第37話 崩落

「<UN-E>構成員に告ぐ!<UN-E>構成員に告ぐ!グ……各員、<国共軍>の監視の目が離れ次第、第一階層ゲートから撤退せよ!!ハァ……本部基地が崩落する!!死にたくなければ急げ!」


頭上から、奏の声が響き渡る。

明らかに負傷している。


「クソ……何がどうなってんのやら!」


狙いがアイツじゃないやら、作戦指令官が来やがったやら、挙げ句の果てにはこの基地が崩落するやら!

状況がつかめなさ過ぎる、とりあえずここは司令室に行くのが先決か。


鉛のように重たく、鉄拳を受けた箇所が疼くように痛む体を引きづりながら司令室に向かう。



「状況は!?」


「沢渡さんッ!!」


司令室に入ると、雨衣ちゃんが叫び返してくる。その顔には流石に疲れの色が見えるものの、大きな負傷は無かった。無事だったか。

呼吸を遮り続けていた胸のつかえが取れるような感覚を覚える。安堵の余りため息が漏れた。


「敵は?」


「撤退しました。ジネットの撃破報告が入った瞬間に、奏さんがブラフを張って追い返したんです」


ブラフ……あれか。あの瞬間に俺への状況報告と脅迫を同時にやったってわけだ……


「へへ……やってやったぜ……」


コンソールに寄りかかる奏が、マイクを握っていない方の手でサムズアップをつくる。


「やってる場合かよ全く……」


手を貸して立ち上がらせる。

その際に真っ赤な肩が目に止まった。


酷い銃創だ。貫徹こそしていないものの、弾丸がかなり深いところまで食い込んでいる。筋繊維はズタズタに断ち切られ、中途にある骨は砕けているだろう。想像できる苦痛は筆舌に尽くし難い。

出血量も相まって意識を保ってられるのが奇跡的なレベルの代物だ。


土壇場での頭のキレといい、この負傷で自らの仕事を果たそうとする責任感といい、やはりこの総司令官は傑物なのだ。

だからこそ、ついていく甲斐がある。

こんな所で死なせはしない。


「残りは動きながら聞く、急ぐぞ。それで……話に聞いてた崩落するっていうのは?」


「占領の段階で敵勢力が柱や壁に爆弾を仕掛けていたらしいです。作戦遂行が不可能と判断された段階で施設ごと私と沢渡さんを確実に始末できるように、と」


「『俺達二人だけ』を特別な対象として付け狙ってるっぽいのがどうにも気持ちが悪いというか、不可解だけどこれはとりあえず後回しだな。

今考えるべきは実際問題としてそれが真実なのか、真実だとして可能なのかという点か。どうなんだ、そこは?」


俺の肩にもたれ掛かった状態で歩を進める総司令官に尋ねる。


「そうだな……恐らく、爆弾を仕掛けたというのは真だ。ブラフじゃない。

 「国共軍」の生き残り連中が撤退に向けて動いてる。

 それで実際問題として、それ程の被害が出るかと言われれば……うん、爆弾の破壊   力にもよるがありえない話ではないと思う。」


「その理由は?」


「そもそもの問題として、<UN-E>本部基地の外壁は、物理干渉に対する耐性がそこまで高い訳ではないんだ。


なんせ、基地の周りは全て土砂。旧時代のフィクション・ドラマで出てきた地底戦車みたいなのを用意しなければ、破壊どころか触れることすらできないんだよ。ましてや破壊工作がされるなんて想定されていない内側となればいっそう脆い。


それに加えて、さっきも言った土砂からの間断ない加圧が加えられている。軽微なヒビ程度でも致命傷になり、加圧に耐えられなくなって土砂が流入。そのまま基地全体が崩落……なんて話も、ありえないとは言えないと思う。」


