第36話 黒幕

状況は前後する。

沢渡さんが敵現場司令官、ジネットとの交戦を開始した頃。


司令室。


「よし、沢渡くんがジネットと会敵した。とりあえず成功だ……」


「よかった……」


一対一の状況にこぎつけさえ出来れば間違いなく勝ってくれる。

なんてったって、沢渡さんだから。


そう安堵の声を漏らした、次の瞬間。


「は……?」


ドン、と重たい音。

奏さんの肩口から、血が噴き出ていた。


「馬鹿、な……」


体を支える事が出来ず、頽れる奏さん。

恐らくは銃撃。しかし何処から。カメラには司令室に迫る影など一人も映っていなかった。


急いで体を屈め、奏さんの体を引っ張りながら物陰に隠れる。

銃撃位置が分からない以上これも安全策とは言えないが野ざらしよりましだろう。


「嘘でしょ……どこから!?」


背後の空間に目を凝らすが襲撃者の姿はどこにも見えない。

何をされたのか。


「ぐ……」


「すいません、今止血します!」


「いや……いい。処置は自分でできる……だから今は……敵を!」


「わかりました!」


地を蹴り物陰から飛び出る。

体を低くして銃撃方向に詰め寄っていく。

神経は殺気を少しでも感じ取ろうと研ぎ澄まされる。


しかし、銃弾はこない。


考えてみれば妙なのだ。

本来、あの場面で撃つべきなのは疲労でボロボロだった奏さんでは無く、まだ戦闘能力がある私の方だった。

その状況で、敢えて奏さんを撃った。

ミス?違うだろう。誰にも気づかれず落ち着いた状況で撃ち損じるならそいつは兵士失格だ。



穴だらけの推論、だが覚悟を固めるには十分な理論。


屈めた体を起こす。

銃撃は考慮しない。

最短距離、最高速度で詰める。


踏み込む。


突然の突進。

ザッと虚空から音がなった。やはり誰かがいる。今までは一つもたてなかった足音。予想外の行動にたじろいたか。


……逃さない。

足元に落ちていたナイフを蹴り上げる。恐らくは奏さんに撃破された兵士の所持品。


果たして、狙いも付けず蹴り上げたナイフは思いの外真っ直ぐ飛び、虚無の空間に浅く血のラインを引きながら後方へ飛び去った。


空気が歪み、捻れ、人影が現出する。


「……流石に予想外でした」


明らかに胸元にある階級章のディティールがジネットの物より細かい。状況証拠から考えてもこの後の交戦対象だったはずの作戦指揮官。作戦が崩れた。なんで今このタイミングで?


「あなた、何者です?」


「あぁ、申し遅れました、アーノルド、と申します。お初にお目にかかります、『女王』」


「芝居臭い!!」


妥協も和平も和解も不能!このまま無力化する!


跳躍、天井から釣り下がるモニターにつかまり振り子のように勢いをつけて蹴りを入れる。


「はアッ!」


防がれた。着地、身を低くしながら二連チョップ、続けざまに足払い。


「……ッ!」


立ち上がりつつの回し蹴りが一拍遅れた。体が動かない。

ここにはドローンも<N-ELHH>もない。未熟な体術の隙をかき消す術がない。


「お転婆な女王ですね」


明らかに遊ばれている。

隙を突くことなどいともたやすいだろうに、一向に攻撃してくる気配がない。


「馬鹿にしてえッ!」


加熱する。

熱を帯びた脳みそが命ずるままに打撃を続ける。


だが、防御を崩せない。


この時代、階級が上であるということは指揮力、統制力の有無以前に昇進を得られるまでの年月、絶禍の戦場で生き残り続けたという単純な戦闘力の高さを意味する。

一般兵とは訳が違うのだ。

組織が違うとはいえ、潜り抜けた戦場の苛烈さは違わないだろう。


「せェい!」


渾身の右ストレートを放つ。これも受けられた。

強引に押し返されて距離が開く。


「ハァ……ハァ……さっきから、何なんですあなた」


「貴方は我々の中に迎え入れるべきお客様です。当然敬意を払いますし手荒な真似は出来ない」 


「の割には、随分なご挨拶じゃないですか?」


「あぁ、別にあの女には興味が有りませんので」


慇懃な口調がカンに触る。

人の上司撃っておきながらこの言様とは。

怒りを沈める。今引き出すべきは情報。


「なんで私を?」


「<オペレーション・レイズフラッグ>」


やっぱりそれか。私の様な新兵を狙う理由なんてそれしか無い。

私の<UN-E>内の通り名になってしまった『黒の女王』だけじゃなくて、作戦名まで知っているなんて、どこまで食い込んでいるのやら。


「この際です。正直に話ましょうか、我々は<UN-E>本部基地への打撃と同等に、貴方達の入手に重きを置いていました」


「達?」


「沢渡京も含めた貴方達です。」


「お前……ッ!」


予想はしていた。予想はしていたが……

怒りが沸き立つ。どうしようもなく。


「そして、先程の通り、奏栞ははっきり言って捨て置ける存在として見ていました。戦闘能力、行動能力さえ奪ってしまえばそれで良かった。まぁ、流石に<Ex-MUEB>に隠し機能が在ったのは想定外でしたが……」


