<タイタニア型>討滅並びにJ-51地区奪回作戦 後半部

第18話 <タイタニア型>討滅並びにJ-51地区奪回作戦 ⑤

 口に残る不快感を飲み下し、立ち上がる。

 私もまた、この地の獄で藻掻き、争い、潰し合う亡者が一。

 貴賤の別などない。ただ、殺して生き延びるのみだ。


 わたしは、まだ、しにたくない。だから、ころす。


 極めて原始的極まる思考、プリミティブな本能が閃いた瞬間、これまで身を縛っていた強張りと恐怖が抜けた気がした。

 

 ――今なら。


 襲いかかる怪物の顎にドローンを直接ぶつけて怯ませた後、がら空きの胴体に光軸を当て貫く。

 その背に手を当てつつ軽く跳ねる。

 体が腕を軸に横方向に回転し、敵の攻撃を躱す。

 脳天を一射。精密なカウンターが敵の命を奪い去る。

 死骸を盾代わりに押し出して敵にぶつける。盾ごとレーザーで撃ち抜き、更に一キル。


 正面上方から灰色の触手が連続で降りてくる。ズドドドドドッという様な轟音。

バク宙を繰り返してそれら全てをどうにか回避する。最後に飛んできた熱線は横っ飛びに回避した。

 跳んだ先にいた敵に足を絡め、勢いと体重を乗せ投げ飛ばす。ドローンを一機飛ばして追撃。

 空中に浮いた敵の死を視界の端に捉えながら、上を見上げる。


 攻撃の主である<タイタニア型>。莫大な巨躯を誇る化け物。修羅の相貌となり、普段よりも動きのキレが格段に増した沢渡さんすら一蹴した力の権化。私単騎では確実に勝てない。今はひたすら回避に専念し、相手にするべきではないだろう。沢渡さんと合流してからだ。早く沢渡さんと合流せねば―――


 募る焦燥。

 一応ミニマップに表示されるマーカーがロストしておらず生体反応があるという事はとりあえず息はあると言うことだが、そのマーカーがピクリとも動いていない。

 おそらく気絶しているか、動けなくなっているのだろう。

 ならばいつ討たれるとも限らないのだ。早く包囲を抜けて合流しなければ不味い。だがどうやって抜ける?単騎の強行突破は無理だ。あれは沢渡さんだから出来たこと。私がやっても途中で捕まるだろう。降りかかる火の粉を払うだけで精一杯な私では死ぬだけだ。


 なにか、なにか…ないの……?


 バックジャンプで骸から距離をとり、片膝立ちになる。

 軽く嘆息し次の敵に目を向けたその瞬間、怒号が轟いた。


 『避けろ!』


 体は勝手に動いていた。ハイジャンプを咄嗟に繰り出す。

 空中から見下ろせば、錐の様に見える何かが敵陣を突き切り、私の戦場に躍り出ていた。


 あぁそうか!沢渡さんと奏さんの会話の中で出ていた陣地貫徹用車両!あれがそうなのか!


 短い空中の旅を終え車両に着地する。


 「チッ!遅かったか……無駄足だな……」


 車両の中から出てきた<UN-E>の兵士の方々が次々に敵に銃弾を放つ。流石に数があると違う。少し敵陣が退き始めたように見える。


 「すいません!護衛しきれませんでした!!」


 「しゃあない、あの怪物相手だ!むしろ嬢ちゃん一人だけで良く生き残ったモンだ!!」


 「それなんですけど、沢渡さん―――私と同じ部隊の人が<タイタニア型>に吹き飛ばされて合流しなきゃなんですけど、皆さんも一旦ここを離脱しますよね!?一旦車両に乗せてそこまで運んでくれませんか!?」


