第15話 <タイタニア型>迎撃並びにJ-■■地区基地撤退戦 ②

 「突っ切れ!!雑魚に構うな!!」


 陣地に穿たれた一筋のライン。

 そこをひた走る。


 「目標まで距離400切った!!」


 「了解です!前方塞がれ出してます!!」


 「しゃあない……叩き伏せるぞ!!」


 剣が、銃弾が、拳が、前方に立ちふさがる怪物の命を奪う。

 血飛沫の中を、三人一体となり走り抜け―――


 「コイツら突っ切ればいよいよ奴さんだ!気ぃ抜くなよ!!」


 怪獣と、対面した。

 その異形。

 その体躯。

 これまで対面した<N-ELHH>とは別格と言って差し支えないその威容に、寒気すら走る。

 あんなモノ、殺せるのか?



 「いやはや……傍で見ると、デカいな……」


 「日和ってる場合か!さっさと片付けるぞ!」


 アサルトライフルを上向きに構え、撃ち込む。

 だが。


 「弾かれますよこれ!!」


 「流石に無理があるか!!」


 上向きに発射された弾は重力に引かれてその威力を減じ、気色の悪い鱗を貫徹するには至らなかった。


 「どうするんだ……」


 「とにかく高度を稼ぐ必要があるが、周囲に立体物がないから直接奴の体を登るしかなさそうだなぁ……」


 「本当に神話の怪物狩りって風情だな……」


 『測定してみたけど胸元……地上75m付近に高熱源反応がある。そこが多分心臓部……コアと言ってもいい。それがある。直接狙うならそこにして。』


 「わかった!」


 地面を蹴り10m程跳躍し、薄墨色の体表の引っかかりに乗る。

 一般的な生物のスケールに直せばなんてことない関節の出っ張りなのだろうが、流石に推定体表100mとなればその出っ張りも立派な足場としてのサイズがある。


 「三方からそれぞれ心臓部を狙うぞ!散開!」


 「了解」「オッケーです!」


 他二人が散る。

 足場を蹴りつけ、次の良さげな足場に飛び乗る。


 まるで這い回る羽虫だな。

 声には出さず一人ごちる。


 次々と跳ね周り、落ち着ける足場で片膝を付く。


 ここは少し幅広だな……ここを起点に……

 そう考えた瞬間足場が激しく動く。

 たまらずバランスを崩し空中に舞った俺が見たのは、酷くのっぺりとした化け物の面だった。

 察するに……さっきの足場は腕だったか!

 となると……ッ!


 バーニアを吹かし身を必死によじる。

 鼻面30cm。旋風が凪いだ。


 俺が乗っていた腕の先端で握る剣らしきものを振るったのだろう。

 あんな巨大質量に触れれば、体が切れるとか以前に衝撃でくたばる。食らうわけには……!

 

 再び体を動かし、肉厚の刀身の上に乗る。

 しかし、再び刀身が動き、俺の体を跳ね上げた。


 「クソが……ッ!」


 懸命に一振りを回避する。風切り音が耳元でざわめいた。

 来るか二発目……!

 バーニアのお陰で少しマシになっているとは言え、重力に引かれて堕ち、不自由な俺の体を切り伏せんと剣が振るわれる。

 ……いや、このサイズ感では叩き潰すのほうが近いか。蝿とそう変わらない。



 刃先が地上に当たる轟音と共に土煙が上がる。


 「舐めんなよ能面野郎……」


 ヤバかった、流石に死んだかと思った。


 振りかざされる巨大質量に横っ面から剣を突き刺し、それにしがみつく荒業が失敗していれば俺は今頃無惨な骸を晒していただろう。


 考えただけで身が竦む。呼吸が荒くなる。心臓を骨ばった手で鷲掴みされる様な嫌悪感はいつまでも消えない。


 剣を引き抜き、再び敵の刀身の上に立つ。ヒール部分から位置固定用アンカーを射出する。

 これでは走れないが、どのみち固定していなくても前へ進むこともままならないのだ。当面はこれで良い。

 恐怖を押し殺すかのように叫ぶ。


 「クソ、暴れまわりやがる!!これ上がれないぞ!!」


 他二人も荒ぶる反抗に難儀しているようだった。

 まるで地震。揺らぐ大地を踏みしめて駆けるなど無理があったと言わざるを得ない。

 こうもひっきりなしかつ大幅に揺れられてはバランサーも役を成さない。


 見当たらない打開策と、迫る焦燥。

 一太刀も、一弾も当てることが出来ず翻弄され続ける。

 その様な攻防、長く続くわけもない。


 ――破局は、いとも簡単に訪れた。


 「なん、だ?」


 握りしめているばかりで振るわれることの無かった、奴の左手の錫杖が光を帯びていた。

 今までにない行動パターン。思わず動きと思考に隙が生まれる。


 光は収束し、灼熱し。

 白い光帯として撃ち放たれた。

 光の進む先には。

 

