第38話 <テミス事件>
「ここか?」
「そうだな……事前に知らされた情報によると此処で間違いない……」
地上。
<Ex-MUEB>を着装した二人組が言葉を交わしている。
「ただの寂れた廃墟にしか見えんがな……」
「同感だ。こんなものをアジト替わりに使うとか、どれだけ資金繰りが火の車なんだって話だ」
「ともあれ、情報は確定しているんだ。手早く済ませよう。」
◆
<UN-E>本部基地崩落事件から数週間の後。
<UN-E>総司令官である奏栞……私は、円卓に着いていた。
じっとりと張り付くような緊張感の中、口火を切る。
「<テミス不可侵宣言>、という物がある。」
周囲には老獪さを思わせる狸爺ばかりだ。
だが、その狸爺共も今は黙りこくって動きやしない。
冷や汗すらかいているのではないかと思わせる。
「<テミス不可侵宣言>、我ら<UN-E>と『国共軍』が派閥抗争の末、袂を分かつことになった際に決められた条文だ。
その内容は主としては二つ。
一つ。<UN-E>、『国共軍』の二組織は、戦線において重大時局が生じた際に、将官以上の階級の者を構成員とする合議の場を設けるべし。招集の権限は各組織のトップがそれぞれ保有するものとする。
これによって今、貴方がた『国共軍』の上層部とこうして顔を合わせることができている訳だ。状況が切迫していたものだから私が単独で押し掛ける形になってしまったが……そこはまぁいい。問題は二つ目だ。」
「そ、それは……」
「人が話してる最中だ。野暮な口出しは止めて頂きたい。
さて、続きだ。
二つ。理念の違いこそあれ、双方共にその起こりを国連軍に発し人類種への貢献を目的とする二組織は、その目的から鑑みるに、対立構造解決の手段としての武力介入を厳として認めない。」
◆
扉を開くと、碌に油も差していないのだろうか、キィ……と不快な音が鳴った。
男達は銃を構えたまま、警戒しつつ内側へと足を延ばす。
酒場、だったのだろうか。
カウンターを思わせる横に極端に長い机と、そこに並んだスツールには埃が積もっている。
裏には冷蔵庫や、棚に置かれた酒瓶、かつては琥珀色の液体をなみなみと湛えていたあろう精緻なカットを施されたグラスなどがあり、常温環境に長い時間晒されていた食品たちが、饐えた匂いを放っている。
今はもはや水を受け止めることは無いであろう流し場に目をやれば、錆びた包丁がそのまま転がっている。その周辺には、液体の付着跡を思わせる黒ずんだ染み。
ここの主は、包丁を洗っている最中に逃げ出さねばならないほど、切羽詰まった状況に置かれていたのだろうか。
或いは、歪み続ける世界に、望みを捨てたか。
――真実を知るものは、もういないのだろう。
「酷いな、これは……」
男の一人が口を開く。
「本当にここがそうなのか?とてもそうは見えないが……」
「奴らがそれと気づかれないように、放棄当時の形を崩さない、細心の注意を払っているだけかもしれない。今はただ、丹念に探すだけだ」
「そうだな」
男たちは呟きつつも、銃の先端に取り付けられた懐中電灯で暗がりを照らしながら捜索を続ける。決定的な証拠の。
男の一人が違和感に気づいたのは、棚の近くで屈み込んだ時だった。
「ん?なんだこれ……不自然な切れ目がある……」
「何か見つけたのか?」
「ん、あぁちょっとな。」
手のひらでその切れ目の近くに触れ、押し込んだ瞬間、カチリとクリック音が小さく鳴り、切れ目に沿って木板がスライドした。
それによって生じた穴からは地下に伸びる階段が顔をのぞかせている。
「……ビンゴ」
「忍者屋敷か何かか……」
穴はかがめば成人男性一人ならば優に入れる程のサイズがあった。
「行ってみるか」
「目標はこの先だろうな」
男達は、深淵に足を踏み入れる。
◆
「先の貴方たちのウチの本部基地への占領作戦と、その結末としての崩落。
これは、明確にこの条文に違反している。
今までも物資搬入に際して、どこの手のものとも知れない戦力にちょっかいをかけられる事はあったが……流石にこれは看過しえない」
「ち、違う!!それは、それは、我々は……関係ない!!あ、あんな部隊、我らの知る所ではない!!その占領作戦だって我々の感知しえないところで行われた!!我らに責任はない!!」
「違うゥ?」
ならば見せてやろう。お前らの罪咎の証を。
「お、おい、何を……」
服の前ボタンを開ける。
下着が露になるが、さしたる羞恥はない。
こんな奴等に見られたところで、何を恥じる所があろうか。
乱れた襟口から肩をだし、下着の紐を指先で摘まんでどかす。
そして、その下にある包帯を剥ぎ取った。
「組織のトップにこんな大ケガさせておいて、知らぬ存ぜぬは通らないだろ?」
