第19話 <タイタニア型>討滅並びにJ-51地区奪回作戦 ⑥
「…………………嗚呼。」
意識を取り戻して後、まず最初に感じたのは落胆だった。
またか。
また無為に生き長らえてしまった。
「はぁ……」
溜め息が思わず漏れる。
寝起きの気分としては最悪だった。
また、夢を見た。
<タイタニア型>との戦闘、そしてその結末。
夢ではなく、一年前に実際に起きた出来事なのが泣きたい所だが。
最近この夢を見る頻度が増えている気がする。クソ、収まり始めたと思ってたんだけどな。
言っても仕方がないことだ。
ガシガシと頭を掻いてから起き上がる。
まずはここはどこだ?
剣戟をバリアで防がれて、巨大な触手か何かにブン殴られた所までは覚えている。
だがその後の記憶がトンとない。というか多分それ以降意識を失っているので何も認識していないと言った方が正確な気がするなこれ。
あんなものに思いっきり一撃を入れられた以上、<タイタニア型>のすぐ近くということはあるまい。多分もっと奥の方まで弾き飛ばされている。
そもそもの話として地面の上とは言えマットが敷かれてる所に寝てるんだから、どっかで回収されたって考えるの妥当か。
クラクラグラグラする脳みそで思考を回していると、雨衣ちゃんがこちらにやって来た。
「おはようございます、沢渡さん」
「ん、あぁ、おはようさん。雨衣ちゃんいたのか」
「はい、森の中で倒れていた沢渡さんをここまで運んだのは私なんですから、褒めてくれたって良いんですよ?」
胸を張る雨衣ちゃん。
なんとも可愛らしく微笑ましい表情にこちらの気も緩む。
「ありがとさん、えらいえらい。ここは野戦病院かなんかか?」
「はい」
成る程。確定だ。
<Ex-MUEB>が除装されているのでミニマップが開けず、正確な事はわからないが確か今回の<タイタニア型>の迎撃ポイントからはかなり離れた位置だったはずだ。
まぁ傷病者を抱える野戦病院が襲われては元も子もないので当然といえば当然なのだが……
立ち上がる。
あちこち痛むものの、手足の骨に関してはヒビがいっているだけで折れてないのは僥倖と言うべきだろう。その代償というべきか簡易除装モードで側においてある<Ex-MUEB>の装甲が派手に壊れているが、まぁ戦う事は出来るだろ。見た感じ中の電装回路の基幹部にダメージが入っている訳でもなさそうだし。
「よし、じゃもう一回行ってくる。雨衣ちゃんはここにいるか?」
「は……?無茶ですよ沢渡さん!!」
「いや別に無茶じゃないだろ。腕も足もまだ動くし」
「それ以外のところがボロボロじゃないですか!?腕と足だって無傷ってわけじゃないんですよ!?そんな体で勝てるわけ無いじゃないですか!!」
「でも、戦える」
「戦えないですよ!!自分で自分の体がどうなってるか分かってないんですか!?……今日の沢渡さん、なんか変ですよ。突然敵に突撃したり、自分の怪我を無視して戦おうとしたり、寝てる間もうなされてたし……なにか、あったんですか?」
「……なんか変、か」
苦笑が漏れる。自嘲と他嘲の笑み。
一体俺の何を知っているというのか。
「……『これ』が、俺だよ?」
「どういうことですか……?」
「そういやそうか、雨衣ちゃんは民間人から上がったばかりだから知らないか。」
一年前の狂奔の悪夢。思考にノイズが走る。
他の連中には何を言わなくても噂話になってるから自分から喋るのは初めてだっけ。
「一年前、J-……もうどこだったかも思い出せないな。とにかく俺がいた基地の地区が、<タイタニア型>の襲撃を受けた。基地は壊滅。当然俺の小隊の仲間も全員死んだ。」
不自然に黒いシミがかかり、はや曖昧になりつつある記憶を手繰りながら、俺は雨衣ちゃんに語り始めた。
◆
「仲間ばかりが死んで、俺だけが生き残ってる事に気が狂いそうだった。
死のうと思ったよ。何度も。何度も。何度も。何回顎に仲間の形見の拳銃の銃口を突きつけたか、もうわからない。
けど結局、最後の引き金は引けなかった。」
過去を淡々と語る沢渡さんの顔は、その口調と対照的に今にも泣き出しそうな顔をしていた。
炎に包まれる罪人。辺獄で責苦に悶える亡者。そんな形容が思い付く様な、そんな顔だった。
「なんでだろうな。自分でもよくわからない。単に心のどこかで生に縋っていたのか、死に際のアイツらに、妙な呪いを遺されたのか。理想を継いでくれ、なんて言ってたっけ。
どっちにしても俺は自分自身のケジメすら、ついぞ付けれなかった。だからこうして、無様に生きながらえている。」
壮絶。
その一言だった。
言葉すら出ない私に沢渡さんはさらに続ける。
「だから、俺は<タイタニア型>を殺そうと、そう思った。
仲間の命を踏みつけにして生き残り、ケジメすら付け損なった俺みたいな人間には、もうそれしか無いと思った。
その一念、その考えで、俺は戦場に戻ってきた。
始めの2ヶ月は、手が震えて銃の狙いが付けられなかった。
そんなロクに戦えもしない状況なのに、結局、生き残るのは、いつも俺だけだった……ッ!」
声が揺らいでいた。
堰を切ったかのように言葉が溢れ出る。
「この一年!俺が、俺だけが生き残り続けた!皆、皆して俺を置いて逝った!誰も彼もが俺を残して死んだ!まともやつから!生きてほしいと願ったやつから死んでいった!
