第16話 <タイタニア型>迎撃並びにJ-■■地区基地撤退戦 ③
「いつまでそんなシケたツラしてんスか!!さっさと目ェ覚ましてくださいよ!!」
ビル街の上を疾走しながら、河合が怒鳴りつけてくる。
「河合……」
なんで。
なんでお前は折れない。
死んだんだぞ。有馬が。
そうだ、有馬は、死んだん、だ……
「あぁ、あ……」
「……なんでお前は平気なんだ、とでも言いたげなツラっスね。
平気じゃないっスよ、普通に。有馬センパイみたいないい人が、あんな死に方するなんて間違ってます。
今すぐに逃げ出して、泣きたいですよ正直。」
「ならなんで、そんなに……」
「託されましたから。いろんなことを。」
勝手な思い込みかも知れないですけどね、と前置きして、彼女は続けた。
「センパイも覚えてるでしょ?あの人は、真面目な人でした。
口を開けば責任責任義務義務、俺たちは、罪なき人を守るために闘う、力がある人にはそうでない人の盾にならなきゃいけないんだ〜って。
そう言ってた人が思いを果たしきれずに逝って、私達はその死に様に立ち会った。
なら、私達にも、その思いを受け継ぐ義務があります。泣いてる暇なんて……ないんスよ……」
そういう河合の目からは一粒。たった一粒。されど一粒。銀の雫が、溢れていた。
「河合……けど、けど、俺は、アイツが縋って手を出してきたのに、それに応えることが出来なかった!
見殺しだ!見殺しにしたんだ!そんな男が、アイツの思いを受引き継ぐなんて……そんなこと許されるのか!?俺は……俺には……そんな資格が、あるのか!?」
「本気でそう思ってるなら、それ、有馬センパイに対する冒涜ッスよ。
あの人、燃え尽きる末期の一瞬まで目が据わってましたから。
最期の最期で在り方を曲げるような、そんなショッボイ男じゃないっスよ。
……その手が縋っている様に見えたなら、それは多分、後は頼んだ―って、そう言いたかったんじゃないですか?」
「そう、か……有馬……」
腰に無理やり入れられたピストルに触れる。冷たい金属なのに、どこか暖かく感じたのは気の所為だろうか。
光帯が掠めたか、スライド部の溶融したような傷跡が指の先端に引っかかった。
「……後ろ、奴が来てます。立体物が多いここなら、さっきよりはマシな戦いが出来るでしょうけど、どうします?」
後ろを見れば、ビルの廃墟を砕きながら、巨影が進行していた。
右手の剣で薙ぎ払い、眼の前のビルを叩き壊す。かつての人類の繁栄の残骸を嘲笑うかのように。
アイツが守りたかったもの。
アイツが果たしたかったこと。
アイツが末期に託したこと。
「俺、は……」
俺が背負った罪。
俺が背負った義務。
俺が託された意思。
それら全てを飲み下し。
「よし……!やる……!」
決意を、固めた。
「すっかり、いつもの眼っスね。私はセンパイのその眼がす―――」
――意味を問いただす暇など無かった。
「こぎゅ。」
後方から飛んできた瓦礫が、河合の頭を叩き潰した。
瓦礫が当たった瞬間、彼女の琥珀色の艷やかに輝く眼球が飛び出るのを見た。
脳漿と口腔を叩き潰された肉塊は、もはや何のいらえを返すこともない。
たちまち立ち込める錆びた鉄にも似た酸っぱい匂い。
瓦礫とビルの隙間から、密やかに、ひたひたと、黎紅の液体が漏れ出、俺の足元に届く。
ぴくり、ぴくりと小刻みに痙攣を刻む白く細い手足が、血溜まりに微かなさざめきを起こす。
跳ね上がった雫が、俺の<Ex-MUEB>に跡を残す。
大気に触れ劣化が始まった、限りなく黒に近い赤。
「……なんで。」
宙空から飛んできた二発目の瓦礫が残った遺骸さえも潰して踏みにじった。
今度は大きな血飛沫が上がり、べちゃりと大きな音を立てながら俺の体に付着する。
眼の前に聳え立つ二つの瓦礫は、まるで彼女の墓標のように見えた。
「……どうして。」
俺の傍から大切な人ばかりが消え失せるのだ?