外気に晒された素肌には、大小問わない古傷が踊り、その中でも一際大きな、真新しい傷口がある。
先日縦断を浴びた際に出来た傷跡。
彼等の責任を示す何よりの証拠。
「そ、それは……」
「失礼。お見苦しい物をお見せした。」
手早く包帯を巻き直し、前を閉め直す。
「まぁ貴方がたからしてみれば、私があの基地から生還し、この席に着くことなど想定していなかっただろうから、そんな稚拙極まる責任逃れしか出てこなかったのだろうが……まぁいい。
とにかく、我々<UN-E>は先日の貴方がたの行動を許容しない、容認しない。
人類全体の存亡が如何という時に、こんな選択はしたくはないが、振り払う火の粉は払わねばね」
「何を……考えているんだ!!貴様はァッ!!」
「決まっているさ。」
そこで一旦言葉を切り、
「今ここに宣言する!貴方達『国共軍』に対して、宣戦布告を!」
そう、告げた。
同時に、老人達の服の中から、アラームが鳴り響く。
「な、何だッ!?」
「何があった!」
「落ち着け、落ち着いて話せ!」
「死にぞこないめ!!貴様……何をしたァ!?」
◆
「合図だ!攻撃開始!」
「了解した!死ぬんじゃないぞ!」
「死ぬわけがないだろう!」
男たちがやり取りを交わし、手に提げた銃器を目の前の敵勢力に向ける。
「クソ!!来やがった!応戦しろ!応戦!!」
「畜生!!なんでこの場所が分かったんだ!?」
銃弾が男達の体に襲いかかる。
射撃音が続く。
マズルフラッシュの閃光が視界を灼き尽くし、硝煙の匂いが地下空間を満たす。
だが、銃声が止んだ時。
二人の男達の体には傷一つ無かった。
「通常弾頭が、<EX-MUEB>の装甲を貫徹するわけがないだろうが……」
「お返しだ。」
引き金を引く。
先程の銃声とは全く比べ物にならない大音響が二人の男達の声すらかき消した。
<Ex-MUEB>対応銃で使われる、超極圧縮金属製弾頭は、その規格外の質量故に空間を飛翔する際にソニックブームを生み出す。
その衝撃波は、<N-ELHH>に比べて脆弱極まる人体などいとも容易く裂き砕く。
「うぁぁ……うわああああッ!」
「嫌だ!死にたくな――ッ!」
「やめろ!!やめてくれえええッ!」
「少将!基地が!基地がッ!!グアアアアア!!」
放たれた弾丸は一発当たりに三人の命を奪い去った。
衝撃波に打たれた体は宙を舞いながら爆裂し、末期の叫びが地下空間を満たす。
「あーあ、これだからこの銃人に向けるのいやなんだよ……」
銃声と断末魔が止んだ時、黴の匂いは完全に血の錆びた鉄の様な匂いに塗り替えられ、何も知らぬ者が見れば銃殺体とはとても想像できぬ様な酸鼻極まる肉片で溢れかえっていた。
「……奥にもまだいるだろう、掃討するぞ」
「了解。」
◆
「襲撃から今日までの間、貴方がたの特殊基地をこちらの総力を上げて探し尽くした。
私が貴方がたに話をしている間、我々の<Ex-MUEB>着装者の部隊が着々と反撃のために特殊基地に向かってたという訳だ。
私の宣言に合わせて攻撃を開始したのは……まぁ、演出したかったからね、少し細工させてもらった。お茶目心さ」
「貴様……貴様ッ!!この敵地で呑気にそんな仕込みをして、生きて帰れるとでも思っているのか!?」
老人たちの懐から、拳銃が出てくる。
鈍色に光る銃口、全十六丁が全て私の方を向いた。
「生きて帰れると思っているのか、かぁ……」
ガシガシと頭を掻く。
「それは、こっちのセリフだ。」
紫電が吹き荒れる。
「<Ex-MUEB>、全体展開。」
「蹂躙だ。」
◆
――記録。
2082/12/02に発生した、<テミス事件>についてここに記す。
<UN-E>総司令官、奏栞が<テミス会議>において『国共軍』との<不可侵宣言>の破棄と、宣戦布告を宣言。
これによって、『国共軍』と<UN-E>は、正式に戦端を開くこととなった。
背景としては、2082/11/14に『国共軍』による「<UN-E>本部制圧作戦」(内部コードネーム:<オペレーション・レクイエム>)の実行が挙げられる。
今回の宣言はそれに対する報復を理由としたものだ。
また、奏栞の宣言に並行する形で<UN-E>による『国共軍』の特殊基地の捜索、襲撃が開始。それぞれに壊滅的な打撃を与えた。
奏栞当人も、宣戦布告と同時に<テミス会議>に出席した『国共軍』上層部十六名に対して攻撃を行い、これを殲滅。
斯くして、『国共軍』は開戦後一時間も立たず、甚大な被害を被ることとなった。
(2082/12/06:初版作成 2082/12/15:最終更新)
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