どうでも良かった!もうどうでも良かった!仲間の死体を見続ける内に、俺は、死に触れても段々何も感じなくなっていった!仲間が死んでも!<タイタニア型>に殺されたアイツらを思い出しても!平静を保てる様になった自分が嫌で仕方なかった!
付いた渾名は『死神』だ!そうだ!俺は人でなし!妄執に憑かれた修羅だ!俺はそうなった!そんな怪物に成り果てた!
俺はお前が思っている様な人間じゃない!もう何も感じない癖に、もうその時の気持ちになれない癖に、最初の目的にこうして縋り続けるだけの亡霊だ!
だから、だから、雨衣ちゃんも……俺なんかといれば、きっと、いつか……」
血を吐くような、独白を聞いて、私は。
彼を、抱きしめていた。
なにか、論理的な理由があってのことではない。体が勝手に動いていた。
彼の頭を腕の中に収める。
「―――え……?」
泣き腫らした顔をこちらに向けさせる。
「沢渡さんは、死神なんかじゃ、ましてや人でなしなんかじゃないよ。
たぶんその逆。抱え込みすぎて、感じすぎたんだと思う。今そうして、声を荒らげてるのが何よりの証拠。誰かの死が優しすぎる貴方を苦しめた。だからね。
私は死なないよ。
どんな事になろうと、どんな状況になっても、必ず生き延びて、貴方のもとに帰る。貴方を二度と一人にはさせない。貴方を置いて逝ったりしない。だから……死にたいなんて、言わないで。私を、置いて逝かないで。」
「―――あぁ。」
酷く安心したような吐息が彼の喉から漏れる。
思ったことの半分もうまく伝えられている自信のない、辿々しい言葉だったが、それでも、彼を苛む物を一時でも取り除き、彼の口から語られたキズをほんの少しでも癒やすことができたなら―――それは、望外の事に他ならないだろう。
そんなことを思いながら、傍らの温もりを感じ、二人渾然一体となって、眠りの底に堕ちていった。
◆
司令官室。
未曾有の脅威に対しての反攻作戦の立案が進行していた。
「―――では、今の我々にあの電磁防壁をこじ開ける術はないと?」
「単純な出力値のみの比較だと、はい。」
「含みがある言い方だな?案があるなら勿体つけずに話してくれ」
「では……先程の提案や<オペレーション・フラッグ>でも使用が検討されていた、基地奥部に死蔵されている82cm輸送式重装光子砲台の仕様を提案いたします。」
別のオペレーターが疑問を呈する。
「だがそれは<ロンギヌス>に出力で負けているので防壁の貫徹は不可能という話では無いのですか?」
「その通りです。
ですが、整備性の一点では遥かに勝ります。ですので、その整備性を活かして一度砲身を解体した上で砲口部に集束レンズを取り付けて再度組み上げ、エネルギーを一点に集中させます。その場合であれば十分防壁の貫徹が可能かと。
<タイタニア型>の「推定:適応能力」……鐘の音と共に電磁障壁や触手などを展開したアレのことです。その本質は状況に応じたゲノム改竄と、ヒトの数十倍にも及ぶ速度の細胞分裂による器官生成の結果としての一世代内での擬似的な進化の実現と見られています。この推測を真実であるとするのであれば、生成された器官に重篤なダメージを与えれば、再度細胞分裂で器官を修復されるまでの間であれ、その能力の無効化はできます。
そのため、収束により極小サイズとなった被弾面積でも十二分な効果があると思われます。」
思わぬ勝ち筋の出現ににどよめく司令官室。
しかし、奏栞は冷静だった。
「……デメリットは?」
「はい。やはり欠点もあります。
第一に、たとえ収束させたエネルギーでも、物理防護が一際強力な心臓部と電磁防壁とを同時に撃ち抜くことは恐らく不可能です。なので、一射で討滅まで至るのは難しく、生成器官を破壊する事による電磁防壁の無力化が精一杯かと。
第二に、範囲が極小となるため、正確な狙撃技能がなければ効果が見込めないということ。
そして第三に、これが一番重大なのですが、砲身は収束後の熱量に耐える事ができず溶解、一射で使用不可能になります。そのため、電磁防壁の無力化後は、前線兵士に全てを託すことになります。」
「なるほど……一発限り且つ超精密狙撃が必須条件か……か細いね」
「ですが、ゼロよりはマシかと」
「そうだね……これもまた、可能性、か」
静寂の司令官室。
「わかった!そのプランで行こう!直ちに準備に取り掛かれ!電阻濃度確認、可能であるなら、前線兵士への情報伝達急げ!整備科は砲身の搬出と電荷充填を開始しろ!解散!」
司令官室から人が退出する。
残されたのは奏と僅かな管制官のみ。
その管制官にすら聞こえない小声で、彼女は呟いた。
「結局のところ、全てはお前達の手にかかっているというわけだ。だからさっさと……目を覚ませ。」
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