俺ばかりが生き残り、無様極まる命を晒し続けている。
やはり死ぬべきなのは俺だったのではないか?
灼熱の光に吞まれるべきだったのは、重たい瓦礫に叩き潰されるべきだったのは俺だったのではないのか?
なぜ俺が。俺ばかりが生きている。
残ってしまったこの命を使い切るには、この罪を贖うにはどうすればいい?
目の前で、仲間を焼き焦がし、叩き潰した怪物が嗤っていた。
血で濡れそぼつ頭に正常な判断力は残らない。
こいつだ。
こいつさえ。
こいつが、いなければ。
こいつをころして、おわれるなら。
沸き立つ脳味噌。憎悪で視界が血の色に染まる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ! !」
叫んだ。みっともなく、感情丸出しのままで。
三発目の瓦礫が飛んでくる。
<Ex-MUEB>、メインシステム・戦闘モード起動。戦闘種別<近距離格闘戦>
瓦礫を無造作に殴りつける。
ボン!と何かが爆ぜるような音と共にその瓦礫が吹き飛ぶ。
ぶちぶちと耳障りな音が右腕から鳴ったがもはやそんな事は関係ない。どうでもいい。心の底からどうでもいい。
吹き飛んだ瓦礫は空中でその質量を減じながらも<タイタニア型>の元に帰り、その巨体を揺るがせた。
体躯から凄まじい量の血があふれ出る。汚濁そのものだ。
「ア゛ぁ゛ァ゛あ゛! !」
「あ゛あ゛あ゛あ゛! !」
ビルの壁面から飛び立ち、落ちる。真っ逆さま。
空中で態勢を入れ替え、壁面にひび割れを刻み込みながら地面と水平に跳ぶ。
大ぶりな剣の一撃が俺を捉える。それすら足場にし再跳躍。
追い打つ熱線を速度で躱し、摩天楼を幾度となく蹴り飛ばす。
「あ゛あ゛っ゛! !」
跳弾を繰り返す銃弾の様にビルを、瓦礫を足場に空間を駆け回り、攻撃をかわしながら、その距離を詰めていく。
凄まじいGに揺さぶられた脳みそが吐き気を訴える。どうでもよかった。それどころか吐く物がもうない。
インターバル。ビルの屋上に転がり、膝立ちのままアサルトライフルを叩き込む。
「オぉォ……」
表皮でバチバチと閃光が散る。同じような高度からの射撃ということもあり、先ほどよりも効果があるようだった。その巨体に隙が生じる。
屋上の床を蹴り飛ばし、一直線。
残弾のありったけを叩き込みつつ、空中から奴に一太刀を見舞う。
ズバン!と快音が響き、腹に切り込みが生じる。夥しい血が溢れだす。ちょうど鮮血のヴェールを貫く格好でそのまま後方に離脱。
空中で方向転換し、反撃の一閃を渾身の力で受け止める。そのまま刀身の上に飛び乗り駆ける。当然弾き上げられるが、それも計算の内。
<近距離格闘型>で極限まで
滑る様に10m程空中を移動した俺は奴の首元側面に刀身を埋め込んだ。
「ガ、がァあアあァッ!!」
叫ぶ怪物。耳障りだ。
実体剣に体重を込め、肉を裂きながらの滑落を開始する。
血飛沫を総身に浴びながら滑り降りる。
左手の錫杖が光輝き、細く絞った熱線が俺の周囲を取り囲むように何条も飛来する。刀身を傾け、体重を操り、滑り降りる軌道を歪めて回避していく。
熱線は当たることはなく、奴自らの身を焼き焦がすのみ。
体を半周、ぐるりと巡る様に滑り降り、胸元正面に降着する。
狙うはただ一点。長尾が言っていた心臓部分。そこを切り捨てて、全てをおわりに。
左腕装備のワイヤーアンカーを射出し、奴の表面に先端部分を突き刺すことで体の位置を固定する。
これでろくに身動きが取れなくなったが、もはや関係ない。奴を殺すか、俺が死ぬか。決着が付くまではこの状況は変えない。
勝負は一度きり。
左腕でアンカーを引き込み、奴の皮膚表面まで体を押し付ける。
右腕を思いきり引き絞って実体剣を構え、決死の攻撃を、開始した―――
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