第17話 <タイタニア型>迎撃並びにJ-■■地区基地撤退戦 ④

 「あ゛あ゛! !」


 右腕を引き絞り、剣を憎悪と共に叩きつける。

 傷口からは赤銅色の血が吹き出し、俺の体をずぶ濡れに染める。


 突き刺してもコアに切っ先は届かない。肉を切り刻んで心臓部分を外気に晒してから断ち切るほうが良さそうだな。


 深く突き刺した剣を引き抜く。

 剣を振るおうとした刹那、再び灼熱した錫杖から再び細い光が連続して放たれる。

ワイヤーアンカーの基部のロックを解除。伸縮を可能にした上で体躯を足場に駆け、壁走りの要領で熱線を躱す。


 上から見れば、奴に突き刺したアンカー部分を中心として円形を描く様に動いているかのように視えることだろう。


 右、左、また右。

 制限される行動域に歯噛みしながらも光軸と光軸の間を抜ける。


 全て避けきったことを確認したのち、基部の巻取り装置を起動。最短経路でアンカー部分まで飛翔し、今度こそ攻撃に移る。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ! !」


 叫ぶ。叫びながら剣を振るう。叩きつける。薙ぎ払う。斬りつける。刺し込む。突き込む。剪断する。切り飛ばす。


 一太刀入れるごとに、血でその身を汚すごとに、思考が白熱していくかのようだった。

 状況に似つかわしくない、気分が良いという様な感情に、自分が一番驚いていた。

 やはり俺は人でなしだ。



 腕を振るう速度のギアがもう一段階上がる。


 もはや自分の剣がどこをどの様に傷つけているのかすら認識していなかった。

 刃の速度が、眼球と脊髄の処理速度を凌駕している。


 ベキリ、と嫌な音がした。すわ刃が折れたかと冷や汗が伝う。

 しかし、音の主は右腕だった。

 なんだ、なら大丈夫だ。別に変な方向に折れ曲がっている訳でもない。まだ剣を握れる。


奴はここまで肉薄し、振り落とす事も焼き焦がす事も出来ない敵の存在に、対策しあぐねているようだった。


 悪あがきのような粗雑な一撃が横から襲い来る。

 余りの巨大さに正確な把握が出来ないが、おそらくは右手の剣の柄の部分で殴りつけようとしているのだろう。


 下手に動く間はもうない。しかし動く必要もない。何の根拠もないのにそう直感した。


 向かってくる巨大なナニカに対して、神速の刃を振るう。

 それが付ける瑕は全体からすれば静かな、小さなキズ。


 しかし則を超えた速度の斬撃による瑕疵は伝播する。

 剣、厳密にはその装甲が剣の形を取っているだけの生態器官は瞬きをする間に前と後ろに両断された。


 「おぉ」


 思わず声が漏れる。攻撃を受けとめるないしは弾き返せれば程度に思っていた斬撃が、思いの外盛大な効果を齎した事に驚きが漏れた。


 間髪入れず左腕がワイヤーで制限された可動範囲内で閃く。ナイフを引き抜き左腕でも斬撃を繰り出す。


 ゴキリ、と鈍い音が鳴り、今度こそ右腕が逝った。

 奇妙に捻れたその形が滑稽に見え、嗤いが溢れる。

 ナイフを肉に突きたて空手になった左手に剣を持ち替え、再び斬撃を振るう。


 そして、強靭な骨組織と硬い筋繊維のようなものを断ち切った感触。


 斯くして、光を受け紅玉に艶めく心臓部分がその姿を表した。


 躊躇う理由など無い。

 左腕を動かし紅玉を切り裂かんとする。


 刃を振りかぶる、その瞬間。鐘の音のような、澄んだ音が聞こえた。 


 だから何だ。関係ない、くたばれ。


 しかし、異様な速度で再生した肉が、その一閃を強引に受け止めた。


 歯噛みする。ならばもう一閃。

 これも受けられる。


 「クソ……クソ、クソクソクソクソクソクソクソォッ!!!!!!」


 何度繰り返そうとも結果は同じ。

 致命部分を目の前にしながらも、そこに刃が薄紙一枚届かない。


 「グるアぁあァぁあ゛ッ!!」


 失態に気づいたのは、注意を外していた左手の錫杖から熱線が放たれて後だった。


 光軸の群れに包まれた俺は、体の各所とワイヤーを焼き焦がされ、遥か地上へと堕ちていった。


    ◆


 『<タイタニア型>の転進を確認し―した!しかし、これでは―……』


 『防衛ライン―破され―した!』


 『いや……い―だ……いやだァッ!いやだアアアア―ァァ!』


 『み―な、すまな―』


 『退がれ!退―!退け!も―無理だ!』


 『支えきれな―』


 ノイズ交じりの絶望が、電波に乗って届く。

 戦列は圧倒的な数量を支える事ができず崩壊したらしい。