「……クソ、読み負けたか」


物陰から掠れた声が響く。


「えぇ、貴方を餌とする戦術は、現場の兵士を引き付けるという面に関しては最善手でしたが、私視点からの論理からすればはっきり言って悪手だった。正直『女王』や『死神』をカードにされていた方が厳しかったでしょう……貴方達の状況からその推論に至るのは不可能だったでしょうが……」


策謀家の論述は滔々と続く。


「そして『死神』ですが……初期占領作戦で姿を捉えられなかった時点で、どうあれジネット一人をぶつける気でした。

彼は、環境利用など、小手先の技を廃した純粋な一対一の格闘戦という点において、私が切り得る最強のカードです。

正直言って、こちらが手配するべき理想的な状況を、そちら側が作り出してくれて大助かりと言ったところでしょうか。」


「『死神』をジネットで封殺出来たなら、残るはどうとでもなる奏栞と、直接戦闘能力に置いては対処が十分可能な範疇である『女王』だけ。

そして、光学迷彩を使用した奇襲で奏栞は無力化に成功した。

ならば後は『女王』を説き伏せるのみ。余り好ましくはありませんが、実力行使も十分可能です。

つまりどういうことかと言うと……詰みチェック・メイトです。

私がここに出てきて、全てを語っていることが何よりの証左。

投降してください。ここから、万に一つも逆転の目は有りません。」


突きつけられた事実。

いくら地位に比肩する戦闘の心得が在ったとしても、姿を隠す特殊な装備が在ったとしても、敵の作戦指揮官がそう簡単に姿を現すはずがない。

現れたとしたら、もうそれはどうしようもない程に趨勢が決まっていたということ。


少し考えればわかるはずの話だった。

敗着は避けられない。ならば今は、少しでも、犠牲を減らす選択を。


「分かった。あなたについていく。だから、沢渡さんと奏さんには手を出さないで」


「取引、ですか。ええ、貴方だって意思を持った一人の人間だ。その意思を尊重し、貴方の要求に応えられるように、善処しましょう。」


「駄目……だ!や……めろ」


掠れた声が耳を刺す。だけど、こうするより他には……


その時、ザリ……と音が鳴り、馴染みのある声が響いた。


『こちら沢渡。敵現場指令官、ジネットを撃破した。……そうだ、標的は俺みたいな事をアイツが言ってい……』


沢渡さんの声だ。それが、奏さんの通信機から聞こえた。

ジネットを……撃破した……!?


「あぁそれ知ってる!」


「――なんせ、せっかちな敵の作戦指揮官サマがこっちに来ちゃったからね……!」


『な……!?』


「すぐに来てくれ、すぐに……!」


奏さんが、傷の痛みも忘れた様子で叫んだ。


「フッ……フハハハハハハ!ひっくり返った!ひっくり返ったねぇアーノルド!そうさ、すぐに来る!すぐに来るよ!君の最大戦力を打ち破った人類最強の兵士マキシマム・ワン!!<白の死神>が!!君がその鎌から逃れられるかなァ!?」


ブラフだ。

沢渡さんの消耗具合が分からない以上、すぐに来るかどうかは断言出来ないし、もしかすると凄まじく消耗していてこの男を凌駕する力は最早その体に宿っていないかもしれない。


だがそれでも、奏さんは傷を押して声も限りに、朗々と、確信を以て謳い上げた。


逃れ得ぬ死の牙が、必ずやお前を喰い殺す、と。



「馬鹿な……ジネットが……流石<デスク>、と言ったところでしょうか……」


「デス、ク?」


「貴方達がこれから向き合わなければならない業、その名前です。もっとも……」


「最早その必要もないが。」


今までの慇懃な口調とは違う、どこまでも底冷えするような、"敵"に対する口調だった。


「あぁ、いいだろう。ここは潔く退こう。今の私では高確率で『死神』に敵わない。

だが、貴方達はここで逝け。回収に失敗した時の<デスク>の始末も私の仕事です」


そう言うと小さな金属片を取り出し、かちりと音を鳴らした。


「この基地の要柱、外部の隔壁に爆薬を仕掛けている。そこが壊れる、崩れるなどして役目を果たせなくなれば、この地下基地は周囲の土砂、その圧力に耐えきれなくなり潰れる。

ここが貴方達の墓場だ。」


「ふざけるなッ!」


駆け出す。

そんな好き勝手……!


「それでは、地獄で」


姿が薄れる。掻き消える。

捕らえたはずの拳は虚しく空を切るだけにとどまった。


「逃がした……!」


司令室での攻防。

それは、微かな情報と決定的な破滅、その両方を齎した後に、終結した。

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