「じゃあそうなるとして、残り時間はどれぐらいあるのでしょう?」


「B1フロアからB5フロアまで散らばった全員の集合、ゲートからの脱出、安全圏までの退避。これを余裕をもって行うとなると……15分ぐらいか?」


「それぐらいだろうね。ただ、恐らく何回かに分けて下から順に破壊してくると思う。完全に崩壊しきるのが15分前後というだけで、最初の爆破はもっと早いかもしれな……」


そこまで奏が言った瞬間、轟音と共に床が激しく揺れた。

天井から吊るされた背後の戦術モニターが衝撃に耐えられずに落下、粉砕。中身をまき散らす。

落ちてきたガレキにコンソールは叩き潰され、その役目を終えた。

床には網目状にひび割れが走る。


「クソ……言い終わる前から!」


「急ぐぞ!15分も甘い見立てだったかもしれない!」


爆破の余波でパラパラと粉塵が降りしきる道を歩く。

濛々と立ち込める煙の中、長方形の銀扉が見えた。

上階へと続くエレベーター。


「電力が復旧してるなら動くはずだろ……!」


祈るような気持ちでよく見もせずにパネルを叩く。

だが、作動しない。


答えは簡単。パネル周囲には弾痕がびっしりとついていた。

破壊工作……奴らだって急がねばまずいだろうに、こんなことを!


「クソ、階段を使おう!」


「お前、その怪我で階段なんざ上がれるのか!?」


「上がれる上がれないの問題じゃないだろ!なぁに、撃たれたのは肩さ、足じゃない!それに現場時代はこれよりひっどい怪我なんざごちゃまんとあった!」


「ならいいが……音ェあげんなよ!!」


「階段は確か右です!」


踵を返し再び廊下を歩んで、その先にある階段に足を掛ける。

道中、再びの轟音。


「いよいよ、崩落させるってのは冗談じゃなさそうだな……」


粉塵が目に入りシパシパと痛む。

視界は極悪。霧の中にでもいるようだ。

爆破の音と上階から聞こえる騒ぎで耳も感覚器の役をなさない。


だから、そこにいる存在にすら気づかなかった。


「敵特定目標発見!先刻を以て射殺は許可されている!ためらわず撃て!」


「ふざけんなよこんな時まで……!」


B4フロアとB3フロアを繋ぐ踊り場で遭遇したのは敵兵士二名。


「雨衣ちゃん!頼む!」


奏の体を渡し、ジネットから奪い取った銃を抜く。

しかし、照準より早く弾雨が襲い掛かった。


「畜生!」


身を躍らせ射線を切る。

こいつらをどうにかしない限りは先に進めない。


掩体というには心元ない手すりの影から数発銃を撃ちけん制する。

マガジンまでは奪ってないんだ、無駄打ちさせんな!


一瞬だけ銃声が止んだ。今なら!

飛び出すように駆ける。


怯みから立ち直った敵が咄嗟に構えなおすが、もう遅い!


「ナメん……なァ!」


跳ねて体を横に倒す。そのまま足を壁にたたきつけた。

壁走りウォール・ラン

襲い掛かる弾丸は全て髪を掠めるのみ。


「<Ex-MUEB>未装着者は人間のハズだろ!?」


「俺ァ『死神』だバァカ!」


いい加減さっきから言われ続けてストレス溜まってたんだ。意趣返しさせてもらった。


踊り場から踊り場までの距離、段数換算で18段分を一息で駆け上がり躍りかかる。


着地を同時の背後からの刺突を躱して、正面から襲い掛かる銃剣の刃は弾丸をブチ当てて対処する。


「バ、バケモノが……」


「るせェ!」


右の拳銃を握ったまま顔面に拳を振るう。これがほんとの鉄拳制裁ってな!


倒れ伏した敵に照準しようとした瞬間、再びの振動。

狙いが定まらない。

その隙に体を揺らしながらも背後から敵が迫る。


「死ねェ!」


「死ぬのはテメェだ!」


突き出された刃を左で掴む。

皮が切れ血が流れるがそんなものは些事だ。

そのまま力任せに毟り取りストックで殴打。

階下に弾き飛ばす。


その瞬間、先ほどの爆破で崩れ落ちた瓦礫が階段を中ほどで砕き割った。


「ウソだろ!?」


分断された。それだけじゃない、奏を抱えた雨衣ちゃんのほうに敵が行った。

こんなに間が悪いことがあるか!?


