第20話 <タイタニア型>討滅並びにJ-51地区奪回作戦 ⑦
『前線兵士諸君に通達する。これより2時間後の作戦時刻
プランの執行準備に慌ただしい指令室。
卓上デバイスを操作して通達を飛ばす。
「果たしてうまく行くんでしょうか?」
「分からんさ。この作戦はもう誰にも予想できない方向へ転びつつある。我々は最善を尽くすだけだ」
不安げにこちらを見つめる部下を勇気づけるように微笑みを返す。
実際問題として、それが正直な感想だった。
最初に想定していたプランは「適応能力」という向こうの伏せ札の前にたやすく瓦解した。
もちろんプランB、Cも検討はされていたのだが、そのどれもが<ロンギヌス>とNT-67タンク部隊という切り札二枚のうちのどちらかに依存したものだった。
やはり龍王と竜馬とすら言えるこの二枚のカードを両方とも潰されてしまったのが痛すぎる。この作戦はその二枚のカードに頼らざるを得なかった、それほどまでに強力な相手なのだ。
そんな二枚を失えば、必然こちらの切り返しの一手も遅くなる。
有効な手段が思いつかない間に、<タイタニア型>へと迫りつつあった部隊達もずるずると後退を余儀なくされたことで、かなり戦場の中で離散してしまっており、一括で大規模な運用を行うのは難しいというのが現状だった。
よって手持ちにある駒は、先程会議で着物の裾に隠れているのが見つかった飛車と、戦場に散らばる歩兵。そして、今は後方に退いている香車だろう。
「案外、玉を退っ引きならない状況に追い込むのは龍や馬みたいな強い駒ではなく、なんでもない
「……?な、何の話です?」
脈絡を欠いた話題振りをした非礼を部下に詫びつつ、私は自らの鑓が怪物の喉元を抉り取る未来を夢想した―――
◆
穏やかな眠りからゆっくりと浮上する。ここまで悪夢も見ず、途中で起きることもない深い眠りをとれたのは何か月ぶりだろうか。
……眠り?寝てたのか俺?
なにかとてつもなく嫌な予感がする。
目をゆっくりと開ける。
眼の前には雨衣ちゃんが、その端正な寝顔を無防備に晒していた。吐息すら届きそうな距離で。
濡れた蒼碧の目は今は閉じられ、長く柔らかそうなまつ毛が強調されている。その頬には仄かに赤みが差しており微かな色気を感じさせるが、くぅくぅと可愛らしい寝息を漏らす唇は年相応かそれ以上にあどけない。そのアンバランスさがコケティッシュな可愛らしさをより引き立てていて、くらりと来そうになる。
「………………ッ!?!?!?」
余りの異常光景に一度まじまじとその顔を観察して後、脳みその処理が追いついて血管が爆発しそうになる。
超えたか!?絶対に超えちゃあいけない
というかバケモン渦巻く作戦行動中に「そういう事」するのは旧時代の映画ならば
待て、待て、落ち着け。着衣の乱れは双方共に無い。なのでここは状況証拠的にラインを超えていないと考えるのが妥当だろう。
地下世界にだって推定無罪の原則はあるのだ。おれわるくない。……わるくないよね?
いやまぁ悪いか悪くないかで言えば手前勝手に過去を背負わせて眼の前でさんざっぱら喚いているので普通に悪いのだが。
あぁクソ、雨衣ちゃんにはこんな情けない面は見せたくなかったんだけどな。
男の子ってものはカッコつけたいものなのだ。いついかなる時でも。
小さく嘆息。
隣で眠る雨衣ちゃんを小さく揺らす。クソ、幸せそうな寝顔しやがって。
「ん、んぅ……あと10分……」
「ダメで~す。今一応作戦行動中で~す。起きて下さ~い」
「うぅぅ………………えっ」
起き上がってから瞬間湯沸かし器めいて顔が真っ赤になるまできっかり10秒。おはようございます。
◆
あちこちひび割れた簡易除装状態の<Ex-EUEB>を身に纏い、UIを操作して睡眠中に来た伝達を読む。最新伝達はつい5分前。起床直前に来た物らしい。
「二時間後に再攻撃開始ねぇ……」
撤退ではなく作戦続行を決めたってことはなんか考え、というか作戦があるのだろうが、正直な感想として<ロンギヌス>とタンク部隊なしでどこまでやれるのかね?という疑いの面が強い。
まぁタンク部隊の壊滅に関しては護衛しきれなかったというか我を忘れた俺が0:10で悪いので責めれた立場ではないのだが……
「……沢渡さんは、どうします?」
「———やっぱりヤツは殺したい。殺して、いい加減にケリをつけたい。」
ヤツをこの手で殺したところで失われた命は帰ってこないし、俺の罪が贖われるわけでもない。それでもやはり俺は、自らの胸中で未だに終わった実感のない「<タイタニア型>迎撃並びにJ-■■地区基地撤退戦」に、ピリオドを打ちたいのだ。
だが、置いて逝くなと言われてしまった。自分本位に自殺同然の特攻をかけるのはもはや許されないだろう。
そう口を開こうとする前に、ため息をつかれてしまった。
「そう言うと思いましたよ……軍医の方に鎮痛剤と医療用のナノマシンカプセルもらってきましたから。多分それで平常時の8割程度までパフォーマンスが戻るってその先生が」
医療用ナノマシンカプセルとは体内にナノマシンを取り込み、破損した組織や患部の細胞の代用品とすることで治癒するという技術である。ちなみにナノマシンが修復した自前の細胞と入れ替わった後は老廃物に紛れ体外に排出されるという素敵仕様。
即効性と確実性に優れ、さらに副反応もないという夢の医療技術ではあるものの、純粋にナノマシン技術の希少さゆえに、軍組織である程度物品の仕入れに融通が利く<UN-E>でも数量が限れているという逸品だ。
「……なんでこんなすごいもんもらえたんだ?」
所詮俺は前線担当の単なる一兵士、ここまでやる義理はないだろうに……
「ここだけの話、今回の戦場、ここに担ぎ込まれた時点で最早助かる見込みがない傷痍者の方が凄い多いらしくて、これの出番がなかなかないと……」
「あぁ、そういう……」
得心した。
医療技術が発達した現在では旧時代に比べ、怪我が直接死に繋がるということは少なくなっている。
なんせ欠損程度ならば長期的視点で見れば回復もほぼ確実にできるのだ。
しかしやはり即死だけはどうしようもない。逝ってしまった御霊を再び肉体に受肉させる技術を人間は未だに持たない。
そんなことできるのは
そう考えると、巨大質量とふざけた熱エネルギーという即死要素の塊である<タイタニア型>とこの手の技術がうまくかみ合わないのは道理ではある。
……そんな奴を相手取ってよく生きてたな、俺。
「とにかくありがたく頂戴するか……っとそうか、こっちもあるのか」
錠剤とカプセルを飲み込んだ後、罅割れた右腕装甲を持ち上げる。教材で見た大昔の卜占のような悲惨な有様だった。
「それは……前線装備科行きましょうか。代替機あるかもしれませんし。幸いここからそう離れていなかったはずです」
ミニマップを呼び出す。確かに近い距離にある。
立ち上がる。まだ補修が進んでいないのか痛みが足に走った。少しよろめく。
「いってて……」
「肩、貸しますよ」
「頼むわ」
女の子に肩を貸されるという状況に若干の面映ゆさを感じながらも、悪くないなと、どこかで思った。
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