 雨。

 廃墟の街にしとしとと、雨水が降り注いでいた。

 落下する水滴の中を、踠くように、のたうつように歩く。


 生き残ってしまった。奴を殺しきれぬまま。


 右腕は折れていた。左腕は筋断裂している。両足は機動の反動と落下の衝撃でヒビが入ったようだ。肋は砕け、内臓が今更のように悲鳴を上げている。


 そんな惨状、こんな有様なのに、死にぞこない、今もまだこうして生に立つ自分が嫌で仕方が無かった。



 ズ、ズル……と奇妙なテンポで足を進める。

 見やればそこかしこに屍の山。敗れ去った肉の塊がゴロゴロと転がっている。


 酸鼻。

 死後の世界というものが本当に存在するならば、こんな感じではないのだろうか。

 そんな、柄にもないことを思わせるような景色だった。


 頭のない屍を避ける。

 腕をもがれた死体をまたぐ。

 はらわたをブチ撒けた遺骸を越える。

 喉を裂かれた亡骸の上を歩く。


 溢れ、零れでた死の数々。

 その中に紛れ、


 雨に打たれる、長尾の亡骸を見つけた。

 その骸は激しく損壊していた。

 死後時間が立っているのか、痙攣すらしなかった。

 肉体の各所を穿たれ、骨が見える程の深い傷痍もあった。

 最期の瞬間まで抵抗したのか、右手にはナイフがきつく握られている。

 手入れも禄にしないくせに妙にさらりと畝っていた黒髪は、緋色に塗れ見る影もない。

 彼女が丹念に手入れし、我が子のように扱っていたSRは、その尊厳と共に踏みにじられ、バレルがへし折れていた。

 甘美なる死の匂いを嗅ぎつけた蝿が集る。


 見開いたままで逝ったその眼は、こちらを、責めているかの、ようで。


 当然の帰結だった。

 戦線が崩壊し、防衛ラインを突破された以上、後衛で近接攻撃手段を持たない長尾は圧倒的な物量に呑まれ殺されるのみ。


 ノイズ混じりの伝達を聞いた時から、覚悟、或いは諦念を抱いている事柄だった。

 なのに、なのに、何故。


 俺は叫んでいる?

 現実が覆るわけでもない、無意味な行いだ。そう理解しているのにただひたすらに喉から声が漏れる。


 ホルスターからもうだれのものかもわからない拳銃を引き抜く。衝動のままにマガジンを叩き込み、乱雑にスライドを引く。

 ガチャン!ジャキン!と硬質で無機質な金属音と共に拳銃の発射手順が進む。

その銃口を自らの顎に添え―――



 引けなかった。

 引き金に指を掛けた所で、不自然に右手が硬直した。

 それは、浅ましくも生に縋ろうとする俺の本能がそうさせたのか、それとも、もっと他の何かが指を止めたのか。

 それはもうわからない。


 ただ事実は死に損ない、自らの命にケジメを付けることすらままならない一人の男が雨の中に絶叫しているという事のみだった。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛! ! ! ! !ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛! !」


 その叫びに、応えを返す者はもういない。

 驟雨のみが、血に濡れた俺の体を洗い流していた。









―――記録。

西暦2081年6月24日、火曜日。J-■■地区(具体地区ナンバーは抹消事項につき修正済み。留意されたし)に、既確認位階<N-ELHH>である<タイタニア型>、並びに測定不能数の各位階<N-ELHH>が出現。当該地区基地並びに地下街は即座に廃棄が決定された。基地に勤務していた<UN-E>所属部隊が展開し、民間人及び非戦闘員の撤退時間の確保のため戦闘行動に当たるも、内一名を除き総員がKIAないしはMIAという壊滅的被害を被る事となった。

民間人はそれぞれ別地区への移転が完了したが、戦闘員が壊滅した後に時間の確保に当たったオペレーター等の<UN-E>所属の非戦闘員は、これもまたほぼ全員がKIAとなる憂き目にあった。

また、当該基地所属のALPHA小隊が<タイタニア型>と交戦。小隊員四名の内、三人がKIAとなるも、コア部分の露出にまで至り、撤退させしむという多大な戦果を挙げた。ただし撃破には至らず、「内一名」である沢渡京中尉にも精神衛生に重大な影響が確認されているため、この作戦においては、あるゆる面に経過観察と繊細な配慮が必要とされると考えられる。(登録日:2081/06/30 最終更新日:2082/03/21)

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