民を守れ!」


 「旅団メンバーも状況は聞いていたな!我々も出るぞ!オペレーター各員はこの場にいない兵士への出撃命令、急げ!」


 「「「了解!」」」


    ◆ 


 走りながら<Ex-MUEB>を着装。着装完了と同時に展開していた装甲がオートで閉じる。ヘッドバイザーを降ろして戦闘準備完了。


 道中雨衣ちゃんと合流し、ゲートの外の連絡通路を駆け抜け、市街区へ足を踏み入れた。


 周囲を見渡す。


 「こいつァ……」


 一言で言うのであれば、渾戦であった。

 兵士、<N-ELHH>、民間人。三要素が渾然一体と戦場で混じり合い、全く戦場の統制が取れていない。

 

 「畜生!放せってんだよこの怪物!」


 「息子だけは、息子だけは勘弁して……」



 悲鳴と怒号が響き渡り、どこかでまた断末魔が挙がる。

 レンガ造りの町並みが血色に染まりゆく。

 燃料施設が襲われたのだろうか、盛大な火の手が街を覆い、戦力を分断していた。


 もう滅茶苦茶だ、戦術もクソもあったもんじゃない。

 今はとにかく一体でも多く殺して状況を打開するしか無い……!


 そう考えて、光子銃を跳ね上げて狙いを定めた瞬間、気付いた。

 

 撃てない。


 撃てないのだ。

 

 下手に撃てば民間人を巻き込みかねない。


 俺が持っている光子銃は射撃時に大気中の屈折率の関係などで一部が細かな粒子になって拡散してしまう。

 そして、その粒子一つ一つですら莫大な熱量を持つ。<N-ELHH>に通用せずとも生身の人間を溶断、貫通するには十分だ。

 救うべき民間人を穴開きチーズにしてしまっては本末転倒である。


 実弾タイプの銃だったとしても、極超圧縮金属弾頭の射撃はソニックウェーブを発生させる。

 これもまた人間には致死的な威力を持つ。直撃すれば骨を砕き、臓物をかき混ぜ、空高く弾き飛ばすだろう。

 

 要するに……<N-ELHH>に通用する銃火器は使えないのだ。

 必然的に距離を詰めての格闘戦しかない。 


 <Ex-MUEB>着装者であっても近接戦はリスクが高い。

 跳ね上がる被弾率、体に襲いかかる反動。


 そうして徐々に数を減らし、抑え切れなくなった結果がこの混迷を極める戦場という訳だ。

 市街区にまで<N-ELHH>を踏み込ませた以上、この酸鼻は避けられないものだったのだ。

 その事実に気付いて鼻にシワを寄せる。本当にろくでもない!


 

 「雨衣ちゃん、ドローンはしまえ!近接武器だけでやるしかない!行くぞ!」


 「了解です!」


 頼もしい返答を受け取ると同時に左右に散開。

 

 <Ex-MUEB>、メインシステム・戦闘モード起動。戦闘種別<中距離射撃戦>


 負担がでかすぎる<近距離格闘戦>は温存だ。<中距離射撃戦>でも化け物と格闘するに足るだけの力はある。

 

 

 左腰のハードポイントから非実体剣を抜刀し、間髪入れず起動。

 仄赤い燐光が周囲を照らした。


 足裏のバーニアの稼働率を引き上げ地表を滑るようにマニューバー。民間人に喰らいつかんとした怪物の胴を横一文字に一閃、薙ぎ払う。

 

 「さっさと奥へ逃げろ!」


 助け出した民間人に言葉を投げる。そこからどうするかは本人の選択だ。かまっている暇はない。

 


 分断された死骸を尻目に、敵ひしめく混迷の領域に突撃する。


 突っ込んできた敵の一撃を回転して躱し、勢いを利用して刃を敵に食い込ませて断ち切る。

 振り下ろされる腕を刈り飛ばし蹴りを叩き込んで視界から排除。

 

 

 顔を上げるた瞬間、岩か何かがこちらに飛んできた。ほとんど脊髄反射で切り伏せた。

 そのあとも次々とガレキが投げつけられる。胴体を穿たれた<UN-E>の死骸もその中に混じっていた。人間は小石じゃねえんだぞ!

 装備含めれば100kgオーバー、直撃すればただでは済むまい。


 それを躱し、避け、どうして避けきれないものは叩き斬った。

 

 切られた瞬間、男が微かに呻くのが聞こえた。まだ生きてやがる、胸糞の悪い!