「沢渡……!まぁいい!先乗ってろ、こっちもすぐ乗る!!おいお前ら、集合しろ!ここを抜けるぞ!!」


 上面ハッチを開き、社内に乗り込む。

 暫くの間を置いて、兵士の方々も乗り込んでくる。


 「出発する!全員掴まってろよ!!」


 爆発音にも似た大音響と共に体にGがかかる。

 その圧力に歯を食いしばって耐えていると、前から胴間声が響いた。


 「おい嬢ちゃん、沢渡はどこだ!?」


 「SW方向に距離約4300です!」


 「わかった!すぐだ!!」


 すぐだという言葉に偽りはなく、更に加速した車体は敵陣を突き抜け、約4300の距離を30秒で詰めた。


 「ここです!ありがとうございました!」


 運転席にいる兵士の方にお礼を告げ、車から降りる。

 降りる瞬間。


 「……沢渡には、気を付けろよ。」


 こちらの顔を見ずに告げられたあの言の葉。

 あれは、何だったのだろうか。


   ◆


 私が車両から降りた地点は、都市廃墟の郊外に位置し、鬱蒼と茂る森の中だった。

もう何年も手入れがされていないのだろう。好き放題に伸び切った植物たちの有様は、もはやジャングルと言っても差し支えない。……流石に言い過ぎか。


 とにかく、この森の何処かに吹き飛ばされた沢渡さんがいるという話なのだが……

これ探すの骨が折れそうだなぁ……


 「ま、行くしか無いか!」


 頬を張り、気合を入れる。

 UIを操作して、右腕部備え付けのライト機能を起動する。

 放たれた光が森林の闇を切り裂き、視認性を遥かに向上させた。


 ドローンをラッチから三機展開。それぞれ別の方向を向かせ、周囲の索敵と、沢渡さん捜索の補助に使う。


 作戦時間一四:〇〇ヒトヨンマルマル。今は日がしっかりと差しているものの、日が沈めば発見は困難になるだろう。急がなければ。


 「ッ!?」


 木陰から怪物の影が密やかに覗く。<タイタニア型>付近に一極集中していると思っていたのに、この森にもいるのか。


 木々に紛れ、はっきりとは見えない<N-ELHH>の姿は、普段のモンスターとしての恐ろしさとはまた違った感情が沸き立つ。陰影が印象の変化をもたらし、ある種神秘性といってもいいような畏ろしさを生じさせる。新兵とは言え、もう既に何体も屠っているにも関わらず。


 恐怖と畏敬がない交ぜになったままで、息をすることも忘れていた。それが結果的に良い隠蔽になったのか、敵に気付く様子はない。視界の外まで去ったのを確認して、再び走り出した。


 <N-ELHH>との予期せぬ会敵から、45分かそれぐらい探しただろうか。

 疲労が溜まり始めた頃、やけに開けた場所に出た。


 木々が生えていないという訳ではなく、何故か木々が薙ぎ払われたかのように折れていて、空を覆い隠す枝葉もそれに伴って取り除かれたことで日の光が強く差すので、開放感を感じるというのが実際の所だった。

 目を凝らせば力任せに捩じ切られたかのような、

 奇妙な形の切り株があるのが分かる。足元の土も掘り返されたかのように色合いを変え、数十センチ抉れている。

 その奇妙な変質は、一本のラインとして、森の深部にまで続いていた。


 「行ってみようかな……」


 ラインに沿って走り出す。

 そのラインは思っていたほど長く無く、たかだか距離80程しか続いていなかった。

 果たして、そのラインが導いたものは、木々に寄りかかってうなだれる沢渡さんと、その体に今にも喰らい付かんとする<N-ELHH>の姿だった。


 「!!」


 咄嗟にイメージを思い描きドローンを飛ばすも、遅きに失した。間に合わない———ひりつくような危機感。


 しかし、その牙が沢渡さんの体を穿つことはなかった。

 怪物が、その動きを止めていたからだ。

 こちらの動きも止まる。主に疑問で。

 あ。まさか、私の「止まって」って言葉に反応した———?

 

 警戒をしつつもゆっくりと近づく。獣のような外見をした<シルフ型>だった。


 「……立て。」


 「グる」


 「伏せろ。」


 「ガう」


 「お手」


 「ぐウ」


 指令をきっちりこなす<N-ELHH>。

 眩暈がする。

 こいつ私に懐いてるのか?お世辞にも人間に対してそんな感情を抱くとは思えないんだけども……えー?


 先ほど覚悟を決め直した以上、こういうことをされるととても困るのだが……


 「いやこんなことしてる場合じゃない!」


 「ゲうッ!?」


 ドローンで脳天を貫く。

 赦せ……時間がないんだ……ていうかこれもあの<タイタニア型>と同じで人類の敵だし。恨むなら人間と<N-ELHH>の立場を恨んでほしい、南無。


 「出てくるな!!」


 おまじない代わりに木陰の奥に広がる深淵に一応叫んでおく。

 これで実際に出てこなければ儲け物儲け物。


 そんなことを考えつつ、意識のない沢渡さんの腕を引き、肩に背負って、森からの離脱を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る