「クソがァ!」


「テメェは……お呼びじゃねえんだよ!」


右の拳銃を捨て、襲い掛かる敵の頭を掴む。

手すりに思いっきり叩きつけて体の力が抜けた瞬間に持ち上げて投げ捨てる。

宙に舞った体は、螺旋状の階段の中央シャフトを落ちていく。


哀れな落下事故死体の完成だ。


心配なのは階下だが……


「奏さん、しばらく待っててください!」


凛とした清冽な声が響いた。


「このッ!小娘のクセにッ!」


「ハアァッ!」


得物を失った敵など、今の雨衣ちゃんにとっては物の数ではないらしい。

瞬く間に先ほどのクレバスの付近まで敵を後退させた。


後は一発、押し込むなりなんなりして突き落せばそれで終わりだが……


そこで雨衣ちゃんの動きは不自然に止まった。


「……チッ!不味い!」


左手で握ったバレルの部分を支点にぐるりと銃を回す。

ストックを肩に押し当てて、頬付けし、


引き金を引いた。


放たれた弾丸は敵の脳天を貫き、雨衣ちゃんの耳の傍の髪の毛を数束、断ち切った。

飛び散った脳漿が雨衣ちゃんの顔に掛かった。キレイな顔が台無しだ。

敵は後ろ向きに体を崩し、果て無き穴へダイブした。


曲撃ちにもほどがある。

二度とやりたくない。心臓に悪すぎる。


「ウィリアム・テルじゃないんだから……雨衣ちゃん、大丈夫か!?」


「すいません、ご迷惑をお掛けして……」


「いいから!無事ならOK、奏連れてきてくれ!」


「はい、けど、この穴どうすれば……」


「奏抱えたまま跳んでくれ!俺が受け止めるから!」


空いた穴の幅はそう広くはない。1m前後と言った所か。

精一杯腕を伸ばせば、人を抱え上げた状態の跳躍力でも届く……はずだ。


「わ、分かりました!」


お姫様抱っこの形で奏を抱えた雨衣ちゃんが飛び上がる。


雨衣ちゃんは両手が塞がっている。だからがっちり固定できる腰を狙って腕を伸ばす。


「届け……ッ!」


ポス、と心地よい音。

ギリギリ、後数センチの差いかんでは失敗していたほどのギリギリで柔らかい感触が腕の中に納まった。


汚れた頬を、袖で拭ってやる。そんなモノつけてちゃもったいない。


そのままほっぺたを、両の手でつまむ。状況がどうとか知るか。言わなきゃならないことがある。


「むぐ。」


「さっき、迷惑、とか言ってたけど、そんなこと、全然ないから。」


「いや、ふぉってだって


「エネルギー管理区画で敵に何を言われたかは知らないけど。気にする必要はないから。

狂ってるのは雨衣ちゃんじゃなくて、俺やアイツらで。人を殺すことになんか躊躇いを覚えて普通だから。」


「で、でも。それで沢渡さんに……」


「無理して変わろうだなんて、思わないでくれ。俺はそんな雨衣ちゃんに……」


そうなのだ。


躊躇いを覚えないこと、非情であること。

それが、戦場においては普遍的な常識で、ただ一つの正解なのかもしれない。

俺も繰り返すたびに慣れて、擦り切れて、いつの間にかそうなっていた。


だとしても、それは人間としてはおかしい。歪んだ行動だ。


非人間的である事を、求められること。それが、終末世界の業なのだとしても。

俺は、彼女のそうした普遍的なやさしさや当たり前の善性に、救われて……


「惹かれたんだから。」


「沢渡、さん」


「分かったらお返事。二度と迷惑なんて言わないように」


「……はい。」


彼女はそう言って、少し笑った。


「怪我人ほっぽっていちゃいちゃしやがってからにこのバカップルめ……」


床から恨めしそうな声が上がる。

足元を見れば奏がべちゃーっと張り付いていた。


「あ、やべ」


忘れてた。


「悪い悪い、あとバカップルは訂正しろ」


肩に担ぎ直してやる。


「いやだね、後十年はこれで弄り倒す」


「はいはい、そう思うんだったらまずここを出るぞ」


戯言は軽くあしらう。