 二つに分かたれ、地面に落ちた体は、臓物を撒き散らしながら転がっていく。


 「すまん!」


 真っ二つになった仏さんに詫びつつも一気に前進。

 剣を二回振るい、鋭く長い三本の爪が付いた腕を肩口から切断する。

 上半身をダルマにした後、胸に突き一発。トドメだ。

 その後面に一発蹴りを叩き込んでそこらの敵にぶつけてやった。趣味の悪い攻撃しやがって、意趣返しだ。


 横を見ると、四つ足の鰐めいた敵が食らいつかんと襲いかかってくる。歯には喰らった人間の右腕が引っかかっており、指の先端から滴一滴と血を垂らしていた。気色の悪い!

 

 ショートフックを顔面に一発、堪らず開いた口に刃を食わせ、そのまま加速して奥まで振り抜く。

 四足歩行の姿勢のまま、上下に分断される敵。<N-ELHH>の三枚おろしってな……二枚だわ。


 「うわぁぁあ!」


 直後絶叫が耳に入る。畜生!

 民間人と兵士それぞれ1名!

 ガンダッシュ後ジャンプで空中に舞う。空中から粗雑に振り回し剪断。


 兵士はどうにかなるだろうが……民間人は臓器まで傷が行ってる、間に合わなんだか!

 

 「こぎゅ」


 歯噛みした次の瞬間、上から肉塊が落ち、助かった筈の兵士すら押しつぶした。半歩横から振動を感じる。

 舞い散る血飛沫が視界を遮った。


 「あぁもうさっきから!目の前で死なれると、目覚めが悪ィんだよ!」


 遮二無二右手を振り回し、 敵を賽の目状に解体。

 

 肉片の裏からさらに敵が飛び出してくる。

 首を飛ばした後に肩を踏みつけて跳躍。空中で体をよじって壁面に足から着地、壁走りと壁跳びをくり返して、電波塔らしき建物の上に飛び移る。

 

 地表15m、電波塔の足場の上には敵がわんさとひしめいていた。さっきのデカブツもこっからだな?

 

 足がつく前に攻撃を仕掛けて来た二体に両足で蹴りを見舞って地表に叩き落としてから着地、スイッチをいじって鎌の形状に変更する。


 電波塔の柱を敵の攻撃を凌ぐ影として扱い、その周辺で円舞のように体を動かして敵の命を収穫してゆく。

 赤い残光が弧を描いて散るたびに、千切れ飛んだ怪物の部位が舞い上がる。

 

 直上からの一撃。最後の命が斜めに崩れ落ちた。


 電波塔上の敵が一つ残らず死に絶えたと同時、電波塔の全ての鉄柱が切れ、上半分が傾き始める。

 

 「ヤベッ!」


 残った下半分を足場として駆け上がり、上半分を人のいない方向に思いっきり蹴り飛ばした。


 轟音と共に巨大構造物が大地を滑る。敵の一軍を容赦なく轢き潰しながら。


 ウィングバインダー展開。流石に自分で設定調整しなけりゃなら無かった初期型と違い、動きが段違いにスムーズだ。

 地表に向かってエンジン点火。


 落下エネルギーと巨大バーニアの推進力を込めた一撃で足元の敵を両断する。


 反動を逃がすべく、地面に足を擦るようにして着地。

 

 軽く息を吐く。

 あれだけの破壊をしたにも関わらず、敵の数は全くもって減る素振りがない。

 民間人の避難や戦力の立て直しも遅々として進まず、状況が良くなる兆しもない。


 「ハァ……流石にしんどいぞこれ……!」


 弱音を漏らした次の瞬間、敵が背後から襲いかかってくる。


 「チッ!」


 反応が遅れた、避けきれん!


 背部から迫る衝撃を覚悟したものの、それは訪れることがなかった。


 一見すると機械生命体か何かにしか見えないデカい何かが、分厚く大きい盾で攻撃を受け止め、その陰から飛び出した男が、実体剣で敵の脳天を切り裂いたが故である。


 機械生命体が叫ぶ。


 「<UN-E>R-05地区基地所属、ジャンナ・ジロフとブルーノ・レズリン、総司令官の命にて特務実証部隊を援護します!」


 その声色は、無骨極まる見目にそぐわず、鈴のように高く軽やかであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る