 ――空中に弾き上げられた、有馬が、いた。


 「さわた……」


 音など無かった。

 光帯に秘められた膨大とすら言える熱量は、何かを求める様にこちらに伸ばされた右手とその手に握られたP-86制式拳銃を残して、有馬の上半身を、消し去っていた。


 黒く変色した有馬だったモノの切断面が覗く。

 焼き焦げた臓物の灰が零れ落ちていくのが視える。

 タンパク質が焼け落ちる、焦げ臭い匂いが鼻腔を刺激する。


 推進力を失った下半分は廃墟の底に落ちていき、その姿を消した。


 「あり、ま?」


 残った右手が空中を流れ、ぺちりと俺の体に当たる。

 あとはそれきり。物理法則に従うまま、俺が立つ刀身の上に落ちた。

 

 余りにも軽すぎる右手を掻き抱く。そんな、そんなわけがない。

 アイツはきっとなんでもないかのようにもどってくる。

 

 だが、そんな淡い妄想は当然報われる事はない。

 手首の先、黒く変色した部分が、ぽろぽろと剥離し、風に乗って流れていく。


 認められない。

 認められない。

 認められない。


 末期の一声すらなく、アイツが死ぬなど。

 

 堪らず、右手を取り落とした。

 

 「あ、あぁ……」


 こんな事は認められない。認証できない。実感がない。命がここまであっけなくと失われて良いはずがない。そんな訳はない。理解が出来ない。わからない。認可出来ない。許容できない許容できない許容できない。


 ――自分を、許容出来ない。


 「あ、あ……」


 伸ばされた右手。アレは、助けを求めてのものではなかったのか?それに応えられない様な人間の癖にぬけぬけと、戦友だと、仲間だと言っていたのか?


 「う、ぅう……」


 吐き気。たまらず屈み込む。息が苦しい。呼吸が出来ない。息の吸い方が思い出せない。息の吐き方を忘れている。

 そんなことを許されているのか?この俺が?


 汚物が口から溢れ出る。胃の中に収まっていたものが残らず体外に吐き出される。

 空になる。虚ろになる。穢れた液体と共に、自我さえ押し流されていくかのようだった。


 何故か、涙は流れなかった。戦友の終わりを悼む事が出来ない人でなしなのだろう。


 「は、は……」


 ひとしきり吐き終わったら笑みが溢れた。笑みの理由はわからない。

 もはや自らの感情すらわからない。

 人の感情がわからない人間が他人の怯えに応えられるわけもなかったのだ。


 ……もう、いいか。


 「なぁ……にやってんスか沢渡サン!!」


 近くに着地する音が聞こえる。河合だろうか。


 「有馬サン……分かってます、から。」


 何事か小声で囁く声と、何事か物音。

 上に首を向ければ、有馬の遺骸から回収した拳銃を持つ左手を、額から胸、左肩を通り右肩へ動かす河合の立ち姿があった。


 十字を切り終えた河合はその右手に握った拳銃を、「ほらこれアンタのっスよ」等と言いながら、俺のホルスターにねじ込んでくる。


 やめろ。俺にそれを持つ資格はない。やめてくれ。


 「一旦、下がりますよッ!」


 体が抱え込まれ、そのまま宙に浮く。もういい、もういいんだよ河合。俺は……


 「危な……いなァッ!!」


 毒づきつつも河合がその身を翻し、狙いを定める熱線を躱す。


 「もしもし、長尾ちゃん?有馬センパイがKIA殺られた。あと沢渡センパイが……大分応えてる、正直大分ヤバい」


 『……ッ!!……分かった。』


 「ちょっと交戦できる状態じゃないから後ろに下がる。長尾ちゃんの当たりまでトレインする気はないけど一応気をつけて。」


 『了解。』


 「ほらセンパイ!自分の足で走って!」


 着地するやいなや、放り投げられる。


 もうなんでもいい、どうでもいい。


 反抗する気力すら湧かず、言われるがままに走る。……なんのためにカハワカラナイ。


 「市街地の廃墟伝いに撤退しますよ!飛んで!」


 文明の遺物の上に飛び乗る。ガラクタ。骨組みばかりの伽藍の洞のその直上。


 いっそ笑えるな。空虚の上に空っぽが乗っている。


 「グるおォおァッ!!」


 後ろを見れば、未だに怪物が追いすがってくる。

 悪夢はまだ、終わらないのだろう。





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