雨衣ちゃんが真っ赤だがそれは一旦無視する。……うん、後で謝っておこう。



次の一段に足をかけた時に、チラリと階下の様子が目に入った。

普段の金属質なガンメタリックでは無く、有機的な茶色で埋め尽くされている。

外壁が崩れ去り、予告通り土砂が流入したのだ。

それを見た時、この基地は終わるのだと、なんとも言えない寂寞の情に包まれた。


先ほどの瓦礫が配線ケーブルを断ち斬ったのか、火の手がそこかしこで上がっていた。粉塵でただでさえ悪い視界を、黒煙が埋め尽くす。スプリンクラーは動かない。


サイレンが鳴り止まない。散発的な爆破音は今は止み、恒常的な振動音が耳をつんざく。


思ったより状況が悪い。

果たして間に合うかどうか。


コツ、コツと音を立てて階段を上がる。


階段の右端が大きく欠けている。

金属製のはずの手すりが原型を留めない形でひしゃげている。


上へ上がるごとに被害が悪化している様な気がする。それは果たして、階による被害状況が違うのか、それとも時間経過によるものか。

どちらにせよ、この基地の命は長くないのだろう。


「ハァ……ハァ……あった。出口だ。」


B1フロア。

長い逃避の果てに、漸く外界への出口を見つけた。


だが、周辺の状況はかなり悪い。

見渡す限りがひび割れ、欠け落ち、炎に巻かれている。


ゲートに辿り着くまでに、崩壊しないとも限らない。


「奏、走れるか?」


「あぁ、これぐらいの距離なら、なんとか」


「了解、行こう。」


腰を落とす。

直線距離だと20m程だが、実測距離だと100m。走るなら10秒ほど。


走り出す。

踏み込んで数歩、床がゴバッと音を立てて崩れ去った。


「あぶねぇ!」


咄嗟に足を動かして飛び越える。


残り75m。


「そこ穴が空いてるから避けろ!」


背後の二人に呼びかけつつ、正面を見据える。


本当にいつ崩れ去ってもおかしくない現状だ。

何があってもおかしくない。

注意が必要……


思った矢先から炎を帯びた瓦礫が上から降ってくる。

躱しきれん!

腕で強引に受ける。よく熱せられた金属片は俺の腕に火傷を残して下へと落ちた。


「ァッヅァ……!」


大丈夫だ、まだ走れる。


残り50m。


鉄パイプが熱と衝撃で融け切れ、火花をこちらに向けて撒き散らす。

これは根本を蹴り飛ばして向きをひん曲げる。

軍服が火の粉を浴び、少々穴が空いたが肉体のダメージはない。


残り25m。

もう出口は目と鼻の先だ。


だが、真横の壁が不自然に軋んだ音を立てている。


咄嗟の危機感。

背後を振り返り、咄嗟に二人の手を掴んで体を正面に戻す遠心力で前に放り投げる。


その瞬間、壁が破れ、湿った重たい土砂が流れ込んでくる。


足を取られる。もつれる。壁の破片や石が足に衝突し鈍い痛みを齎す。


土砂の波に、埋没する。


進めない。前に、動けない。

奈落に叩き落とした敵と同様に埋もれ死ぬのは必定。

それは、それは――


「クソッ!!」


自分でも意外な程、その言葉がスルリと出た。

今までなら、思いつくこともなかったその感情。

四肢に力が宿る。


もがく。

もがく。

もがいて、総身に伸し掛かる死の重みを振り払う。

まだ死ねない。まだ死ぬわけには行かない。

俺は、雨衣ちゃんを――


とりとめのない思考の断片がフラッシュのように閃いた瞬間。

体が重みから逃れ、元の軽さを取り戻した。


そのまま転がり込むようにしてゲートをくぐる。

外に出たかどうかも判然としない、その刹那。


背後でこれまでとは比べ物にならない大音が鳴り響き、この基地に決定的な破局が訪れた事を、知覚した。


俺達は、どうにか生き残った。

だが、その引き換えとして、<UN-E>本部基地を失ったのだ。

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